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5. やっと見つけたと思ったら

 まるで、気絶するかのように意識を落としたアルティミシアの顔を、ミハイルは見つめていた。

 生理的な反射なのか、何か思うところがあったのか、アルティミシアの目尻に涙がたまっている。

 ミハイルは指でその目尻を優しくぬぐった。

 肌には、触れないように。眠りを、妨げないように。


(これはないだろう、女神さん)

 ミハイルは内心で悪態をついた。

 予想外なことが、起こり過ぎている。

 ミハイルは音をたてないように静かに退室し、扉を閉めた。待機していた侍女長のルシアに、寝ずに様子を見守ってくれていたことを労って、交代するように伝えた。


 自室に移動して扉を閉める。

 まだ夜は明けていないが、外は白み始めている。明かりをつけなくとも窓からの光量でかろうじて視界は保たれていた。

「エレン」

「はいはい」

 ミハイルが名を呼ぶと、黒髪に青い瞳の青年が、壁にもたれていた背中を浮かせてミハイルの方に歩み寄ってきた。


 エレンはミハイルが幼い頃からついている、護衛であり影。

 代々メルクーリ家に仕えてくれている「そういう」家系で、エレンの父はミハイルの父、メルクーリ公爵についている。ただエレンは一人っ子のため、ミハイルの弟シメオンには外から雇った護衛がつけられている。

 このことが、今回災いした。

 


 シメオンとは幼い頃は仲が良かったが、成長するにつれ(シメオン)(ミハイル)に対する劣等感に支配されて、関係は悪化の一途をたどっている。ここ最近はあまり会うこともなくなり、会ったとしても言葉をかわせるような状態ではない。


 ミハイルにとってはかわいい弟だったが、周りの大人がミハイルの容姿や才覚をほめそやしたこともよくなかった。次期公爵となる嫡男に言い寄りたい大人たちの言葉などミハイルは聞き流していたが、シメオンにとってはそうではない。


 ミハイルが物心がつく頃には、もうイオエルの記憶があった。だから、その頃から大人の対応が、判断ができていたのだが、シメオンは年齢通りの少年だ。

 兄ばかりが賞賛されて、後も継ぐのも兄。自分はただのスペアで、兄が後を継いでしまえば自分は自力で身を立てるよりほかに方法はない。兄ほどの、能力もないのに。


 この凝り固まってしまったシメオンの劣等感を、影であるゼノンは解きほぐそうとしなかった。

 事実だからだ。

 そんなことはないと甘やかしたところで、ミハイルが失脚しない限り、状況は変わらない。


 ゼノンがエレンの弟であったなら、公爵家の兄弟が仲良くやっていけるように内々に話し合うこともできただろうが、ゼノンは外注だ。仕事としてはプロだが、護衛対象の情操教育は仕事の範囲外だ。


 立太子した自分よりもてはやされるミハイルを疎ましく思うマリク王子。

 ミハイルさえいなければ労せず次期公爵になることができるのにと昏い考えに捕らわれている弟シメオン。

 二人はつながっていたらしい。


 ミハイルが『銀髪に金の瞳を持つ人』を探していることを、ゼノンは「業界の耳」でかぎつけた。

 シメオンはそれをマリクに流した。

 ミハイルが何のために探していたのかは、誰にも言っていないし他人にわかるはずもない。

 わからないが、いやわからないからこそ、マリク王子は怯えた。ミハイルの邪魔をしようとした。


 数か月前にあった王都での「銀髪・金の瞳」を持つ者の目撃情報をもとに、ミハイルは捜索を強化していたが、それに危機感を抱いたマリク王子は警備隊に、秘密裡に同様の指示を出していた。

『銀髪・金の瞳を持つ者を見つけたら確保しろ』

 そうしてアルティミシアは警備隊に捕まり、その情報を得て急行したエレンが救い出した。



「ミハイル?」

 エレンに呼ばれて、ミハイルは我に返った。

「ああ、すまない」

「お嬢さんは?」

「さっき目が覚めた。今また眠ってる」

「そうか。どこも悪くないんだよな?」

「ああ。・・・何でそんなことを聞く?」

 エレンが特定の『対象者』に対して興味を抱くことは珍しい。


 エレンは少しきまりが悪そうにこり、と指先で自分の首筋の後ろをかいた。

「お嬢さんさ、すぐに帰すからおとなしく誘拐されてくれって頼んだら、『無傷で帰してくれるならかまわない』って言ったんだ。俺も傷一つつけないって約束しちゃったからさ」

