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59. 【番外編】 レギーナの告白 2/3

誤字脱字報告、ありがとうございます。


 レギーナは、再びエレンを見つめる。

 細く長く息を吐き出すと、意を決したように口を開いた。

「エレン様に、その、今想う方はいらっしゃいますか」

「へ?」

 変な声が出てしまった。


 今までの壮大な前振りに対するこの質問。唐突すぎて、正直あまり内容が頭に入ってこなかったが、何度か反芻して、質問をかみ砕いた。

「いや。今は特に」

 世襲制というか、家族操業であるこの因果な職業のせいで、普通に相手を考えることは難しい。

 だから、エレンは少年時代から、わりと冷めた恋愛観をしている。


 ウィーバー家の場合、一応領地を持たない子爵位を持っているが、それはメルクーリ公爵家に側近として仕えるためだけにある、形だけの爵位だ。貴族的な活動は何もしていない。


 派閥も何もメルクーリ家の子飼いだし、成人したからといってデビュタントなんてものにも参加はしないし、他の貴族家との関わりは、仕事上のつながり以外では存在しない。


 ウィーバー家は、その家に生まれた者のほとんどが、どうやってもその適性がない者を除いて家業を継ぐ。その関係で、伴侶が貴族家であることはほとんどない。逆に言えば、子爵家ではあるが、相手はそのほとんどが庶民。

 だが、メルクーリ家(公爵家)に仕える関係で、日々の暮らしの中で庶民と出会うことも、また事情を知ってなお添い遂げようと言ってくれる相手が見つかることも、難しい。


 ちなみにエレンの母親は、同業者だった。ありがたいことにとでも言うべきなのか、殉職ではなく、病死。だがあまりにも早逝で、子供はエレン一人。父は次に妻を娶ろうとはしなかった。



「ご提案なんですが」

 静かな声に、エレンは物思いから覚めた。

 レギーナは目を伏せていて、こちらを見ない。

「うん?」

「お試しで、私と婚約していただくわけにはいかないでしょうか」

「・・・ごめん頭に入って来なかった。もう一回」

 レギーナは目線を上げて、エレンを見据えた。

「お試しでかまわないから婚約してくれとお願いしています」

「やっぱりそう言ってた」

 エレンは頭を抱えた。


 じわじわと前振りがボディブローとなって効いてくる。

 確かにエレンと仮にでも婚約すれば、送られてきた釣書の男との婚約話は消えてなくなり、レギーナは騎士隊を辞める必要はなくなり、辺境に戻らなくてもよくなる。

 でも、これはそうしたいがために言っているのではないのだと。

 最初に釘をさされてしまっている。


 相手がエレンでなければならない理由。

 これは、レギーナの告白だ。

 本当に?

「でも、レギーナ嬢の家は名門の辺境伯家で」

「それがどうしました。ウィーバー家だってその道では有名です」

「その道はまっとうな道じゃないよ」

「うちは武門を尊ぶ家系です。歓迎されないはずはありません」

「いや大事なご令嬢をかっさらったら歓迎はされないと思うけど」

「私は七女です。今さら誰と結婚しようが、一年も経てば両親は、どの娘が誰とどうなったかなんて記憶にもないでしょう」

「いやそんなはずは」

「そういう家です。すべての子供は家のための道具でしかない。嫁がせた娘のその後になど、父は興味はないでしょう。父は、弟が生まれたことで私がお役御免になったことをひがんでいるのだと思っているようですが、私は婿を取って家を継ぐことを望んだことは一度もありません。なので、弟を疎むこともない。むしろ慕ってくれていてかわいいし、自分が負っていた重荷を押し付けることになって申し訳ないとさえ思っています。エレン様が気にされるのが私の家の部分なのだとしたら、それは気にする必要のないところです。あと、気になるところはありますか?」

