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42. 家族会議 (メルクーリ家) ③

「ディスピナがアルティミシアのことを娘のように思っていることはよくわかった。私にとってもそうだ。娘を守るための会議を開こう。本題だ」

 マヌエルの一声で、場がぴしりと引き締まる。


「ミハイルから聞いていると思うが、陛下から、アルティミシアに召集がかかっている」

 アルティミシアは言葉を挟まずに小さくうなずきだけを返した。

「表向き、アルティミシアはパヴェル領に行ったことにはなっていない。そのあたりはパヴェル家ともルドヴィーク様サイドにも了承を得ている。アルティミシアは学院の長期休暇に入ってすぐ体調を崩し、長く臥せっている、ということになっている。静養が一番の薬ゆえ、見舞いなどは人も物も不要、と最初に釘を刺しているから妙な人も物も届いてはいない」


 ありがたい話だ。人を送られても物を贈られても対応に困っただろう。本人が不在だったのだから。

「だがさすがにそろそろ癇癪をおこす頃合いだろう、謁見を、今から2日後以降で陛下に打診をしようと考えているが、アルティミシア、かまわないかい?」


 マヌエルの言葉には、違和感があった。

「マヌエル様。ご対応ありがとうございます。謁見については承知いたしました。準備を整えておきます。あの、癇癪というのは、陛下ではなく、王太子殿下(マリク)、のことですよね? だとしたら招集をかけたのは、今王宮は、あとミハイルの襲撃に関する進捗は、どうなって」


 国王陛下は穏やかで物静かな人物だという。癇癪をおこすなど考えられない。

 だが国王陛下の招集なのだ。癇癪をおこすとしたら王太子だが、なぜ国王の招集に王太子が癇癪をおこすのか。

 それに、王太子が現在拘束されていないということは、ミハイルの襲撃事件に関わっている人物とは現時点みなされていない、ということではないのか。


 アルティミシアの問いに、マヌエルは笑った。

「優秀な娘ができて誇らしいよ。順を追って話そう」


「まず、王太子殿下の手持ち、バルボラのことはミハイルから聞いているかい?」

 マヌエルの問いに、アルティミシアはうなずいた。

「はい」

「彼女の能力も?」

「はい」

 マヌエルは口角を上げた。


「じゃあ話は早い。ミハイルが襲撃を受けた後、王太子殿下はバルボラを陛下の侍女として付けた。アルティミシアが『聖女』だということを陛下の耳に入れ、王太子殿下は自分が聖女と婚姻を結べば国益になると訴えた」


 いくら王族でも、婚約誓約書をすでにかわしている令嬢を(きさき)にすることはできない。だから、王太子は相手のミハイルを消そうとした。アルティミシアは、聖女などではないのに。

 苦い思いで話を聞く。


「一応ミハイルは、襲撃事件後意識不明の重体ということで情報は流していたんだよ。時間稼ぎのためにね。野営訓練を中止して1日でとんぼ返りしてきた騎士科の学生たちがいい仕事をしてくれたよ。彼らにとっては襲撃されたことも、ミハイルだけが一緒に帰ってきていないことも本当だからね。信憑性はあった」

「今は」

 アルティミシアの問いに、マヌエルは小さく首を振った。


「『ミハイルは意識を取り戻して、移動ができるまでに快復した』んだ。騎乗した騎士隊に囲まれた、王都を通るメルクーリ家の紋なし馬車が目撃されている。それに乗ってミハイルはなんとか帰宅した」

 という筋書きになっている、ということだろう。

 つまりミハイルは死ななかった、ともう王太子が認識しているということだ。

 迎えの馬車が来ていたのは、体調を崩して臥せっているはずのアルティミシアを隠すためと、ミハイルが全快ではないものの帰還したと周りに思わせるためだった。


「陛下がアルティミシアを招集したのは、ミハイルがまだ『意識不明』の時だ。ミハイルがこの後もし目を覚ましたとしても、何らかの障害が残るだろうとか何とか言って、君を言いくるめて婚約誓約書を取り下げさせるつもりだったのかもしれないね。婚約誓約書が効力をなくす要件に、死亡や行方不明がよく挙げられるが、要するに『心身の喪失』が認められた時、というのが正しい。明らかに精神を病んだり、実務がこなせない状況が認められ、相手が婚約解消を申し出た場合には、王家の承認を以て婚約誓約書を取り下げることができる。通常であれば、陛下が招集してまでアルティミシアに婚約解消を迫るなどあり得ないが、何せ今、陛下はバルボラの人形だ。正常な判断は望めない」


