53. それぞれの恋活 ③
思ったよりもうまくいくんじゃないか。
ミハイルは、レギーナを見るエレンを見てそう考えていた。
今日の夜会でエスコートに『王都のカイル』を準備したのは偶然だ。
ルドヴィークから、「会合にパヴェル家も呼んだが、当主から、王都にいるレギーナを代理に行かせると返事があった」と言われたことがきっかけだった。
会合だけ呼ばれて、その後の夜会に呼ばれないことなどあり得ない。
ミハイルは、もう本物のカイルが王都には来ないだろうことを知っていた。
デビュタントの時、本物のカイルは、体調不良のところに身ぐるみを剥いでエレンの着ていた服に着替えさせ、強制的に王宮から出した。メルクーリ別邸に送り、休養してもらってから馬車で宿泊している宿まで送った。
エレンが不自然ではなく入れ替わるには、カイルを会場に残すわけにはいかなかった。
国境の大森林での襲撃の後、パヴェル領にいた時に、ミハイルはカイルに会ってあの時のことを謝罪した。カイルは謝罪を受け入れてくれはしたものの、王都に行くのはもう勘弁してほしいと苦笑していた。
そのことがあったから、レギーナはエスコート役に困るだろう、と思ってエレンを説得した。
エレンは、影が表舞台も表舞台、王宮にまた駆り出されることに難色を示したが、『カイル』としての出席にする、ということを条件に、何とか飲ませた。レギーナに他にエスコートする者が現れれば必要ないから保険だよ、とエレンに納得させた。
エレンがレギーナのエスコートをするなら、ルドヴィークの『詳しい説明』も同席させていいだろう。そう思って打診したら、ルドヴィークからはすぐに了承がかえってきた。
レギーナはアルティミシア達と、ちょうどお泊り女子会をやっているというので本邸にその旨カードで送ったら、即「お願いします」と返事が来た。
やっぱりエスコートが見つからなくて困っていたんだな、と今日、さっきまでは思っていた。
が、エレンに頬の傷を指摘されて顔を赤くするレギーナを見て、わかってしまった。アルティミシアも気付いたようだった。
本当は、この時点でエレンが気付いてくれるのが一番話としては早かったと思うが、それは仕方がない。
エレンは恋愛に、いや婚姻に関して慎重だ。
どうあっても伴侶となる女性を家業に巻き込んでしまうことを、気にしている。職業柄天寿を全うできる割合も低く、親戚もいないため、ウィーバー家は今マヌエルとエレンしかいない。自分が大切に想う女性を巻き込むくらいなら、なんなら契約結婚でもいいと思っているふしがある。
意図的になのか無意識なのか、大切な異性を作らないようにしている、とも見受けられて、ミハイルは密かに気になっていた。
自分に忠誠を誓ってくれた、兄とも片腕とも親友とも慕うエレンには、やはり幸せになってもらいたい。
レギーナの人となりは知っている。
レギーナなら、きっと。
無理強いはもちろんできないが、頑張るのなら応援する。そう伝えたら、彼女の動きは早かった。
メルクーリ家の騎士隊に入る、と王族のいる前でぶっこんできた。
一度も相談すらされたことがないのに。
驚きはしたが、迷惑ではなかった。ミハイルは話を合わせて了承した。
実力のある女性騎士は希少。ミハイルとしては願ってもない申し出だ。
レギーナは思い切りがいい。肚を決めたのだろう。
(うまくいくといいな)
アルティミシアと目が合って、微笑みを交わした。同じことを考えている、と思った。
ユリエが挙手した。
公の場でない限り、ルドヴィークに発言許可を取らなくていいことを知っているユリエの、最大限の譲歩だろう。いきなり話し出すのは、ミハイルにとってはもう普通のことだが、一般的には勇気がいる。
「ここは学院か。発言許可もいらんが挙手もいらんぞ。なんだ」
ルドヴィークが少し表情をやわらげる。
「王弟、いえ王太子殿下」
ユリエの言い直しに、ルドヴィークの顔がまた険しくなった。
「今王太子と呼ばれるのは俺の心的ダメージが大きい。ルドヴィークと呼べ。ここにいる者は全員、今後、公の場でない限り」
きりっとして言っているが、言っている内容が切ない。
ミハイルはルドヴィークがかわいそうになってきた。ルドヴィークの今置かれている状況は、元はと言えばミハイルが協力を仰いだせいだと言えなくもない。
「ル、ルドヴィーク殿下」
王族を前にして、そんなの不敬だとんでもないめっそうもない、とならないところがユリエだ。
「どうした」
「本日はさすがに無理ですが、たとえば、どういった方を妃に望まれますか? その、商売柄、ありがたいことに多くの貴族のご令嬢方と接する機会が私にはございます。国内が、派閥がらみでもはや面倒くさいと言うのであれば、国外でも」
ルドヴィークは歯に衣着せぬ言い方がおかしかったのか、小さく笑った。
「ああ、もはや面倒くさいな。何だ、希望を言ったら紹介してくれるのか」
「一介の商人が王族の伴侶をご紹介できるとは考えておりませんが、ご希望に近い方、一人と言わず複数の方とお友達として交流を持たれることは、判断基準を確立される上でも悪いことではないのではないかと。正直な話、王太子妃、ひいては王妃になられるほどの教育を受けた高位貴族のご令嬢は、年齢的に言えばすべて売約済みだと思うのです」
ユリエは、つまり「見当違いな候補を並べ立てられるのがいやなら、自分から動いて、ある中から妥協しろ」と言っているのだ。