 レギーナにまっすぐ見つめられて、エレンは目が逸らせなくなった。


 本当に、本気なのか。

「お試しで」とは言いながら、これはお試しではない。

 ミハイルのように婚約誓約書まではとらないだろうが、いったん決まればもうほぼ決定だ。

 もし破談になれば、ここからエレンが動けない以上、レギーナはここに居づらくなる。

 それを踏まえて、その覚悟を持って、レギーナは今この話をしている。


「知ってると思うけど、うちは生まれた子供はよほど適性がない場合を除いて家業を継ぐ。母親になった時、それを許すことはできる?」

 お試しではないのなら、これはしておかなければならない確認事項だった。

 子供がみんな影、裏稼業になる。傷も毒も日常茶飯事、天寿を全うすることはなかなか難しい。


「私自身七女なのでご存じだとは思いますが、うちは、というか辺境ではわりと、みんな多産系です」

 レギーナが真顔で言う。いやそんな、犬や猫みたいに。

「正直辺境で戦死する者も多いため、人口を増やしたいことと、他に娯楽がないことも関係していることは否めませんが」

 生々しいことを言い出した。どんな顔をして聞いていたらいいのかわからない。

「たぶんミハイル様とアルティの子供は二人、いっても三人だと思うんです。まあ、ミハイル様の理性次第ですけど」

 いや回数はともかく計画的管理はできるだろ、と言いかけてエレンは口をつぐんだ。

 話の方向性がずれそうだ。

「なのでそれを上回る数産めば、子供に将来の選択肢を準備してあげることができるのではないかと考えています」

 できのいいプレゼン、みたいな感じで話しているが、何かが違う気がする。

 たくさん子供を産む、ということは、つまり、たくさんいたす、ということで。

 らしくもなく、エレンは耳が熱くなった。

 いいのか、それで、本当に。


(本気か)

 エレンは本日何度目かの言葉を心の中で繰り返した。

 出会った時もそうだったが、なんと格好いい人だろう、と思う。


 エレンは生まれ持ったその業を、何とはなしに受け入れた。逃れることなどできないのだと、最初からあきらめていたのかもしれない。

 ミハイルのことは弟のように思っているし、主人でもあり、親友でもある。

 今の自分が嫌いだとも思わない。

 だから、現状に不満はない。

 ないが、でも、レギーナを見ていると、エレンと同じく家の縛りを受けながらも自分なりに活路を見出そうとするそのひたむきな姿勢に、熱量に、眩しいような、羨ましいような、憧れるような、むずがゆい気持ちになる。


「継いでもらう前提で、生まれた子にはすべて教育を施せばいい。その中で『やる』と手を挙げてくれる子がいてくれれば、その子に家業を継いでもらえばいいと思うのです。人数が足りなかったり、継ぐと言ってくれる子が出てこなかった場合、その時はその時です。ただミハイル様とエレン様のような関係性ができていれば、全員いやだとは言わない気はしています。そもそも生まれた子供がやりたいことをやって生きていくことは、庶民であってさえ難しい。私は母としてやれることをやるだけです。子供の人生を、私が許す許さないではありませんし」

(ああ)

 きれいだな、と湧き出るように思う。

 ミハイルはあの時、アルティミシアがこんな風に見えていたのだろうか。


 あの時は、ミハイルに「瞳孔開いてた」と言ってからかったが、今自分も、もしかしたらそうなのかもしれない。

 まぶしいのに、目が離せない。

 レギーナは、エレンの抱えるすべてを受け入れた上で、エレンを願ってくれる。

 願っても、いいのだろうか。自分も。


「そこまで考えてくれるほどの何が、俺にあったんだろう? レギーナ嬢は、何で俺なの?」

 ヘタレな自覚はあったが、聞かずにはいられなかった。

 自信がない、というよりはまだこの事態が信じられない、のかもしれない。


 レギーナは目を瞬いた。

 普段は見せない様子に驚かせてしまっただろうか。

 幻滅、しただろうか。

「ごめん、かっこ悪くて」

 付け足すように言うと、レギーナは微笑んで首を小さく横に振った。

「かっこ悪いなんて思ってません。突然何言ってんだって、笑い流されても仕方がないと思っていました。でもちゃんと考えてくれてるんだ、話を聞いてくれるんだと思って、また好きになりました。自分の大切なものを全部守ろうとする懐の深さも、それを実現するためにたゆまぬ努力をしているところも、面倒見のいいところも、内にある感情は見せないでいつも緩く笑っているところも、あと」

「待って待って。ごめんもう勘弁して・・わかった、いやわからないけど」

 エレンは両手で顔を覆った。人生史上最高の動揺、いや羞恥?


 ミハイルをかばってちょっと最近物理的に死にかけたが、その時でさえこんな精神状態にはならなかった。

 なんだろう、敵う気がしない。

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