「!」

 国王陛下が、バルボラの術に。つまりは王太子の傀儡に。

 王太子は、そこまで。そこまで堕ちたか。

 アルティミシアはデビュタントの時に会った、王太子のあの昏い瞳を思い出していた。


「バルボラ・・・さんの、能力は一時的なものだと聞いています。シャンツ(隣国)に伝わる『幻術』というものがどういうものなのかは存じませんが、聖武具(媒介)なしに行うのであればなおさら、体内魔力の消費は激しいはずです。ずっと術を持続させることは難しいでしょう。術がとけて我に返った時、術をかけられた側の、術がかかっている間の記憶ってどうなるんでしょうか」


 エレンが小さく手を挙げて俺が、と申し出た。

「記憶がまったくないわけではないみたいだよ。それだとさすがに本人もおかしいと気付くからね。そういうことを自分がした、っていう記憶はなんとなくあいまいにある。でもそれは『やらされた』という感覚ではなくて、どうしてかわからないが自分の意思でやった、みたいなあいまいさだ。齟齬をついて問い詰めると錯乱する」


 問い詰めたことがあるような物言いだ。ここは掘り下げない方がいいとアルティミシアは判断した。

「ではミハイルが存命であるとわかっている今でも私を招集をする意図は」

 アルティミシアがミハイルと婚約解消する大義名分がないのに、国王陛下に術をかけてリスクを負い続けるのはなぜなのか。


「たぶんだけど」

 ミハイルは少し目を伏せた。これはあまり言いたくないことを言う時の仕草だ。

「シアを、保護を名目に幽閉するつもりなんじゃないかな」

「・・・保護?」

 誰から。

 アルティミシアが目で問うと、ミハイルは今度ははっきり言いたくなさそうに苦い顔をした。


「『聖女』の存在がシャンツにばれた。シアはシャンツにも狙われてる可能性が高い」

 心底嫌そうな顔をするミハイル。

「シャンツが、初代聖女(ベラの転生者)のいた国だからですか」

「そういうことだろうね。国としてはまあ血の気が多い方だけど、国民はカレンド(うち)より女神への信仰が厚い。シャンツはその加護を得た『聖女』を、国民の心を掌握する道具として欲しくてたまらないだろうね」


 どうして、こんなことに。話の規模がだんだん大きくなっている気がする。

 アルティミシアは天を仰いだ。

 大きなことは望んでいない。ただ二人で穏やかに暮らしたいだけなのに。

 ミハイルはそんなアルティミシアを見て、少し目を伏せた。


「バルボラをマリクに与えたのはパヴェル領の内側に位置するベーム領主、ベーム侯爵。ベーム侯爵はシャンツとつながってる。今回の舞台をパヴェル領に変更するようマリクに入れ知恵したのもベーム侯爵だ。たぶんそこからシアの存在が情報としてシャンツに流れたんだと思う。ベーム侯爵は今回の件で今拘束されているけど、マリクとのつながりを自供してはいないし、マリクもベーム侯爵との関わりを否定している」


 だから、王太子はまだ捕らえられていない。まだ公には、ミハイル襲撃に王太子が関わったことにはなっていない。王太子は加害者ではないのだ。

 ただ捕まったところで、王太子を唯一処せる国王陛下が王太子の傀儡であれば、もう誰も王太子をどうにかすることなどできない。


「国家間交渉にあたって、シャンツは『今回のことはベーム侯爵とつながったシャンツの1貴族が起こしたものであり、国としては一切関与しておらず、戦を起こす意図もない』と言い切った。シャンツはその『1貴族(生贄)』もベーム侯爵も切り捨てた。ついでに、逮捕されてる兵士たちも。53人中半数ほどはカレンドの雇われ者だったようだから、30人弱ほどのシャンツの兵士が今宙ぶらりんになってる。言ってみれば命じられて暴動を起こしただけの下っ端の兵士を、カレンドとしても全員処刑するわけにもいかないし、シャンツに強制送還したところで処分されるだけだろう」


 つまり、とかげの尻尾斬りだ。あわよくばこちら(カレンド)の瑕疵で戦争を起こせるはずだったが、計画が失敗した(火種がなくなった)から、もみ消した。


 マヌエルが話の先を引き継いだ。

「ベーム侯爵とつながっていたという『1貴族』(生贄)を手土産に、今シャンツの第二王子がカレンド(王宮)に訪れている。シャンツに反意なしと示す名目でね。『1貴族』とベーム公爵の処遇についてや、シャンツの兵士の引き取り交渉やら何やらでぐだぐだと滞在を引き延ばしにしているようだが、おそらくアルティミシアを探しているのが本命だろう」


