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52. それぞれの恋活 ②

「そろったな。遅れてすまなかった。ちょっと面倒なのに捕まっていたんだ」

 3人が部屋に戻ると、ルドヴィークは話し始めた。


「ヴラニーかい?」

 マグダレーナが口を挟む。姉弟のいつもの会話なのだろう、ルドヴィークはげっそりした顔でうなずいた。

「そう。あそこの次女がようやくどっかの令息と結婚してくれたと思ったら、三女がまだいたんだよ。今度は三女を妃に薦められた。何人姉妹だよあそこ」

「妾の子含めたら5人かな? ヴラニーは王族に娘を娶せるために各種取り揃えたからね。あの()たちもかわいそうに、ぎりぎりまで婚期をずらされて。マリクとルドのせいでね」


 レギーナは記憶を掘り起こす。ヴラニー侯爵家と言えば、確か中立派の、そこそこ力を持った貴族だったはずだ。この話だと、長女と次女はタイムアップ(いき遅れそう)になり、王族以外のどこかの家と婚姻を結んだのだろう。


 パヴェル家もたいがいだが、この家もたいがいだ。レギーナは内心でため息をつく。

 (跡取り)が生まれ、婿を取る必要がなくなったレギーナだが、だからと言って政略結婚の鎖が外されたわけではない。きっと上の姉たちのように、父の手駒として嫁ぎ先を命令されるのだろう。

 その前に、何とかしなければならない。


「俺のせいではないだろう。マリクはアレだったから伴侶が決まらなかったし、俺はあいつが子を為すまでは婚姻できる環境じゃなかったし。マリクのせいだよ。ああ、もう王宮にはいないが」

 甥のことを「アレ」と言い捨てたルドヴィークの表情は冷めている。


「これからは選びたい放題だね。よかったね、ルド」

 マグダレーナの軽口に、ルドヴィークは天を仰いだ。

「冗談じゃない。6歳の娘とか持ってきたりするんだぞ。狂ってるよあいつら」


 今まで王位継承に積極的に不参加で、意図的に婚約者を作ろうとしなかったルドヴィークが立太子してしまった以上、娘を持つ高位貴族は今目の色を変えている。

 王族の婚姻ならそのくらいの年齢差はまあなくもない。ルドヴィークはまだ王太子で王ではないから、御子を急ぐ話でもない。


 ただ現在6歳となると、身体の成熟を考えると、婚姻はできても夫婦の営みを10年は待つことになる。

 王妃教育はていねいにできそうだが、ルドヴィーク的に難しいのは頷ける。

 レギーナだって、今赤ん坊の男の子を「婿に」と言われてはいそうですかとは受け入れられない。

 互いにあと10年歳をとっていたら、また話は違っていたかもしれないが。



「そういうわけでこの後の夜会だが、堅い守りで臨もうと思う。今日ブラダ公爵(御夫君)は?」

 ルドヴィークがマグダレーナに無駄にきりっとした顔で言う。マグダレーナは離宮の方に顔を向けた。

「来ているよ、もちろん。これに同席してもいいよと言ったけど断られた。知らなくていい情報は知らなくていいんだって」

 賢明だ。ブラダ公爵とは気が合いそうだ。


「そうか。俺のファーストダンスに姉上を貸してほしいんだが」

「えっ困るよ。さすがにすねるんじゃないかなあ」

 すねる? かわいいかもしれない、ブラダ公爵。会ったことはないが、今ものすごく会ってみたい。


「俺のファーストダンス枠は婚姻の可能性がない安全パイじゃないと困るんだよ」

「せめてレネー()と踊ってからじゃだめ・・・だよねえ、そんな怖い顔しないでほしいなルド」

 今日の主役は間違いなくルドヴィーク。ルドヴィークのファーストダンスは1曲目だ。


「じゃあストラトス嬢」

「「ダメです」」

 2方向から食い気味にストップがかかった。ミハイルとソールだ。


「何でだ。お披露目こそしていないがストラトス嬢がミハイルの婚約者だということは周知の事実だろう。あとソール、何でお前が止める」

 ソールは不機嫌そうに片眉を上げた。不敬極まりない。


「ただでさえメルクーリ家の嫡男(ミハイル)の婚約者ということで目立っているんです。これ以上妹を面倒には巻き込ませたくない。おわかりいただけますよね? ルドヴィーク様」

 ソールが王太子相手に渋い顔を隠さずに言う。パヴェル邸でのやりとりを見ていてもそう思ったが、この主従は本当に仲がいいらしい。


 アルティミシアは元王太子のマリクに、『聖女』と勘違いされて王太子妃にと請われ、婚約者であるミハイルは襲撃に遭った。このことにマリク(王族)が関わっていたことは公になっていないが、ソールとしてはこれ以上王族に妹を関わらせたくないはずだ。ソールはシスコン末期のお兄ちゃんだ。


「義兄上の言う通りですよ。シアが俺とファーストダンスを踊らないなんてことはあり得ません」

 ミハイルも王族を前に不機嫌を隠さない。

 ただ言っていることは戯言(たわごと)だった。

 どこが言う通りだ。あとまだ結婚していないのにもう義兄上呼びになっている。そしてそれに誰もつっこまない。


「・・・じゃあバラー」

 シュ嬢、とまで、ソールは言わせなかった。

「だめに決まってんだろう」

 もはやタメ口だ。大丈夫か。

 確かに世界のバラーシュ商会のご令嬢とはいえ、ユリエはぎりぎりの貴族枠だ。ルドヴィークとファーストダンスを踊ったところで、商業的宣伝にはなっても王太子妃候補ということにはならない。