「だから誘拐は駄目だと言っているのに。・・・でもそうか。変わらないな・・・」

 ミハイルは苦笑した。


 アトラスは、自分の意思に関わらず、何かと巻き込まれることが多い、災難な奴だった。一番大きかったのは、うっかり聖剣を抜いてしまって魔王討伐に巻き込まれたことだ。

 ひどい目に遭っても、理不尽な押し付けに遭っても、アトラスは『まあいいよ』『かまわないよ』『仕方がないよ』と言って受け入れた。

 受け入れ続けて、みんなの望みをかなえるのと引き換えに、命を落とした。


「ん? お前お嬢さんと知り合いだったのか?」

 エレンが首をかしげた。知り合いだったなら、連絡がつかなくなっているとして、名前、せめて性別くらいは特定して捜索の指示を出せばよかったのに。そう、顔に書いてある。


 ミハイルの指示は『銀髪、金の瞳の人物を探せ』、これだけだった。

「知り合い、ではないんだ。俺が一方的に、見知った程度で」

 ミハイルは言葉を濁した。他に言いようがない。

 そのはずだった。これから知り合うはずだった。


「・・・ふうん? まあいい。見つかってよかったな」

 エレンは笑って流してくれた。エレンはミハイルがイオエルの記憶を持っていることを知らないが、幼いころからの付き合いだ。ミハイルの不思議な言動にはもう慣れている。

「ああ。彼女をここに連れてきてくれたことに感謝している」

「え、何、こわ。え」

 エレンがわかりやすく怯んだ。普段いちいち面と向かって礼を言う間柄ではない。


「悪いがあともうひと働きしてくれ。今から宵の明星亭に行ってほしい」

「い、いいけど。で、何を?」

「ソール・ストラトスが泊っているはずだ。彼に『妹君はご無事です』と伝えてほしい」


「ストラトスって、あの人気店で今話題の?」

「ああ、みたいだな。彼女の名前はアルティミシア・ストラトス。彼女の情報は別口で集めるから、エレンは取り急ぎソール殿に会って、間違っても誘拐だと誤解されないようにしてほしい」

「いや事実誘拐なんだが。お嬢さんに口裏を合わせてもらった方がいいな」

「じゃあ、そうだな。警備兵に家出娘と間違われて連行されそうになった彼女をお前が救い出したところ、極度の緊張状態にさらされた彼女が熱を出して倒れたのでお前の雇われ先の公爵家に運び込んで保護した、ってことで」

「ちょいちょい雑だな・・」

「多少隙間があった方がいいんだよ。彼女がうまく補填してくれるだろう」


 さほど嘘ではないし、アルティミシアは自分が倒れた本当の理由を知っている。兄には話せないはずだ。こちらから先に説明しておけば、うまく口裏を合わせてくれるだろう。

「謎の信頼度の高さだな。まあいいわかった。で、お前は?」

(ばれてるな)

 ミハイルは苦笑した。エレンはごまかされない。


 エレンが護衛につかない時は、ミハイルはおとなしく安全な場所にいる。

 これがお約束なのだが、でもミハイルは絶賛動き回る気満々だった。

「この後すぐ本邸に行って両親に会ってくる。年寄りは朝が早い。起きてるだろ。婚約誓約書のサインをもぎ取って彼女が目を覚ます前に帰ってくる。で、彼女を宵の明星亭に送ったらその足でストラトス家に向かう」


 エレンが固まった。

「エレン、口が開いてる」

「口も開くわ! ちょっと待てお前一応一つ一つ拾うぞ?」

「早く宵の明星亭に行ってほしいんだが」

「行くよ! 行くけどこれは必要な確認事項だ。いいか。まず一人で行くのは許さない。ダリルを連れて行け」

「寝てるだろう」

「起こせ! 今すぐ起こせ! で、公爵夫妻が年寄りかどうかは別として、まあ起きてるだろ。あの方たちは朝が早いから。でも婚約誓約書って何だ」

「俺はまだ未成年だし、爵位も継いでないから親の承認がないと成立しないんだ」

「知ってるよ! 聞いてるのはそこじゃない。お前婚約誓約書ってまさか」

「アルティミシア・ストラトス嬢とのだ」

「同意は?」

「得てない。話してもない」


 エレンは大きくため息をついた。

「公爵家のお前がやれば、もうこれは決定事項だ。お嬢さんに選択権はなくなる」

「わかってる」

「わかってるなら」

「時間がない。警備兵に捕まった時点でマリクにはもう彼女の情報が伝わってる。あいつは何が何だかわかってないだろうが、俺が探していたってだけでわけもわからず欲しがるだろう。さすがに婚約はしないだろうが、合法的な理由をでっちあげて身柄を押さえにかかるはずだ。公爵家であっても、王家にだけはかなわない。先手を打たれるわけにはいかないんだ。彼女に嫌われたとしてもかまわない。後で解消届を出すことになってもかまわない。誰にも彼女に手出しはさせない、そのための婚約誓約書だ」


 もう、何にも巻き込ませはしない。

 ミハイルの気迫に呑まれたようになっていたエレンが、詰めていた息を吐いてぽつりと言う。

「だったら、何で探した」

 お前なら、こうなることは予測できただろうに。


 言外の言葉に、ミハイルはうつむいた。

「・・・たんだ」

 ただ俺は、会いたかったんだ。その声にならない声は、エレンには届かなかった。

「え?」

 あと。

「女性だと、思わなかったんだ」

 ミハイルが泣き笑いのような顔をして言うから、エレンがそれ以上何も言うことはなかった。

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