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43. 謁見 ①

 3日後、アルティミシアは王宮にいた。


 本邸で、サリアいわく『武装』を整え、今王宮の控室で待機している。

 控室にはサリアとダリルがつくことを許されたが、謁見に際しては誰の帯同も許されていない。

 サリアの言う武装は、あくまでも国王陛下と対面するにあたり何一つ瑕疵のない服装、またふさわしい化粧。一人で立つための、武装だ。

 武器は仕込まなくとも身の内にある。使うつもりは今のところないが。


 サリアが真顔で「トップ3に入る出来です」と言ってくれたとおり、夜会の時とはまた違った落ち着いた印象に仕上がって、アルティミシアは勇気づけられた。

 今回は、相手は国王陛下だが、さすがに下手に刺激するのもよくないと、ミハイルの持つ色を強調するドレスは避けている。だがメルクーリ家の紋章の紫をなんとなくにおわせる、薄紫のシンプルながら、上質な布を多く使った上品なドレス。


 ミハイルに「だめだよこんなきれいにして行っちゃ」と泣きつかれたが、いずれメルクーリ家に嫁ぐ者として、侮られるようなことがあってはならない。これは武装なのだから。


 国王の招集を、もともとこちらが体調不良を理由に断り続けていたわけだが、それにしても「もう回復しました」と打診をしてすぐに、謁見の日時は示された。最速と言って間違いない。

 予定は入っていないのか。国王陛下は暇なのか。そう言いたくなるほどの対応だ。

 それだけ重要視されているのだとしたら、迷惑なことこの上ない。


 茶が出されたが、口はつけなかった。

 こん、こん、と落ち着いたノックが聞こえた。

 サリアがアルティミシアを見てうなずく。

「行ってらっしゃいませ」

 迎えの者がいるところで侍女が言葉をかわすことはできない。


 早口でささやかれた言葉に、アルティミシアは緊張を振り落とした。

「行ってきます」

 淑女の笑みを刷いて、対応のためにドアに向かうサリアの背を見つめた。



 礼をとり、最初に挨拶の口上を述べたところで、アルティミシアは淑女の笑みを崩さずに保つことがすでに難しくなっていた。

 いろいろ、おかしなことが起こっている。


 謁見の間に、近衛騎士が控えているのはわかる。

 だがなんだか数が多い。玉座とアルティミシアを大きく取り囲むように立ち並ぶ近衛騎士。謁見の間は広間だし天井も高いから圧迫感はないが、何を警戒してこの人数。

 襲撃を、メルクーリ家側を警戒して? エレン対策だろうか。


 大森林のミハイル襲撃でやたらと人数が多かったのも、エレン対策ではないかということだった。

 エレンは、裏界隈で「国内最強」として通っているらしい。


 それに近衛はごろごろいるのに、王に付き従うはずの宰相の姿はない。

 アルティミシアはデビュタントの時以外で個人の謁見をしたことはもちろんないが、デビュタントの時ですら宰相の姿は傍らにあった。でもここにはいない。


 挨拶の口上の後、許可を得て顔を上げたが、国王陛下は鷹揚と言われればそうなのかもしれないが、目の焦点が何となく合っていない気がする。やはりこれは術がかけられているからか。


 そして玉座に座る国王陛下の隣に、宰相の代わりだとでもいうのか、なぜか王太子が立っている。

 薄く笑っているが、王太子もどこかぼんやりとしているように見える。

 怖いを通り越してうすら寒い。


 あと、その隣に。

 華やかというより怜悧な雰囲気を持つ、ミハイルと方向性は違うが同じレベルで顔の整った、宝石のような紫の瞳が印象的な青年。さらさらとした長い淡い金の髪を後ろで緩くまとめて流している。

 国王の御前にあって彼をちゃんと観察することはできないが、向こうからの視線は痛いほどに感じる。

(この状況は、この方は、もしかして)

 アルティミシアは微笑みを繕いながら、自分の予想が間違っていることを願った。


「随分と療養していたようだが、体の方は、もう?」

 国王の語りかける口調は、以前デビュタントで声をかけられたままの穏やかなもの。

 アルティミシアは肯定を示す軽い礼をとった。

「はい。陛下の再三のお召しがありましたにも関わらず、長く失礼をいたしました。深くお詫びを申し上げます。今はもうこの通り、回復いたしました」


「そうか。それはよかった。どうか楽にしてほしい。あなたに来てもらったのは、早急に確認したいことがあったからだ。王家には聖痕を持つ聖女という伝承があって・・・」

 淀みなくさらさらと話し出した国王に、アルティミシアは驚きを表情に出さぬよう、淑女の笑みを何枚も何枚も顔に貼り付けた。


(こんな、王族以外の人間が何人もいる所で)

 『聖痕の聖女』の話は、直系王族だけが知る秘密ではなかったのか。人払いもなしか。

(落ち着いて)

