48. お泊り女子会 ①
アルティミシアの謁見から一週間。今日はお泊り女子会だ。
レギーナの呼びかけで、約束していた「お泊り女子会」を長期休暇が終わる前に決行しよう、ということになった。
最初は、パヴェル家が王都に借りているレギーナの仮住まいをその場所に予定していたが、ミハイルが聞いて「女の子3人だけでお泊りなんて危険すぎる」と、急遽メルクーリ家本邸に変更となった。
危険も何も、仮住まいとはいえパヴェル家の別邸だ。さすがに騎士隊は常駐していないが、侍女も料理人も執事も、護衛兼雑用の厩番もいる。
レギーナが気を悪くするのではと少し心配になったが、「ミハイル様ならそう言うと思って、実は家のみんなにもまだ言ってないし、準備もしてなかったのよ」とからりと笑った。
問題ないらしい。むしろ想定内らしい。
ミハイルが手の上で転がされているような気がしてならない。
「ユリエ」
アルティミシアが応接室に入ると、ソファに腰かけたユリエが小さく手を振った。
「久しぶり! なんか、いろいろあったみたいだね? あ、私が知らなくていいことは言わなくていいからね。はいこれ、おみやげ」
そう言って、ユリエは帰省の土産を取り出した。
「うち領地持ちでもないし、だから特産てわけでもないんだけど、店で扱いだした新商品。汗を吸ってひやりとする冷感脇パッド・胸パッド」
アルティミシアが受け取って、きれいにラッピングされたそれを開くと、アウターにひびかないようにか、肌色をしているパッドが出てきた。
「え? どういうことですか?」
「これ特殊加工がされてて、汗と言うか水? 水蒸気でもいいんだけど、湿ったり濡れたりすると普通の布の数倍ひんやりするの。社交シーズンって暑くもなく寒くもないいい季節に設定されてはいるけど、それでも人が多かったりダンスで汗をかいたりするじゃない? ドレスだとただでさえコルセットで締めるし。その時にすうっとしたら不快感が薄れるかなあっていう、すき間商品ね。脇とか胸の谷間用のパッドだから、着けても目立たないと思う。まだモニター中だから、使用感の感想をアルティとレギーナにお願いしたくて」
「すごいです! えっどうなってるんですか。濡らしてきていいですか」
パッドを手に持ったままいそいそと応接室を出ようとするアルティミシアを、ユリエは慌てて止めた。
「ちょっと待った! それ一応、分類的には下着だからね? 気を付けてね伯爵令嬢?」
アルティミシアはぴたりと足を止めた。
危ない。下着を手に持ってドアの外にいるダリルと目が合ったら、どんな顔をしていいかわからなくなるところだった。
そこにノックが聞こえた。
「はい」
つい反射的に、アルティミシアはそのままドアに向かってしまった。
ユリエの土産を左手に持ったまま、右手でドアを開ける。レギーナの到着だった。
「アルティ遅れてごめ・・・何それ?」
レギーナの目線がアルティミシアの左手に固定されている。ついでに、ダリルの視線も。
「あ~あ」
アルティミシアの後ろから呆れたようなユリエの声が聞こえた。
「ちが・・あの、違うんです! 」
顔が急激に熱くなる。今、やっちゃだめだと立ち止まったばかりだったのに。
このお泊り会が楽しみすぎて、どうやら浮かれているらしい。
「ああはいはい。まずは部屋に入りましょ。ごめんなさいねダリルさん、事故だから目をつぶってあげてもらっていいですか?」
「いいですよ~」
何事もなかったように朗らかに笑うダリルは大人だった。赤面されたらいたたまれないところだった。
レギーナがアルティミシアを押しこむようにして部屋に入り、後ろ手にドアを閉めた。
「で、何これ」
「久しぶりレギーナ! それうちの新商品」
「久しぶりねユリエ。ああそういうこと。私ももらえるの?」
まだ顔の熱がおさまらないアルティミシアを置いて、レギーナはユリエの方に歩いていく。
「もちろん。アルティこっちにおいでって。着け方説明するから」
このわちゃわちゃした感じに、アルティミシアは心底ほっとした。
難しいことも、ややこしいことも、ここでは考えなくてもいいのだ。
アルティミシアは笑って二人のいるソファに歩み寄った。
3人だけで夕食を摂り、湯あみを済ませたらお泊り女子会スタートだ。
アルティミシアの寝室でもよかったが、3人が同じベッドで寝るのに十分なようにと、ディスピナが一番大きなゲストルームを準備してくれた。ベッドはキングサイズ。3人どころか5人は並んで眠れそうだ。
「すっご! さすが公爵家。王都のホテルのスイートルームでもここまでじゃないんじゃない?」
ユリエのはしゃぐ声に、レギーナがうなずいた。
「だめよユリエ、ここにあるもの査定しちゃ。夜が明けちゃうわよ」
「確かに! さ、始めよ始めよ」
3人はもぞもぞと、ありがたくもちゃんと3枚用意された敷布にそれぞれくるまって、ベッドの上に輪を作って座った。
最初に出たのはユリエの帰省先での話だった。
ユリエは久々に実家に帰って、久々に商売のため外遊を繰り返している父と、なぜか父にくっついてお忍びで遊びに来た、遠方の砂漠の国キロスの第二王女パメラに会った話をしてくれた。
