55. 『詳しい説明』
本題だったはずの『詳しい説明』は、あわただしい業務連絡と化した。
「マリクは突然発症した謎の病気の長期療養のため、空気のいい田舎の王領に移った、ということに公式発表ではなっているが、実際のところは北の強制労働施設に入れられて、上官にすら名を伏せられて他の労働者とともに厳しい管理下に置かれている」
「・・・」
マグダレーナ以外の全員が、ルドヴィークの話にひいていた。
王族だけに、極刑になることはないだろうとは思っていたが、方向性がミハイルの予想とは違っていた。
「大丈夫なんですか、それ」
思わずぽろりとこぼしてしまう。
「大丈夫も何も、療養中ってことになってるんだから自由にはさせられないし、幽閉するにも機密性の高い場所と世話する人間が必要になる。世話する奴がかわいそうだろう。だったら脱走できない管理下で他の労働者と一緒に労働してもらったほうが生産性もある。俺を疎ましく思う馬鹿がまたあいつを担ぎ出してくる可能性もあるから、そこはつぶしておかないとならない」
「・・・」
ぐうの音も出ない正論だが、ミハイルは不覚にもマリクに同情してしまった。
「マリクをこき使ってる上官は相手が王子だと知らないし、そのことをマリクには伝えてある。作業服を着せられた状態で、自分から俺は王子だとは名乗れんだろう。お互い気兼ねなく付き合える。Win-Win だな」
Win-Win ・・・か? 思ったが、これは国の決定だ。
ミハイルが口を出すことではないし、出すつもりもない。
やすやすと殺されてやるつもりはなかったが、マリクはミハイルを暗殺しようとしたのだ。
「次に王妃だが、息子の病状にショックを受けて寝込んでいる、ということになっているが、離宮の最東端にある貴族牢に幽閉されている。公式行事には側妃が陛下の隣につくことになる。今後王妃が表に出ることはない。これは陛下のご意思だ。ダヴィトは王位継承権第二位として、王太子教育を進める。ちなみにだが、王妃付きの侍女としてバルボラが専任につけられた。法的には陛下に直接術をかけた時点で極刑だが、バルボラは身請けされた先で抵抗できない圧力下にあった。術者だからやはり表に出すことはできないが、せめてもの譲歩だな」
ラウラ王妃は長い間ルドヴィークを苦しめてきた。上げる旗がいなくなればもう王妃に力はないが、これが陛下の決定なら、ルドヴィークは従うだけのことだ。
ミハイルが見る限り、淡々と話すルドヴィークには何の感情も表れていない。それが答えなのかもしれない、とも思う。
バルボラの話が出た時に、アルティミシアの瞳が揺れていた。優しい彼女のことだから、ひどい目に遭わされそうになったのに、それでも気になっていたのかもしれない。
「次、ミハイル襲撃についてだが。主犯とされるベーム侯爵については公表されている通りだ。領地を没収して王領となっているが、遠方でもあり管理が難しい。そこで、パヴェル辺境伯領として下賜することになった」
ミハイルはレギーナを見た。『はぁ?』の口に開いたまま、固まっている。
声に出さなかったことを褒めてあげたい。
ベーム領は、それほど広いわけでもないが、特にこれと言った特産物もない、もらってもさほどありがたくない領地だ。辺境伯だけに、国境付近の警護だけでもそれなりに大変なのに、さらに管理する領地が広がるとなると、多少税収が増えたとして、パヴェル家にとってはおそらくデメリットの方が大きい。
ミハイルはパヴェル家に、アルティミシアとともに休養させてもらった恩がある。大森林での逮捕者や駐留した近衛たちの物資補給、野営対応でもパヴェル家は文句ひとつ言わず協力してくれた。
その見返りがこれだとするならば、あまりにもあんまりだ。
メルクーリ家から何かできることはないか、と考え始めたところに、ルドヴィークが苦笑した。
「パヴェル嬢。殺気を出すな、殺気を。言いたいことはわかる。パヴェル辺境伯の人となりも、今回直接世話になったから知っている。あまり細かいことや管理業務には慣れていないようだった」
「慣れる以前に根本的に向いていないのです」
