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45. 『王』の采配 ①

「そこまでだ」

 ルドヴィークの声が響いた。玉座の奥にある王族専用の出入口のドアからルドヴィークとソールが入ってくる。

 同時に、アルティミシアが入って来た側の扉も開いて、ミハイルとエレンが入って来た。


 エレンが近衛を蹴散らす間に、ミハイルがアルティミシアを隠すようにしてメトジェイとの間に立った。

「物欲しそうな目で見るな。アルティミシアは俺の婚約者だ」

 冷たい声が言い放つ。ミハイルの背中でメトジェイが視界に入らない。アルティミシアは詰めていた息を小さく吐き出した。自分の仕事は、果たせたようだ。


「ミハイル・メルクーリか。ああ、確かに王太子が狂うだけあるね」

 メトジェイの声が聞こえる。

「別に俺が狂わせたわけじゃない。あいつが勝手におかしくなっただけだ。だが一応あれでも王太子なんでね。回収はさせてもらう」

「あれを持ち帰る気はないよ。欲しいのは、聖女だけ」


 メトジェイがミハイルに触れようとするのが見えた。

バルボラが目を合わせることで術をかけるのなら、メトジェイは触れることで術をかけるのだろう。


ぱしっ


 軽い音が響く。

 アルティミシアがミハイルの後ろから少しずれて様子をうかがうと、メトジェイは弾かれた手をそのままに、目を見開いていた。

 ミハイルは防御魔法を使わなかった。単にミハイルの女神の加護が、術を弾いた。


「シャンツに行けば、俺も『聖女』か? 俺にもあるぞ、聖痕」

「!」

 メトジェイが絶句している。


 想定していた方向と、別方向に話が動き出している。アルティミシアはミハイルの背中を見つめた。

(仕方、ない)

 ミハイルはもともと聖痕のこともメイスのことも隠し通す予定だった。だが、シャンツの第二王子が術者だった以上、もう仕方がない。


「聖痕を見せてやってもいいが、この方が早いか」


しゅん


 ミハイルは左手にメイスを出した。

「!!」

 メトジェイからはもう言葉もない。


 ミハイルは、そのままメトジェイに封魔の魔法をかけた。

 メトジェイは手で触れて、術をかけることによって相手の意思を奪う。術には体内魔力を使う。このまま放置して、また誰かに術をかけられたら面倒だからだろう。


 封魔魔法は、前世では魔族が魔法を使うのは当たり前だったから、よほど魔力の弱い雑魚魔族にしか使えなかったが、その名の通り魔法を封じる魔法のことだ。

 イオエルは非効率だと言ってあまり使わなかったが、魔法がかかる瞬間淡い金色に光るのがきれいで、アトラスはひそかに好きだった魔法だ。

 メトジェイは自分にされたことがわかったのだろう、体がびくりと震え、顔がこわばっている。


「シア、おいで。俺から離れないで」

 ミハイルは固まるメトジェイを放置して、アルティミシアの手を引いて玉座に向かう。


 近衛はあっという間に全員エレンに倒されて、ルドヴィークの指示でルドヴィーク付きの近衛に運び出されていくのが視界の端に映った。

 エレンの仕事が早過ぎる。近衛、あんなにいたのに。エレン対策は無駄だったようだ。


 ミハイルは玉座に座す国王の前に立った。

「ルドヴィーク様」

 ミハイルがルドヴィークに呼びかけると、ルドヴィークはうなずいた。

「俺の命令だ。やれ」


 通常、日常生活の世話の範囲外で、許可を得た医療行為以外で王に直接何か施す、処置をすることは禁じられている。

 反意がなかったとしてもそれをした場合、反逆罪に問われることもある。

 だから、ルドヴィークに王の代理権限を用意するために、アルティミシアは謁見で時間を稼ぐのが任務だった。


 謁見で、王太子が同席することは事前にわかっていた。さすがに王太子までもがシャンツの第二王子に傀儡にされているという認識はその時なかったが、国王が王太子の傀儡としてアルティミシアを招集した時点で、謁見の際に王太子も同席するであろうことは予測されていた。


