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46. 『王』の采配 ②

 ルドヴィークが国王に向き直った。

「お心は戻られましたか、陛下」

 ルドヴィークの言葉とともに、ソールが巻かれた一枚の紙を国王陛下に掲げて開いた。

 特例措置の決議書だろう。


「『コンラート王の悲劇』の際に制定された特例を、適用させていただきました。今は私に代理権限がありますが、陛下のお心が戻られましたならば、権限をお戻しいたします」

 国王はゆっくりと玉座から立ち上がった。

「ルドヴィーク、すまない。こんなことになるまで、私は息子を野放しにしてしまった。いつも私のよき異母弟(おとうと)であってくれたのに、何一つ叶えてやることができなかった。マリクは廃嫡する。ルドヴィーク、本当にすまないが・・・」


 国王が頭を下げた。

 周りの空気がぴしりと固まる。

 ルドヴィークは一つ間を置いて、大きな大きなため息をついた。


「やめてください異母兄上(あにうえ)。マリクはまあ仕方がないとして、後継には俺でなくともダヴィトがいるでしょう」

 急に兄弟の会話になってアルティミシアは驚いた。


 国王シュテファンとルドヴィークは異母兄弟だが、意外にも仲は良かったらしい。正妃ラウラが、実子マリクに王位を継がせたいがためにルドヴィークに対して再三暗殺まがいの嫌がらせをしていた、というのは公然の秘密だが、当のマリクが罪に問われれば、もうラウラにはどうすることもできないだろう。


 ダヴィトは、シュテファン王の側妃の子、第二王子の名前だ。確かまだ御年10歳だったはず。

「あれは私に似て気が弱い。適任はルドヴィークだと前々からあれほど」

「おそれながら陛下。部外者もいるのでそういったお話は後々に」

 あれ(部外者)、と立ち尽くすメトジェイに粗雑な仕草でメイスを向けて、国王の言葉を途中でぶったぎったのはルドヴィークではなくミハイルだった。


 大丈夫か。不敬に問われないのか。アルティミシアははらはらしながらまだ繋がれたままの手に少し力を込める。

 そういえば国王の御前で手を繋いだままだった。

 急に恥ずかしくなって手をほどこうとしたが、ミハイルに逆に強く握りこまれてしまった。


「本当に封じられているのか?」

 ルドヴィークはそれを気にする様子もなく、メトジェイに目を遣りつつミハイルに確認した。

 ミハイルも気安い様子でうなずく。術者がメトジェイだと判明した時点で、ミハイルが術を封じることを申し合わせていたのだろう。


「ええ。メトジェイ王子殿下は今術を使えません。ですがどうしますか。何の罪にも問えませんよ」

 ミハイルの言葉に応える者はなく、沈黙がおりる。


 確かに、メトジェイは法に触れていない。薬を盛ったわけでも脅迫したわけでもない。人を洗脳することは、術を使わずともそれなりの時間をかければ常人でも可能なことであり、それを規制する法律というのはカレンドにはない。宗教にからみかねない線引きのできない事柄を、法で規制することは難しい。

 つまり、現状メトジェイを拘束すらできないということだ。

 ルドヴィークは渋い顔をした。瞳に怯えをにじませるメトジェイを振り返る。


「帰ってシャンツ国王に、あなたの兄君に、報告してください。聖痕を持つ聖女は存在しなかった、と」

「無理だ・・・」

 メトジェイは声を震わせてつぶやく。


「無理かどうかをあなたが今判断できる立場にはない。シャンツはカレンドと違って、聖女に関して聖痕は重視されていないようだ。聖痕がなくとも象徴として、強い術者を王家に迎え入れる土壌があるのだから、聖痕の有無はもはやおまけのようなもの。それとも、シャンツ国王に報告しますか。『聖痕を持った男もいた』と」

「・・・」


 メトジェイは、メイスをくるくるバトンのように回しているミハイルに目を遣った。

 ミハイルは意図的にメトジェイと目を合わせない。

 ミハイルのあおり方がひどい。


(でも)

 アルティミシアはルドヴィークに感謝した。

 メトジェイを罪には問えない。だがメトジェイも、手ぶらで国に帰ることになるのは事実。

 これまで通りの平穏な生活を望むのなら、聖痕のことは口に出すな、と。

 ルドヴィークはメトジェイに、ミハイルとアルティミシアのことを口止めしてくれたのだ。


 メトジェイが今まで通りの待遇で暮らすためには、シャンツ国王に絶対に『メトジェイが失敗した』と思わせてはならない。

 だから「聖女などいなかった」。ないものは持ち帰れない。それは失敗ではない。


 そしていないものを探す必要はない。ミハイルとアルティミシアが今後この件で狙われる可能性は低くなる。

 お前が黙っていれば全部丸く収まる。と、ルドヴィークはそう言ったのだ。


 ルドヴィークはちらりとシュテファン国王を見たが、頼む、とうなずかれて「はぁ」と小さく息をついた。ここの采配はルドヴィークに託されたらしい。


「国境で我が国の筆頭公爵家嫡男(ミハイル)が狙われた件に関しては、ベーム侯爵という自国の貴族が関わっていたというこちらの落ち度もある。ゆえに半年間シャンツとの取引全品目に関して関税を25%引き上げることでペナルティとし、これで手打ちとする。これが表向きだ。本当は民を巻き込みたくはないが、シャンツ国王は本件に関して王家の関与を全否定している。王家に賠償を負わせることは難しいだろう。納得はいかんと思うがミハイル、この辺を落としどころにしたい」