レギーナは斬り捨てた。
「だと思って、旧ベーム領には国が選任して雇う管理人を置くことにした。あと、国境警備に対する補助金を、今回使用分の補填に加えて恒久的に2割増額する」
そうなると、話は違ってくる。逆にこれは随分厚待遇な措置だ。旧ベーム領の税収に加え、継続的に国費を動かすと言っている。
ミハイルが内心で驚いていると、レギーナも同じことを考えたようだった。
「大変ありがたいお申し出ですが、ルドヴィーク殿下、これはルドヴィーク殿下のご判断ですか?」
あなたでそんなことができるのか、国として他に何か思惑があるのではないか、と。
レギーナもユリエに劣らずはっきりものを言う。だがルドヴィークはまったく気にした様子はない。
ミハイルが見る限り、ルドヴィークは半歩後ろからついてくる控えめな女性より、こういう女性の方が好みだ。パメラ王女がこういう女性だといいと思う。ユリエの見立てなら、おそらく間違いないだろうが。
「今回俺が指揮をとった件に関しては、その事後処理まですべての権限を陛下よりいただいている」
「ルドに譲位して、全権渡して、もう楽になりたいって言ってたもんね、シュテファン様」
マグダレーナがふふ、と笑い、ルドヴィークが思い出したように顔をしかめた。
「させるか。陛下には死ぬまで働いてもらう。・・・まあそういうことだから、これには国の意向は含まれない。安心して受け取ってほしい。変に勘繰られることのないよう、うまくパヴェル伯に説明してもらえるか」
ルドヴィークの言いように、レギーナは、くすりと笑ってうなずいた。
「承知いたしました。ですが、これを以てパヴェル家が王家に懐柔されたということにはなりませんので、そのことは重々ご承知おきください」
ルドヴィークは苦笑したが、嫌そうではない。
「手厳しいな。もちろんそんなつもりではない。純粋に、今回のことに対する礼だな」
「パヴェル伯には確かにそのお気持ち、申し伝えます。ではまず、旧ベーム領に派遣してくださるという管理人と連絡をとりますので」
「ああ。この後資料を渡そう。助かるよ」
パヴェル邸では、ミハイルやアルティミシアの介抱をレギーナが任されていた関係で、ルドヴィークとの対応をレギーナが執り行っていたこともあり、その会話は気安い。
レギーナは弟が生まれるまでは婿を取る跡取りとして、領主としての教育も課されてきた。ミハイルが見る限り、パヴェル辺境伯よりもレギーナの方が領主の資質としては備わっている。王族と笑顔で言葉を交わす度量もある。
今はまだ幼い弟がどれほどの力量を蓄えられるかにもよるが、女性だというだけで、弟が生まれた瞬間に領主の座をすげ替えたパヴェル伯はもったいないことをしたものだとミハイルは思う。
ただそのおかげで、パヴェル伯とは後でもめるかもしれないが、レギーナは自分の進路を自分で決めた。
彼女にアルティミシアの専属騎士になってもらえるならそれはミハイルの安心につながり、アルティミシアの幸せにつながる。伴侶になってもらえるなら、それはきっとエレンの幸せにつながる。
パヴェル伯は領主としての選択を見誤ったかもしれないが、その判断を、ミハイルは感謝している。
「あとシャンツに関してだが、シャンツ国籍の逮捕者たちは強制送還されることが決まった。その決定を以て、交渉に来ていたメトジェイ第二王子と同行していた貴族は任務完了とし、すでに帰還している」
ルドヴィークはさらっと言ったが、メトジェイと連れてこられた貴族も、帰還というよりは強制送還だ。罪を問うこともできず、やむなく祖国に放逐したというのが正しい。
彼らは国に帰ったところで、保身のためには失敗したなどと報告できるわけもない。「聖女はいなかった」「関税で手打ちとなった」と言うしかない。
けれどそれがどう転ぶかはわからない。
出すはずのなかったメイスを出して存分に脅しはかけたつもりだが、それでリスクがなくなったわけではない。アルティミシアが再び狙われる可能性が、なくなるわけではない。
どこから何が来ても守りきることのできる、強い力が欲しい。