 ルドヴィークが顔をひきつらせた。

「何でお前が」

「俺の婚約者、予定だ」

「え」

「親父攻略中だ。だが絶対に落としてみせる」

 目が点になっているルドヴィーク、『お兄様かっこいいー』モードのアルティミシア、真っ赤な顔でうつむくユリエ、生温かく見守るミハイルとエレン。なんだろう、このカオス。


「へえそうなのユリエ?」

 マグダレーナが嬉しそうに言う。名前呼びだ。

 さすがバラーシュ、ブラダ公爵家とも取引があるらしい。

「はい、ありがたいことに・・・」

 耳まで真っ赤になっているユリエ。

 レギーナは言葉に出さずに応援した。

 高位貴族ばかりの会合などろくなものではないだろうと思って気合を入れて来たつもりだったが、必要なのは別の種類の覚悟だったようだ。


「お祝いをしよう。また近日中にうちにおいで、ユリエ」

 マグダレーナは親族に言うような気易さで、貴族ではない笑みをして言った。

 公爵家で普通に家の行き来があるなど、さすがユリエ。

 レギーナはユリエの仕事に対する姿勢を尊敬していたが、またさらに見直した。


「いえあの、まだ決まっているわけではなくて」

 まだ顔の赤さを鎮めきれていないユリエが言い淀むのを、マグダレーナは微笑ましそうに目を細めた。

「ああ、ソールなら大丈夫だよ。目的の達成のためなら手段を選ばない子だから」

 笑顔で怖ろしいことをおっしゃる。ユリエの笑顔が若干ひきつっている。褒めているのか? それ。


「まあいいよ、前祝い。前祝いってことで。アルティもそういえば来てくれることになっているし、ユリエも一緒においで。あと、パヴェル嬢」

 急に振られてレギーナの体がぴくりと揺れた。

 マグダレーナは今日初めて挨拶をかわした初対面だ。緊張するのは仕方がない。


「はい」

 全力で平静を装って、静かに返事をする。

「一人でおいでって言ったら来づらいだろうから、この子たちと一緒においで。あなたは鮮やかな色が似合いそうだ」

「・・・はい?」

 うっかり変な声が出た。

 隣でエレンがぷっと吹き出すのが聞こえた。


「マグダレーナ様。事情は俺から説明しておきますよ。近いうちに3人のスケジュールを調整して候補日をご連絡します」

 ミハイルがフォローに入ってくれたようだ。マグダレーナは満足そうに笑って「じゃあ頼むよ」とうなずいた。


「ちなみにだが、パヴェル嬢は俺とファーストダンス」

 ルドヴィークの誘いに、レギーナはすべてを言わせる前に拒絶した。

「命に関わりますゆえ謹んでご辞退申し上げます」

「早いな。何だ命に関わるって」

 ルドヴィークが心なしか気落ちしているが、これだけは聞き入れられない。

 言えないが、レギーナはエレンと踊りたいのだ。言えないので、別の言い訳を口にする。


「私七女とはいえ一応辺境伯家ですよ。王太子妃としてはナシ寄りのアリなんです。ファーストダンスでまかり間違って王太子妃候補認定を他の貴族にされてしまったら、闇討ちを警戒する日々が始まってしまいます。あと父がうっかり勘違いして押してきたら面倒なことになります。それに何より、私は学院卒業後はメルクーリ家の騎士隊にお世話になることで、ミハイル様と内々にお話をさせていただいております。余計なトラブルは極力避けたいのです」


 レギーナの言葉に、ルドヴィークは打ちひしがれていた。王太子になる方がこんな打たれ弱くて大丈夫だろうか。


 ミハイルを見ると、ありがたいことに驚きは表情に出ていない。さすがだ。

 ミハイルにメルクーリ家の騎士隊に入れてくれなどと、今まで一度も言ったことがない。さっき応援ももらったことだし、せっかくだから言質をとらせてもらうことにしたのだ、今、思い付きで。


「面倒とか余計なトラブルとか、心が抉れるな・・。本当なのか、ミハイル」

 ルドヴィークがわりとダメージを受けていた。


 ミハイルはそれを気にする様子もなくうなずく。

「ええ。パヴェル嬢は女性で騎士科ではありませんが、その実力はエレンやダリルとの手合わせで俺自らが確認しています。後々は、シアの護衛になってもらうことで話を進めているところです」

 ミハイルは話を合わせてくれた。アルティミシアの護衛の話を載せられたが、これに関しては異論はない。


(どうしよう)

 就職先が決まってしまった。しかも、王宮の騎士団に並ぶ最高難易度のメルクーリ家の騎士隊に。

 しかもエレンとも遠くはない。まだ、頑張れる。

 家に、パヴェル領に、帰らなくてもいい。


 表情には極力出さないようにしていたが、嬉しすぎて舞い上がっていたレギーナは、驚いたように自分を見つめるエレンには気付かなかった。

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