58. 【番外編】 レギーナの告白 1/3
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レギーナ番外編、文字起こし作成中です
たぶん全3話 毎日更新、予定です
レギーナ学院卒業後、ミハイルとアルティミシアの結婚式の少し前のお話です
「どうしたの? 改まって。騎士隊で何か問題があった?」
エレンは、メルクーリ家別邸にある小さな応接室にレギーナを案内した。
レギーナから、相談があるから時間を作ってほしいと言われ、すぐにその機会を設けた。
エレンの向かい、ソファに座るレギーナは、いつも見る彼女よりも少し表情が硬い。
レギーナは学院卒業後、辺境のパヴェル領に帰ることなく王都に残った。
メルクーリ家の騎士隊に雇用され、嫡男ミハイルと婚約中で、彼女の友人でもあるアルティミシア・ストラトス伯爵令嬢の専属の女性騎士となるべく、今はメルクーリ家の騎士隊とともに訓練を受けている毎日だ。
彼女は王都にあった、学院通学のためにパヴェル辺境伯家が借りていた住居をさっさと解約して、メルクーリ家別邸の、女性従業員用住居になっている階の一部屋に移り住んだ。
メルクーリ家には、本邸にも別邸にも騎士隊用の宿舎があるが、そこに女性用の部屋は、セキュリティー上設置していない。
なので正式に騎士として登用されれば、どのみちいずれそこに住むことにはなっていたが、移動が手間だから、というよりは、実家の世話にはもうなりたくない、という気持ちの表れではないかと、エレンは勝手に思っている。
レギーナは、パヴェル家で長く嫡男が生まれなかった事情から、跡取りを婿に迎えるべく、他の姉たちよりも随分と自由を制限されて、訓練と教育を施されて育った。
だが、少し歳の離れた弟フェルディナントが生まれたことで、立場は急に宙ぶらりんになった。
嫡男が生まれてしまったのだ。
パヴェル伯としては、フェルディナントに万が一のことが起こった場合のスペアとしてレギーナを留め置いておきたいが、もしレギーナが、フェルディナントを上回るような能力を持つ、しかも野心のある男と結婚してしまったら、フェルディナントの地位が脅かされる。
腫れ物に触るような扱いをされるようになり、辟易したレギーナは学院に入学を希望して、物理的に実家と距離を置くことを選んだ。
これは、メルクーリ家で人を採用する際には全員に行われる身元調査でわかっていることだ。
そのレギーナが、いつまでもパヴェル家が借りている家に住むわけもない。
だが今からすでにメルクーリ家別邸に住んでいることで、同じ階に住む、住み込みの侍女や厨房の女性とも仲良くなっているし、今はまだ本邸に住んでいるアルティミシアと会う機会も多く、メリットは大きい。
エレンはメルクーリ家の影であり、ミハイルの側近。
もちろん騎士隊には属していない。
騎士隊の隊長も副隊長も、基本本邸にいる。
そしてエレンはその隊長よりも強い。
その関係で、別邸の訓練に関してはエレンが担当することも多く、レギーナに訓練をつけることもある。
さすが辺境の騎士団に混じって厳しい訓練を受けてきたとあって、レギーナは強い。メルクーリ家の騎士隊の中でも、女性ながら上位に位置している。
レギーナは辺境伯家で騎士と接することにも慣れている。だから上位にいてもそれを鼻にかけることはないし、女であることを否定もしないが、女らしさを感じさせない接し方を心得ている。
女だからと力仕事を厭うこともない。
騎士隊の連中とはうまくやっている、とエレンは思っていたが、何か問題があったのだろうか。
「エドムントじゃなく俺に相談ってことは、騎士隊の人間と直接問題があったわけじゃないのかな?」
なかなか話を切り出さないレギーナのために、エレンは助け舟を出した。
エドムントは騎士隊の隊長の名前だ。
エレンよりずっと年上だが、実力至上主義のエドムントは、自分より強いエレンのことを「エレン様」と呼び、自分のことは名呼びの呼び捨てでいいと言い切る、やや脳筋寄りの男だ。
エドムントでは脳筋すぎて、相談相手にならなかったのだろうか。
レギーナはふう、と息を吐きだして、少し伏し目がちだった顔をこちらに向けた。
目が据わっているが、大丈夫か。
「実家から、通達がきました」
レギーナは、重い口調で言った。
「通達。手紙じゃなくて?」
エレンは苦笑した。実家との関係が、いまだ良好ではないことが知れる。
「この男と結婚しろ。と、釣書が一通、同封されていました」
「それは・・・」
確かに横暴だ。
『いくつか釣書を送るから、この中から選んで』、ならまだ話もわかる。
辺境伯家は隣国との防衛を果たす機能上、国に守られている。ゆえに、財政的にも派閥的にも抱える問題はないはずだ。それなのに選択の余地を残さないというのは、明らかに親の意図がからんでいるということになる。
予想するに、パヴェル伯は、嫡子であるフェルディナントを支える側近候補を相手に持ってきたのではないだろうか。
レギーナと知己の相手なのかどうかもわからないが、レギーナの今の表情を見るに、彼女にとってあまり歓迎すべき事態ではないことだけはわかる。
「私は腹を立てています」
「うん、そうみたいだね」
それはもう見ればわかる。
エレンには、レギーナの後ろに渦巻く、黒い何かが見える気さえする。
パヴェル伯が指定する男と結婚、ということになれば、おそらくここにいることはかなわなくなる。
相手はほぼ間違いなく辺境に住む男だ。
つまり、メルクーリ家の騎士隊を辞めて、辺境に戻らなければならないということ。
それは腹も立つだろう。
レギーナは今、厳しい訓練も文句一つ言わず受けて、仲間と楽しそうに笑っている。
ミハイルともあらかじめ話をしていたようだが、騎士隊に入隊となった時、レギーナはアルティミシアの専属騎士となることを、改めて自ら希望した。
やりたいことを自分の意志でやっと選び取ることができたのに、また家のために、強制的にそれを閉ざされる。
となれば、それは言いようのない怒りにかられてもしょうがないと思う。
「もっと事前に準備して、距離を詰めて、根回しをして、外堀を埋めて、万全の状態で臨むつもりだったのに」
「ちょっと待って何の話?」
どこを見ているのかわからない一点に視点を置いて、呪いを唱えるようにつぶやくレギーナに、エレンは動揺した。
「その猶予を、この通達によってつぶされました」
「いやだから何の話?」
「先に言っておきますが」
「はい」
思わず敬語になってしまった。
レギーナはエレンを見つめた。
「この通達のせいで決行がだいぶ早まってしまっただけであって、時が満ちたと思われる段階で、いずれ然るべき良き日に、つつがなく行う予定でした。決してこれは、このクソ親の凶行を回避するための最良策、というわけではありませんから、そのことだけは、どうかご承知おきください」
「な、何が?」
クソ親って。
一応レギーナは伯爵家令嬢のはずなのだが。
レギーナは、また目を伏せてしまった。口を開きかけて、閉じた。何かを言い淀んでいる。
何が起こっている?
エレンは、ミハイルが聖武具のメイスを何もないところから手に出した時以来の混乱に陥っていた。