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47. 公式発表と裏事情

 アルティミシアの謁見の2日後、国境の野営訓練中でのミハイル(筆頭公爵家嫡男)の襲撃事件についての公表がされた。


 主犯はベーム侯爵とされた。隣のパヴェル領があるせいでシャンツとの貿易が直接できないというデメリットに不満を持ち、パヴェル領で事件を起こしその瑕疵でパヴェル辺境伯の責を問わせることが目的だった、ということになっている。


 ベーム侯爵は拘束され、労役場送りが決定した。ベーム家は爵位を失い、ベーム領は国の直轄領となった。

 シャンツとつながっていた話は、一切ここには出てこない。

 襲撃者たちがシャンツの兵服を着ていた、ということを知っているのは学院の生徒と教師のみ。彼らはシャンツの兵士になりすましていたのだと言われれば、そんなわけがないと反論する者もない。

 もとは同じ国、言語も共通でカレンドの民とシャンツの民の見分けなどつくわけもないからだ。


 ルドヴィークが最初にパヴェル家を訪れたことで、パヴェル領は今回の件に関して、王家の決定に従うことを最初に表明している。よってパヴェル家も、シャンツのことは口をつぐむはずだ。


 襲撃されて意識不明だったミハイルは回復し、王都のメルクーリ家に帰還したとも発表された。

 この件については、公にはこれで終わりだ。

 マリクの名前は、ここには出てこない。


 シャンツ国籍の逮捕者は、内々に強制送還されることになっている。

 『国交を深めるため』訪問していたシャンツの第二王子と『付き添いの貴族』は、予定どおりの行事日程を終え、近々帰国する。


 王宮内でシャンツがこの件に関わっていたのだと知る者たちは、シャンツの合意を以て課される短期間の関税の上乗せで、これが『国同士の落としどころ』なのだと察するのだろう。


 アルティミシアとしては、ミハイルをはじめみんなが大変な思いをした今回の決着としてはあっけないような気もしたが、逆に言えばみんなが無事だったから、事件が未然に防げたからこそこれで済んだのだ、と思えば納得もできた。


 さらにその3日後、『突然原因不明の重病に罹っていた』王太子マリクが、回復が見込まれないため王太子の座を降り、長期療養で王都を離れることが発表された。それに伴い王弟ルドヴィークが立太子することが決定した。


 アルティミシアはもちろんこの件に関して直接関与することはなかったが、ミハイルによると、ルドヴィークは「随分ごねた」らしい。

 王妃ラウラが敵視などしなくとも、ルドヴィークは王位を継承する気などまったくなかった。


 国のためを思えばマリクが王になるのはどうかと思ってはいたものの、ラウラに家族もろとも暗殺されかねないためおちおち結婚もできず、早くマリクが継げばいいとすら考えていたという。

 「面倒ごとはたいてい俺に来るんだよ」。ソールによると、これはルドヴィークの口癖らしい。


 ラウラやマリクが何かをやらかすたびに、『王太子マリク』の体面を保つために裏の組織を使ってもみ消してきたルドヴィークは、最終的に『王太子の座』という一番の面倒を背負ってしまった。


 マリクは、王妃ラウラはどうなっているのか、側妃は、側妃の子で第二王子のダヴィト王子は。

 思うところはあるが、王族の裏事情(国家機密)など、アルティミシアが知る必要はない。

 そう思ってスルーしていたところに、その機会は早い段階で訪れた。



 近いうちに、ルドヴィークの「立太子の儀」が執り行われることになっている。その後にお披露目を兼ねた夜会が開催されるのだが、その立太子の儀の後、夜会が始まるまでの空き時間で、詳しい説明を聞かされる、いやお話をいただけることになった。


 ルドヴィークから直々に、ソールとミハイルとアルティミシアへの招待状(お呼びだし)が届いているのだ。

 当然、その後の夜会も強制参加だ。

 ミハイルが公爵家嫡男である以上、ある程度王族との付き合いも発生する、とは婚約した時点で認識していたことだが、こういう感じの想定ではなかった、ような気がする。


 ソールがルドヴィークと、ディスピナから聞いていたよりずっと親しい関係であったことも想定外だったが、このまま普通に家族ぐるみのお付き合いになりそうでこわい。

 ただの、ひきこもりがちな貧乏伯爵家の三女だったはずなのに。


 シメオンは、メルクーリ領に監視付きで帰された。

 公に罪に問われるようなことはしていないとはいえ、嫡子を見殺しにしようとしたことをメルクーリ家としては重く受け止めている。


 ミハイルは王宮勤務になる可能性が高い。今マヌエルも王宮勤務で、領の経営に関してはディスピナ(夫人)が決裁権を持っている。だが細かい経営管理(実務)は管理人に任せている。

 その現管理人に付いて、シメオンは「鍛え直される」ことになるらしい。

 つまり将来的にはシメオンが管理人をすることになるのだな、と思っていたら、ミハイルは「あり得ない」と断固拒否した。


 アルティミシアも、いずれはディスピナの跡を継いで領地経営の決裁権を任される。

 その時に、仕事とはいえシメオンを管理人にすると接点ができてしまう。それは絶対に許せない、とミハイルは硬い表情で言った。

 シメオンは、将来的にも管理人補佐で止まる。それが嫌なら独立しろ、ということになったらしい。


 ミハイルは、シメオンが本邸に幽閉されていた時に面会したというが、その時シメオンから謝罪の言葉はなかったのだという。

 マリクのように罵るようなことはなかったが、目が合うことすらなかったと、それはエレンから聞いた話だ。

 ミハイルが拒否しなくとも、シメオンの方が先に拒絶していた。


『俺はどうするのが正解だったんだろうね』

 ぽつりとつぶやいたミハイルの横顔が忘れられない。

 マリクもシメオンも、勝手に自分で作り上げた『ミハイル』像に対する羨望と嫉妬に、自ら吞み込まれた。そこにミハイル自身の存在は必要なかった。


 正解などきっとなかった、ミハイルが間違ったわけではないのだと、アルティミシアが言うには薄っぺらいような気がして、言えなかった。



「お嬢様」

 カップを持ったまま口もつけずに考え事をしていたアルティミシアは、サリアの呼びかけにぴくりと肩を震わせた。カップの冷めかけた茶の水面がわずかに揺れる。


「は、はい。ごめんなさい」

 慌ててカップを置くアルティミシアを、サリアが案じるように見つめた。

「大丈夫ですか? バラーシュ様がいらっしゃいましたが」

「大丈夫です! ちょっとぼうっとしてしまって。すぐに行きます」

 アルティミシアは立ち上がった。

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