 アルティミシアは笑みを深めた。動揺を見せるな、自身に言い聞かせる。


 国王からの話は、アルティミシアが聖女なのではないかという話があがっているのでその確認がしたいのだ、というところまできて、いったん止まった。

 確認、とは。聖痕を見せろと言っているのか。


「おそれながら、発言をお許しいただけますでしょうか」

「許す」

「聖女のお話については存じ上げませんでしたので、私にはわかりかねます。ですが聖痕の有無については心当たりがございます」


 と前置いて、続けても?と少し首をかしげるようにすると、王は小さくうなずいて先を促した。

「私はブラダ公爵夫人とご縁がありまして、『お衣装をあわせて』いただいたことがございます」

「ああ、『衣装合わせ』だな。知っている」


 マグダレーナの着せ替え遊びはやはり有名なようだ。その説明を求められなくて済んだことに、とりあえず安心する。

 マグダレーナには、謁見で名を出して使うことに対する了承をミハイルがとっている。近いうちに、再度アルティミシアが『衣装合わせ』に行くことで約束がついているらしい。


「その際に、ブラダ公爵夫人は直接『聖痕』という言葉はお使いになりませんでしたが、私の身にあるのが稀有な印ゆえ、いたずらに人には見せぬように、と、お言葉をいただいたことがございます。今考えますと、それが陛下のおっしゃる聖痕ではないかと推測いたしますが、いかがでしょうか」

「やはりか。では」

「ただ」


 言いさした国王を、この際不敬でもかまわない、どうせ傀儡だ、とアルティミシアは言葉を割り込ませた。

 さすがにじゃあこの場で見せろとは言わないだろうが、その流れがきたらさすがに困る。それに何より、アルティミシアにはこの謁見でするべき任務があった。


「ただ?」

 国王は勝手に発言したことを不敬だと怒りはしなかった。穏やかと言えばそうなのかもしれないが、どこか感情が希薄な印象はぬぐえない。


「陛下。私は陛下がおっしゃるような『奇跡の力』は持ち合わせておりません。私が聖女かもしれないというお話は、いったいどこから」

「そんなことは知る必要がない」

 さらに割り込んだのは王太子(マリク)だった。


 王太子が話に割って入っても、国王はぴくりとも反応しなかった。

 驚くでもなく、王太子の言動を諫めるでもなく、会話を停止して待機しているような、妙な表情だ。

 そして王太子の表情もどこかおかしい。薄笑いのまま、表情が変わらない。

 デビュタントの時に会った王太子がしていた昏い笑いとは違って、感情が伴っていない。

 これは、やっぱり。


「必要なのは、お前が聖女であるかどうか確かめることだ」

 言われて、アルティミシアはフル回転していた思考を停止した。

 お前呼びされたことも衝撃だが、今はそれどころではない。


(確かめる?)

 王家の伝承からすれば、聖女であるかどうかは、聖痕があるかどうか。

 それを確かめる? 今? ここで?

 アルティミシアは這い上がる体の震えを全力で止めた。意識して笑みを作る。


「ここでご確認いただくわけにはまいりません。その印はすぐにご確認いただける場所にはございません。どうしてもご確認を、とおっしゃるのであれば、それを聖痕と確認できる女性をお召しいただき、別室にてお願い」

「黙れ。お前の希望に答える必要などない。聖痕があるならお前は聖女だ。聖女であるならお前は俺の妃になる。それだけだ」


 アルティミシアの言葉は、王太子の棒読みのような声で遮られた。

 熱のない表情、熱のない平坦な声。

 これはもう謁見ではなかった。王太子が、国王をそっちのけで暴言を吐いている。

 こんなにいる近衛は、誰もぴくりとも動かない。

 アルティミシアは、これに似た状況を知っている。


 発言の許可など、もうもらうつもりはない。アルティミシアは口を開いた。

(引き延ばさなければ)

「聖女が何であるかは存じませんが、私には婚約誓約書を交わした婚約者が」

「婚約誓約書などない」

 王太子がかぶせるように否定した。


「いいえ確かに」

「ないものはない。嘘だと思うなら王宮のどこにでも立ち入る許可をやるから探してみるがいい。どこにもそんなものは存在しない」

 まるで準備していたかのように流れる言葉に、アルティミシアは血の気が引いた。


 『ない』ことに、自信を持っている。それは、ないことを知っているからだ。

 隠滅したのか?

 王族が。国王の署名が入った公的文書を?

 ミハイルが、アルティミシアを守るために駆け回って作ってくれた書類。約束の証。

 指の先が冷たい。このうずまく感情が怒りなのか哀しみなのか、わからない。


「今必要なのは、お前が本当に聖女かどうかを俺が知ることだ」

 王太子が玉座のある段を一段下りた。

 それを止めることもなくぼんやりと見つめる国王。

 動かない近衛。あの時と同じ。デビュタントの時の、人形のような侍女たち。


 国王だけではない。ここにいる人間は、みんな術にかかった傀儡だ。

 息がうまくできない。

(ミハイル)

 この間、2秒か3秒か。でもアルティミシアにはひどく長く感じられた。


 王太子が短い段を降りきったところで、涼やかな声が制止した。

「止まれ」

 あの紫の瞳の青年だった。

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