 王妃や側妃、まだ幼い側妃の子は離宮にいる。本宮には来ない。

 王族がいないその間に、メルクーリ公爵(マヌエル)が先頭に立ち、おそらく謁見に同席しなかった宰相と、他、王の異変に気付いた議会の貴族たちにより、法に基づく特例を可決させた。


 国王陛下その人が心神喪失に陥ったと定数以上の貴族が判断した場合、王に代わる権限の付与を、王族を含まない議会での三分の二以上の票決により他の王族に任命できる、という、特例措置。

 何代か前の国王が精神を病んで暴走した際に、誰も止めることができず国が滅びかねない事態となったことからできた、特例事項。


 今回はそれを使い、ルドヴィークが王の代理権限を得た。

 もともとマリクを王太子に据えることに危惧を抱く者は多かった。王妃の派閥の貴族ですら、マリクではさほど甘い汁を吸えないと、距離を置いていたのが大半だという。


 今回のシャンツとのニアミスがベーム侯爵主導であり、それにマリクがからんでいることを、知る者は知っている。

 そこに中立派だったメルクーリ公爵が動いたことで、さほどの根回しも必要なく、話はまとまり、あとは議決を待つばかり、という状態だというのを家族会議の晩、アルティミシアはマヌエルから聞いていた。


 ミハイルは国王に向き直ると、詠唱もなく術を解除した。

 ふんわりと遠くを見つめていた国王の瞳に、光が戻る。

「メルクーリ」

 国王が、力なく、目の前に立つミハイルにつぶやいた。


 術にかかっていた間の記憶はなくならないし、自然に解けたのではなく術を強制的に解除されれば、術によって「あいまい」にされる記憶の境目はなくなる。

 国王には、何が行われていたのかの記憶がはっきりしているはずだ。


「御前、失礼いたしました」

 ミハイルは、呆然とミハイルを見上げる国王に一言それだけを言うと、メイスを持ったまま、アルティミシアと手を繋いだまま、国王に一礼をして、王太子の方へ向かう。


「嘘だ」

 メトジェイの声が聞こえた。あの余裕のある笑みはとっくに失われている。 

 人を言いなりにできるという圧倒的な優越感があったのだろう。生まれてからずっと、そうやって人より優位に立ってきた。人を手足のように使ってきた分、それが使えないとなると、為す術がない。


 ミハイルは王太子の前に立った。

「念のため、シアはもう一歩後ろに下がってくれる? 逆ギレ防止ね?」

 ミハイルに言われた通りにアルティミシアが下がると、やはり詠唱もメイスを振る動作もなく術を解除した。


 ぼんやりと突っ立っていた王太子の顔が、みるみる怒りに赤く染まっていく。

「どうしてお前が! お前ばかりが!」

 どこから出るのかというくらいの大声で怒鳴られて、ミハイルはうんざりした顔をした。

「自然に解けるまでほっとけばよかった」

 と、小さく漏らした。


「捕縛して、貴族牢へ」

 ルドヴィークが短く命じると、ルドヴィーク付きの近衛騎士が近づいて容赦なく王太子を拘束した。

「何をする! ルドヴィーク! 貴様!」

 わめきたてる王太子に、ルドヴィークはソールを伴って歩み寄った。


「あまり認めたくはないが、俺は一応お前の叔父だ。呼び捨てはともかく、貴様呼びは聞き捨てならん。今まで行ってきた横暴もあわせて後悔させてやる。お前はたった今から国王を陥れた重罪人だ。覚悟しておくんだな・・・連れて行け」


 ルドヴィークの静かな怒りのこもる声は、低く響いた。冷えた目を向けられ、マリクは気圧されたようにぴたりと口を閉ざした。そのまま捕縛され、担がれるように運ばれていった。

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