売約済みという表現が政略結婚をにおわせて生々しいが、貴族の婚姻とは、まして王族の婚姻ともなれば、そういうものだ。ユリエの言うことは正しい。
ルドヴィークに見合う年齢のご令嬢は、だいたいもう嫁ぎ先が決まっている。だから苦し紛れに6歳の幼女を差し出すような貴族が出てきてしまう。
ミハイルのようなケースの方が稀なのだ。アルティミシアと婚約できないなら廃嫡しろとまで両親に詰め寄ったが、あれができたのは嫡男として能力を認められていたからで、もし優秀な兄弟がいたら、ミハイルはすぐさま廃嫡されていただろう。
「ふむ。特に婚姻により国交を深くする必要もなかったから国外に目を向けてはいなかったが、逆に国内に固執する必要もないのだな。国内がみんな売約済みというのなら、なおさらな」
ルドヴィークも売約済みという表現が気に入ったようだ。
「じゃあたとえば、公私の別がついて、それなりの教育は受けていて、王族と接することに抵抗がなく、知的好奇心が旺盛で、時には議論も交わせるような、よく笑う女性。あと食事をおいしそうに食べてくれるとなおいいな。さすがに難しいか」
難しいだろ。夢見がちか。
ミハイルは切り捨てた。アルティミシアはそのすべての条件に当てはまるが、「売約済み」だ。
あと王太子として望む部分と、ルドヴィーク個人として望む部分の質が真逆すぎる。これを持ち合わせる高位貴族となると、いくら令嬢方と親しくしているというユリエでも。
ミハイルが目を向けると、ユリエは驚いたように目を見開いている。
やはりさすがに難題だったか。
「それパメラです!」
つい口から出てしまったのだろう、ぐふん、と変な咳をして、ユリエが言い直した。
「あ、いえ。キロスのパメラ第二王女が、まさにそういう方です」
「キロス?」
ルドヴィークが怪訝な顔をする。
キロスは、大陸の端にある、カレンドとは国交もほとんどないような遠方の小国だ。年間を通して気温が高く、有名なのは、その気候を利用してできる植物から加工された糸を使った繊細で薄い織物。
ミハイルの知識としてはそのくらいしか情報がない。そのくらい、カレンドとは縁のない国だ。
「さすがに遠すぎますよね? あと国交を深める必要性も、カレンドにはさほどないですし・・」
ユリエが少し小さくなって言うが、ミハイルは感嘆していた。
この条件に合う女性がすぐ知人の中から出てきたこともすごいが、本当に「世界のバラーシュ」なのだと改めて思う。まさかのキロス。しかも王女を呼び捨てにしていたし。
コミュニケーション能力の高いユリエは、そうやってどんな人とも仲良くなってしまうのだろう。
「そのパメラ王女は、俺の言った条件を満たしているのか?」
「満たしてますね。彼女は王族としての教育も受けていますが、私のような庶民にも変わらず接してくださいますし、知らないことを知ること、見たことがないものを見ることが大好きな方です。喧嘩ではなく議論を交わせる理性的で、でもよく笑ってよく食べる気持ちのいい方でもあります」
「ずいぶん具体的だな」
「ええ。最近まで家に、んんっ・・・いえ、訪問させていただきました際に、父と意気投合したのをきっかけに、私もずいぶんとよくしていただきました」
家に? 誰の家だ。ミハイルがアルティミシアを見ると、なぜかアルティミシアの目が少し泳いでいる。レギーナは表情には出していないが、若干の緊張が見受けられる。
なんかやらかしたんだな、バラーシュ家・・・。あとでアルティミシアに聞こう。
「あ、パメラ王女は大陸語も話せますよ。発音にも問題はありません。ただ申し訳ありません。条件がはまりすぎていて、他の方を思いつきません。お一方だけのご紹介で、しかも遠方からということになりますと、「お友達」として、とは対外的に言いづらくなります。本人的には「まずはお友達」で快諾してくださると思いますが」
「年齢は」
「16歳です。キロスは成人が18歳とされていて、婚姻ができるのも18歳からです。そろそろ婚約者を決める頃合いですが、キロスも国交を理由にした婚姻を必要としておりませんので、国内で候補者を探しているのですが、彼女が婚姻を嫌がって逃げ回っているので」
「じゃあそもそもダメだろう」
ダメだな。ミハイルはルドヴィークのため息まじりの発言に同意した。今している話は友達何人できるかな? ではない。あくまでも友達からの婚約者探しだ。
「ダメではありません。キロスは男性優位の閉鎖的な国です。王女と言えど、結婚してしまえばもう滅多に外を出ることはかなわなくなります。国外などもってのほかです。彼女が厭っているのは国内での、キロスらしい認識を持った男性との婚姻です。キロスでは、女性は声を上げて笑うことも、男性とともに食事をすることもよろしくないとされています。でもパメラ・・・王女は、もう外の世界を知ってしまいましたから」
「だがそれだとお友達として連れてくるのはさらに難しい。婚約前提でないと、国王は王女を外には出さないだろう」
難しい顔をするルドヴィークに、ユリエが口元を引き結んで黙り込む。
ルドヴィークの婚約者探しというより、パメラ王女の救出作戦になりつつあるが、そこは大丈夫なのだろうか。なんだかんだでお人好しなルドヴィークがミハイルは心配になった。
「留学は、いかがでしょうか」
アルティミシアが言葉を挟んだ。