にこにこさらっと話すからさらっと聞き流してはいるが、カレンドとさほど国交もない遠方の国の第二王女が供もろくにつけずに外国の商人の家に遊びに来る事態は、わりと国際問題だった。
父と第二王女は数日過ごすと、まるで上司と部下のような会話を弾ませながらまた外遊に出て行ったという。
「私の立ち位置が危ぶまれそうで焦ったわ。パメラとは仲良くなったから大丈夫なんだけど」
問題はそこ? アルティミシアは思ったが口には出さなかった。
「キロスって言ったら大陸語じゃないわよね? ユリエ話せるの?」
大陸語はその名の通り、この大陸の大部分が使用している公用語であり、カレンドもシャンツも公用語は大陸語だ。
レギーナの問いに、ユリエはうんうんとうなずいた。
「話せるよ? 学院入る前は父と一緒に外遊してたしね。さすがに行ったことない国の、マイナーなとこのはしゃべれないけど。てかパメラも大陸語話せるし」
「ああ、王女だものね、それはそうよね」
「うん、問題なし」
いや会話に問題はないだろうが、別の問題はあると思う。
まあ、もう外遊に出たのなら、自分たちがこの話を聞かなかったことにすればいいだけの話だ。
忘れよう・・・
「だけど私たち以外にはこのこと言わない方がいいわよ?」
レギーナがちゃんと釘をさしている。ユリエはそんなうかつなことはしないとレギーナもわかっているだろうが、姐さん気質がそうさせてしまうのだろう。頼もしい。
「うんわかってる。一時的にとはいえ、身分偽って名前も変えて密入国してるからね。二人とも内緒ね?」
重い。さらっと言っているが内容が重い。レギーナが何かに耐えるように目を閉じている。
「あんたたちとからむと墓まで持っていく内緒話が多すぎて困るのよ・・・」
「んん?」
ユリエは首をかしげているが、アルティミシアは心当たりがありすぎて苦笑した。
意識不明でパヴェル家に担ぎ込まれた関係で、アルティミシアがアトラスの転生者でミハイルがイオエルの転生者なこともレギーナは知らされているし、アルティミシアがパヴェル領に行ったこと自体も公には伏せられている。
見せてくれと言われて、実際にアルティミシアが聖剣を出したところをレギーナは目にしているが、それでも変わらずアルティミシアとして接してくれる。
レギーナもユリエも、きっと一生の付き合いになる。学院に通わせてくれたディスピナには感謝しかない。
「あ、内緒話って言えばさ」
ユリエの軽い調子に、レギーナが半目になる。
「何もうお腹いっぱいなんだけど」
「大丈夫だよ。レギーナもアルティも知ってるってソール様が」
「ちょ! ユリエ何! ここでストラトス様出てくるの? 何の話よ?」
レギーナが食い気味に前のめる。アルティミシアも思わず前に身を乗り出した。
「ユユユユユリエ、私まだお兄様から聞いてませんがもしかして」
婚約までこぎつけたか? うまくいったのか。頑張ったのかお兄様。
この短期間で。このいろいろ散らかっていた状況下で。さすがお兄様。
「何なの二人とも。近い、近いから」
ユリエが少しのけぞっていた姿勢を、敷布を体に巻き付け直して正した。少し照れたように笑う。
「うん、じゃあその話から、ね。今度立太子の儀あるじゃない? 王弟殿下の。あの後に開催される夜会のパートナーに、ソール様からお声かけいただいてね」
「えっ私知らないわよ。知ってたアルティ?」
レギーナに言われてアルティミシアはぶんぶんと首を横に振る。
「いや私が『二人が知ってる』って言ったのは、その前に呼び出されてる王弟殿下の『詳しい説明』の会合のことで」
ユリエが慌てたように言う。
ルドヴィークに詳しいご説明をいただけるアレか。アルティミシアは納得した。
アルティミシアは確かに呼ばれていたが、レギーナも呼ばれていたらしい。
パヴェル領の件もあるからだろうか。それもアルティミシアは納得した。
だが正直今それはどうでもいい。
「それは今置いておきましょう。で、受けてくださったんですかユリエ?」
アルティミシアがずい、と膝を前に摺り寄せた。
「え?」
気圧されて後退るユリエに、レギーナも前のめる。
「だって立太子の儀の夜会のパートナーのお誘いよ? もう一押し何かあったでしょうが」
二人に詰め寄られて、ユリエはぼっと顔を赤くした。かわいい。かわいすぎる。
「いちお、ね? 今回じゃなくて、前にカフェでお茶会したじゃない? あの少し後に、ね。将来のことを見据えて、今後他に誘いを受けても断ってもらえないかって」
「よくやったわストラトス様!」
ガッツポーズをするレギーナに、アルティミシアもこくこくとうなずいた。
「ご承諾・・・いただけたんですよね?」
念のために確認する。この話の流れで断った話にはならないだろうが。
湯気が出そうなまでに真っ赤になったユリエが、間を置いて小さくこくりとうなずく。
悲鳴のような歓声のような声を上げて、アルティミシアとレギーナはユリエに抱き着いた。