54. それぞれの恋活 ④
「留学は、いかがでしょうか」
全員がアルティミシアの方を向く。
「キロスは今織物産業だけで成り立っているようなものです。人口は増加傾向にあり、雇用を創出する必要がありますが、織物産業を広げたところで需要は少なく、販路を拡大しない限り過剰在庫を積み上げるだけ。販路を広げたいとは考えつつも、国外はあまりにもキロスでの『常識』が通じないため、偉い男性の方たちは二の足を踏んでいて、国外への外交営業にも踏み出せていない」
アルティミシアの話に火が付いたのか、ユリエの顔が商人の顔になった。
「ちょうど今バラーシュ商会は、キロスの布を使った衣服や消耗品の開発をするために、キロスの国王も交えて父が布の買い付けの交渉を始めようとしてる。使える?」
アルティミシアはそんなユリエににこりと笑った。
「ああ、では買い叩いてやればいいんです。キロスは需要を、布の販売量を増やしたい。こちらが下手に出る必要はありません。バラーシュ会長とパメラ王女は、面識がおありなんですよね?」
「ある」
ユリエはうなずいた。
「交渉の場にバラーシュ会長の指名でパメラ王女を参加させて、理詰めで会長とわたりあって、適正価格まで引き上げてもらいます」
「国家間交渉の場で、キロスは王族とはいえ女を出そうとはしないんじゃない?」
「バラーシュ会長のご指名とあれば出すしかありません。これは対等な取引ではありません。バラーシュ会長のご機嫌を損ねて商談を流すわけにはいきませんから。キロスの男性方は、自分たちの『常識』がいかに世界的に非常識であるかを知っているはずです。ユリエを後継にと考えているバラーシュ会長の前で、女性蔑視を表に出すような愚かな真似はさすがにしないでしょう」
「アルティこわ」
ユリエがつぶやく。アルティミシアは苦笑した。
「それで、パメラ王女のおかげで適正価格にての交渉が成立すれば、キロスの重鎮の男性たちの面目は丸つぶれになります」
「ああ、それで留学ね。あったまいい」
ユリエはうなずいた。
「どういうことだ?」
ルドヴィークが尋ねた。アルティミシアが応じる。
「キロスでは女性が学問に勤しむことをよしとされません。パメラ王女は王女であるがために最初から教育を受けられる環境があったようですが、キロスの女性の識字率は世界的に見ても極端に低いんです。だからこそキロスの男性は優位に立てる。王族とはいえ、女性のパメラ王女に、これから国の産業の支柱になるであろう交渉をまとめられたら、無駄にプライドの高い重鎮の男性方は面白くないでしょう。そんな『生意気な』王女を妻に求める男性はほとんど、いえ、もしかしたら国内にいなくなるかもしれません。重鎮に睨まれることを恐れて、他の貴族が手を挙げたくとも挙げられない状況になることも考えられます。バラーシュ会長がパメラ王女に後学のためにと留学を薦め、受け入れる体制がこちら側にあれば、キロス国王は否とは言わないのではないでしょうか」
「言わないだろうね。厄介払いにはちょうどいい」
ユリエの冷えた声に、ルドヴィークが表情を厳しくした。
「それほどなのか?」
ルドヴィークはアルティミシアの話に半信半疑のようだ。でもミハイルはまったく疑っていない。
聞いているだけで胸がむかつく話だが、アルティミシアが言うのだ、本当のことに違いない。
アルティミシアは活字中毒で、本を読むのも好きだが新聞も、商人や職人の間に出回る専門誌も読んでみたら楽しいのだと、笑って話してくれたことがある。
(きれいだな、俺の妻になってくれる人)
笑う顔が一番綺麗だが、こうして自分の意見を語る顔も凛として、美しい。
「それほどですよ。私はキロスに行って自分の目で見てきましたから、断言できます。パメラ・・・王女は、留学というていで無事合法に出国できたら、戻れと命令されることはまずないと思われますが、もしされても故国には戻らないと思います。もしルドヴィーク殿下のお相手にならなかったとしてもバラーシュ商会で引き受けますから、ルドヴィーク殿下は重く考えずにあくまでも候補のお一人として、お友達として接してください」
ユリエが最後は表情を和らげて言った。
偉い。ミハイルは感心した。
パメラ王女救出作戦から、ちゃんと元のお題に着地した。
「引き受けるって言ってもなあ。他国の王女を正当な理由なく返さないとなると、それは国際問題にならないか」
心配性ルドヴィークがヘタレ発言をする。それを引き取ったのはソールだった。
「なりませんよ。させませんし。留学の手配とこっちでの体制の調整は俺が請け負いましょう。その後のことも今のうちに見据えて、問題が起こらないよう書面の文言を整えておきます。バラーシュ会長とは、キロスで合流して話をしてきます」
かっこいい。かっこよすぎる、義兄上。
ついでにバラーシュ会長に近づいてユリエとの婚約のお許しをもらう腹づもりも見え隠れしている、その抜け目のなさもかっこいい。
「お前キロス語もできるのか?」
呆れたように言うルドヴィークに、当然だ、とソールはうなずいた。
「うまくやるよ。ルドの伴侶になるかもしれない方だからな」
ソールは急にくだけた口調で、ルドヴィークに友達の顔で笑いかけた。ルドヴィークは完全に撃ち抜かれている。
そういうところですよ、義兄上。全部かっさらって持っていく。
一生ついていこう。ミハイルは心に決めた。
ソールはユリエに向き直った。
「ユリエ、話を進めるのに俺とパメラ王女、バラーシュ会長との仲介を頼めるかな? 」
婚約まだしてないのに名前呼びか。
「もちろんです! 」
ユリエは満面の笑みでうなずいている。もう呼ばれ慣れているようだ。
「いいものを見せてもらったよ。君たちは美しいね。これに免じて、とりあえず、今日のファーストダンスは私が折れるよ。レネーにはルドからも謝ってね」
話に一段落がついたのを見計うと、満足そうにマグダレーナが言って、懐中時計を取り出した。
「すまない、ありがとう姉上」
うん、とルドヴィークにうなずいて、マグダレーナは懐中時計を指さす。
「ひとっつも今日の本題に入ってないけど、もうすぐ夜会が始まるよ。巻いていこう」
ミハイルはマグダレーナに対する認識を改めた。
ただのあやしい人形使いではなかった。
ちゃんと常識人だった。
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