「説明事項は、以上だ。わかっているとは思うが、わざわざ呼びつけてこんな話を聞かせるのは、裏側を知っておけよ、ということだからな。知らずにいてうっかり足元をすくわれたら、困るのは俺だ。お前たちはもう望むと望まざるとに関わらず、他の貴族たちから見れば俺側の人間だと認識されている。気を付けてほしい。あと女性陣はともかくとして、ソール、ミハイル。お前らは俺を人柱にして幸せになりやがって。今後は身を削って俺のために働けよ?」
ルドヴィークが大人げないことを言う。
わかっていたくせに。ミハイルは苦笑した。
マリクが国王になって、やっていけるわけがない。そうなる前にどこかで手が入る必要はあったが、ルドヴィークは自分が先頭に立ちたくないがために、結婚もせずに誰かが何とかしてくれるのを待って、ただ引きこもっていた。
ミハイルは多少強めにではあったが背中をどんと押しただけだ。ミハイル襲撃にあたり、マリクを押さえる協力要請を受けた時点で、ルドヴィークはこうなることはわかっていたはずなのだ。
「何を言っているのかわからんが、即位するなら早めにしてくれ。俺は爵位を継いだら領主業に専念する。ストラトス領に帰る予定だから」
ソールが友達口調で言った。アルティミシアがいたたまれない顔をしている。
きっかけにはなったが、ルドヴィークが立太子するはめになったのはシアのせいじゃないよ、と言ってあげたいが、ここは我慢する。
ルドヴィークが顔をひくつかせた。
「はぁ? お前領に帰るなんぞ許さんからな。バラーシュ嬢がいるだろう、敏腕経営者が」
「ユリエはバラーシュ商会の後継者だ。領主業は俺の仕事だ」
ユリエもいたたまれない顔になっている。しかももう結婚する前提で話が進んでいる。
ソールには、まだ超えるべき壁があるだろうに。
「お前の職はもう決まってるんだよ。帰さんからな、絶対に。バラーシュ嬢はそのつもりで」
言葉の後半で、ルドヴィークにきりっと顔を向けられたユリエは、若干ひき気味な笑みで口を開いた。
「だめだユリエ」
「ぜ・・・善処します」
ソールが止めるがもう遅い。ユリエははいと言ったわけではないが、言質を取られたようなものだ。
ルドヴィークは「はぁぁ」とうなだれるソールを横目に、今度はミハイルの方に向いた。
「お前もだぞミハイル」
「いいですよ」
ミハイルの即答に、ルドヴィークは「えっ」という顔をした。
(めんどくさいな)
抵抗される前提でからんできたのか、もしくはミハイルにもごねてほしかったのか。
これでも、国のためというよりは10割自分のために、マリクを蹴落とそうとしてルドヴィークを表に引っ張り出した自覚はある。
ミハイルが動くということは家が動くということ。父には中立派でなくなることへの了承ももらってある。
ルドヴィークに協力要請した時点で、ミハイルに覚悟はできていた。
身を削って働くのはごめんだが。
「陛下にも伝えてありますよ。メルクーリ家はルドヴィーク様につくと」
「なんだ・・・そうなのか」
言葉はそっけないが、あふれ出る嬉しさが隠しきれていない。
味方が少なすぎてかわいそうになってくる。
今までは、王位継承に興味なんてありませんよと示すために、貴族の派閥をあえて作らずにきた。そのツケがここにきているのだが、ルドヴィークは有能だ。ルドヴィークを支持する貴族はこれからどんどん増えるだろう。
ミハイルは、その手助けをすればいい。
(宰相にでもなるか)
そうすれば、アルティミシアをどんな手からも守れる手段の一つとなるかもしれない。
「そろそろ時間だね。行こうか」
場を締めくくったのは、ルドヴィークではなくマグダレーナだった。
こういう王なら、仕えてもいい。
ミハイルはマグダレーナに連れられて退室するルドヴィークの背中を見た。
強権を振りかざして恐怖政治をとる魔王なら討ち倒さなければならないが、「やりたくない」「面倒なことはたいてい俺にくるんだよ」が口癖の、周りがつい手を差し伸べて助けてしまうような王なら、仕えてやってもいい。
綺麗事ばかりではない。それで済むわけがないとわかっている。でも。
その先にあるのはきっと、戦いのない優しい世界だ。