 アルティミシアは目を見開いた。

「そこに召集とか、どういうことですか。差し出したいんですか、私を」

「っ」

 詰まるマヌエルに、ミハイルがすぐフォローに入った。


「まあそうなるよね。父上も、あなたの思惑ではないのですからダメージをくらわないでください」

「も、申し訳ありませんマヌエル様。マヌエル様に言ったわけでは」

 焦るアルティミシアに、マヌエルが苦笑した。


「いやわかっているよ。でもそういうことなんだよ。シャンツに差し出したいわけじゃないが、王太子殿下は何としてもアルティミシアを囲い込んで所有権を主張したいんだ。所詮公爵家の嫡男の婚約者など、隣国の第二王子からするといくらでも手の出しようがあるからね。まるでもののような扱いに気を悪くしないでほしいというのはこちらのわがままだが」


 アルティミシアは力なく笑って首を横に振った。

 もののように扱っているのは王太子で、隣国の第二王子で、マヌエルでもミハイルでもない。

「アルティミシア様の謁見に際し、帯同は許されておりませんが、王宮内にはマヌエル様とミハイル様が、また私とエレンがすぐにお助けできる場所にて控えておりますので」

 普段まったくと言っていいほど口を出さないルドルフが声をかけた。あまり表情に感情を出すことのないルドルフに、気遣いが感じられる。


 ひどい顔を、していただろうか。アルティミシアは気持ち顔を上げて、ルドルフに微笑んでみせた。

 戦うと決めた。守ってもらってばかりでは駄目だ。

 謁見するのは自分。せめて、自分が弱みとならないように。足元をすくわれないように。

 アルティミシアは目を閉じて、深呼吸すると目を開いた。



「ストラトス家の人間が狙われる可能性があります」

 瞳に強い光を宿して話し始めたアルティミシアに、マヌエルが笑んでうなずいた。

「うん、そう思って、パヴェル領に向かわせるかわりに騎士隊の一部をストラトス家とシルフィーヌ殿のコサシュ家に送っている。ダナ殿はルドヴィーク様の派閥の侯爵家の連なりだから、護衛は不要と返答があった」


 もう、手を打ってくれていた。気遣いに泣きたくなる。

 『娘』を守ると言ってくれたが、もうその家族まで、守ってくれている。

「動きはあったのでしょうか」

「多少ね。姉君(シルフィーヌ)の家は今のところ何もないようだが、ストラトス家とストラトス領で少々ごたごたがあったらしい。問題なく処理済みだ」


 マヌエルの言葉にほっとする。2番目の姉シルフィーヌはストラトス領内の、領地持ちではない貴族に嫁いでいる。何もなければないに越したことはない。

「ありがとうございます。姉家族が無事で、父が正常なら問題ありません」

「正常?」

 マヌエルが片眉を上げる。アルティミシアはうなずいた。


「父の専門は農業ですが、派生して獣除けのトラップなども開発しています。父は現在のストラトス家で一番ストラトスらしい研究者です」

「つまり?」

 ミハイルが微妙な顔をしている。なんとなくこの先の話を想像できたのかもしれない。


「研究に対する純粋な興味を前に、倫理観が勝てないのです。うっかり人間に対するトラップや戦闘に興味を持ってしまったら、防犯対策と称して、人として考えられないような罠や武器を作り出す危険性があります。その父のストッパーになっているのが母です。あの2人が拉致されるなどということがあったら、私が拉致されるよりよほど大きな損失に、いえ脅威になりかねません」


「いやシアを拉致も幽閉も絶対させないからね」

 反射的に言うミハイルをよそに、マヌエルが手であごをさする仕草で考え込んでいる。

「奥深いな・・・ストラトス家」

「マヌエル」

 ディスピナがマヌエルの思考を制止した。ここも妻がストッパーだった。

「あ、ああ。もちろん信頼して話してくれた『娘』を困らせるようなことは絶対にしないと約束しよう。ご両親の安全は、引き続き保証する」


 娘、と言ってくれることがとても嬉しい。アルティミシアは笑みをこぼした。

「ありがとうございます。では、メルクーリ家のとる方針をお聞かせください。謁見で、私は私の為すべきことをします」

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