 ルドヴィークがミハイルに目を向けると、ミハイルは肩をすくめた。

「それは俺に聞くことじゃないですよ。賠償には興味もないし、ルドヴィーク様の采配に不満もありません」

 ルドヴィークは小さく笑ってまた顔をひきしめた。メトジェイに向き直る。


「で、あなたに術をかけられて、主犯として連れてこられたシャンツの貴族(生贄)と、逮捕されたシャンツ国籍の兵士たちは、丁重にお返しする。ペナルティはすでに(関税)で課すことが決まっている。『王家は関与していない』のだから、むやみに国民の数を減らすことがないよう願う」


 ルドヴィークは、シャンツの準備した『主犯(生贄)』は認めない、と明言した。

 だからといって本当は王家主導だったんだろう、と追及しないかわりに、短期間のペナルティ(関税率引き上げ)を王家ではなく国に課した。何も課さずに(逮捕者)を返せば、シャンツに阿っている、とこの件を知っている自国(カレンド)の国民に受け取られかねない。


 シャンツ王家も、メトジェイも、罪には問わない。問えない。

 でも国家間で事が起こっている以上、何もせずに終わっては自国民に示しがつかない。

 さじ加減が難しいところだが、アルティミシアは、シャンツ王家はペナルティを不服とはしない気がした。放火した火事はぼやに終わっている。今さら蒸し返したくはないはずだ。


「拘束はできないが、監視はつけさせてもらう。お連れしろ」

 ルドヴィークの命に、近衛騎士が動いた。メトジェイは抵抗することなく連行されていった。

 メトジェイが謁見の間を完全に退室したところで、ミハイルがメイスを手から消した。


「メトジェイの術の封じはそんなに長く保ちませんよ。もってあと4、5時間」

 ルドヴィークはわかっている、というように小さくうなずいた。

「強制送還するまでは、トイレ・バスルーム付きの、外鍵付きの優雅なお部屋で過ごしていただくさ。誰にも手を触れさせない。ソール」

「はい」


 呼ばれて、ソールはわずかに首をかしげた。なぜこのタイミングで俺を呼ぶ? と顔に書いてある。

「俺のくだした采配、明文化。あと公式文書としてシャンツに送り付けてくれ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・御意」

 間が長い。妹として、その間の兄の心の声がだだ洩れ聞こえすぎてつらい。

 何で俺が。他にいるだろう。ああでもこの一連を一から説明する方がめんどくさい。やっぱり俺か。

 表情が気持ちよく語っていたが、ルドヴィークは慣れているのか、返事を聞くと口角を上げてうん、とだけ言った。


 ソールは語学が堪能だ。読みも書きも話しも、主要5か国語を外交ができるレベルでマスターしている。公式文書も問題ないだろう。ルドヴィークは、もちろんそのことを知っている。

 むしろその能力をかわれてソールは学院時代にルドヴィークの私的組織にひきずりこまれたと、ディスピナから聞いている。

 ひきずりこまれる原因となった長姉(ダナ)結婚については、アルティミシアは知らされていない。


「ということで、代理権限はお返ししますよ、陛下」

 ルドヴィークは国王の返事を待たずに、言うだけ言ってソールを連れてドアの方へ歩き出した。

 事実上のお開き宣言だ。


 いいのか。国王を放置して。

 アルティミシアが不安になって国王をちら見すると、うっかり国王と目が合ってしまった。

「巻き込むことになってしまい、すまなかった。メルクーリも」

 ルドヴィークの言動に怒る様子もなく、国王はミハイルとアルティミシアを見て弱く笑んだ。


 ミハイルはもう一度メイスを出した。

「これも含め、詳しい話は別の機会に。メルクーリ家はルドヴィーク様を支援します」

 ミハイルは、国王の謝罪を受け取らなかった。必要ない、ということだろう。


 国王は目元を和らげた。

「そうか」

「では御前、失礼いたします」

「ああ」

 ミハイルが一礼したので、アルティミシアもそれに倣う。


 手を引かれて、ずっとつないだままだったことにまた気付いて、アルティミシアは顔が熱くなった。

「シア?」

 様子のおかしいアルティミシアに、ミハイルが顔をのぞきこもうとする。

「いえ、あの、手を」

「手? ああ」

 ミハイルは合点がいった、というように、手を恋人つなぎに変えた。

「!?」

 そうじゃない。そうじゃない。

 アルティミシアはいたたまれずに国王に視線を向けると、国王は生温い視線で見送っていた。

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