41. 家族会議 (メルクーリ家) ②
家族会議は、夕食の後、広い応接室で開かれた。
この会議のためにミハイルは別邸に帰れなかったのではないかと心配していたが、もともと当面本邸に滞在することになっていたらしい。マヌエルとの連絡がつきやすいためだろう。
本邸にも当然ミハイルの部屋はある。滞在するには何の問題もない。
そばにいてもらえる方が、アルティミシアとしては嬉しい。
向かい合うソファ、アルティミシアの隣にミハイル、その隣にエレン。向かいのソファにはディスピナ、その隣にマヌエル、その隣にルドルフが座っている。
多忙なマヌエルに付き従うルドルフとは、面識はあってもそれほど会話をした記憶はない。エレンの父というが、気さくなエレンとはまた違って、物静かな印象がある。
サリアが茶が淹れると、一礼して部屋を出て行った。
ドアの外には、おそらくダリルが控えている。
「話し合いをするその前に、アルティミシア」
「はい」
マヌエルに呼びかけられ、アルティミシアは返事をした。少し緊張する。
ディスピナはアルティミシアのことをさん付けで呼ぶが、マヌエルは「呼んでもいいかい?」と、本邸に住んでわりと最初の方からこの呼び方になっている。最も、あまり会うことも会話することもないため、名前を呼ばれる機会もそれほどないのだが。
「息子のためにパヴェル領まで駆けつけてくれてありがとう。あと、無事で本当によかった」
アルティミシアは実際は何もしなかった。ミハイルはちゃんと事前に情報をつかんで対策をたてていたし、襲撃者の頭数を減らしたのはダリルだ。
「お心遣いありがとうございます。あまりお役に立てませんでしたが、付いてきてくださったダリルさんのおかげで収束を早めることができました」
「シアが来てくれたおかげで俺の士気が上がったよ」
「間違いない」
控えめに応じたアルティミシアを、ミハイルとエレンがフォローしてくれる。
「役に立つ立たないではなく、普通はご令嬢が自ら野宿してまで移動はしないからね? 私はその心意気に感謝してるんだよ」
子供たちの仲が良さそうな様子に、マヌエルはにこにことうなずく。
こうしていれば本当に公爵様かと思うが、王宮では『動かぬ獅子』で通っているらしい。
今は中立を保っているが、動き出せば誰からも恐れられる存在。
ディスピナを妻に迎えるために行ったその時の所業は、いまだに語り草になっているという。
「野宿は慣れ・・・いえ、抵抗があまりありませんでしたので」
言い直したが、遅かったようだ。ミハイルとエレンが隣で笑いを殺している。
言い直したところで、貴族の令嬢が野宿に抵抗がないというのもまずかったか。
マヌエルが困ったような笑いたいような、何ともいえない表情をした。
「その、ディスピナに聞いたんだが、アルティミシア。君は本当に・・・」
マヌエルは言い淀んだ。
それは、これからする聖女関連の話の大前提だ。もとより説明は必要だと思っていたので、アルティミシアはうなずいた。
「はい。ちょっと長いので、立ちますね?」
アルティミシアは立ってソファの脇に移動した。
聖剣は右手から出るから、当てないし当たらないがミハイルに近くなるのを避けた。
しゅん、と静かな音を立てて聖剣を出す。
幅広で分厚い、淡い光に包まれた長剣。小さくできることもわかっているが、ここではオリジナルを出した方がいいだろう、と思って原型を出した。
「っ」
マヌエルとルドルフが絶句する。聞いてはいても、実際に見るとやはり驚くのだろう。
「ちょうどいいから、俺からも報告しておきます」
ミハイルは言って、座ったまま左手にメイスをしゅん、と出した。
「えっ」
ディスピナが珍しく声を上げた。マヌエルとルドルフも凝視している。
「ミハイル」
アルティミシアはミハイルを見た。
アルティミシアは、パヴェル領行きに際してディスピナを説得するのにこれが一番早いと思って聖剣を出した。あの時は急を要していた。
だが、ミハイルは家族に言わずにおくこともできたはずだ。
もし言って、家族に受け入れられなかったら。そんなことはないだろうと思いながらも、アルティミシアは両親にまだ伝える決心がついていない。
また、自分の軽率な行動のせいでミハイルにこの選択をさせてしまったのだろうか。
ミハイルは、そんなアルティミシアの思いを見透かしたように微笑んだ。
「そんな顔しないでシア。今のところ陛下にこのことを知らせるつもりはないよ。でも一緒に戦う家族は知ってていいと俺は判断した。この後説明がされると思うけど、今王宮はわりとめんどくさいことになってる。使えるかもしれないカードは、共有しておいた方がいいと思う。なので父上、母上、ルドルフ。俺から説明します」
ミハイルは、祝福に関することだけを省いて、王家に伝わる聖女の伝承、それが誤りだということ、誤りだとわかるのは自分たちが聖痕を受けた勇者一行の転生者だからだという話をした。
簡潔ではあったが、それは普通に考えて突拍子もない、そして内容の濃い話。
向かいに座る面々の、さすが顔には出していないが、「お腹いっぱい」感をひしひしと感じる。
「ミハイル」
ディスピナが硬い表情のまま、ミハイルに声をかけた。
「はい」
「あなた、このことを知った上で、あの時アルティミシアさんと婚約できないなら廃嫡してくれって」
「母上!」
ミハイルが腹の底から出したような大声で遮ったが、アルティミシアには聞こえてしまった。
あの時、とは婚約誓約書の署名の時のこと、か。
確かにあの時は、よく公爵家が署名を許したものだと思ったが。まさか、廃嫡までにおわせていたとは。
耳まで真っ赤なミハイルの横顔をちらりと見てしまうと、アルティミシアも伝染したように顔が熱くなった。
「あの。ディスピナ様。あの時はミハイルにもやむにやまれぬ事情がありまして、致し方なく」
「仕方なくではないよ」
赤い顔のまま、ミハイルが即答で否定する。
どうしてフォローしようとしている本人に否定されているのだ。アルティミシアは困ってミハイルを見たが、ミハイルはこちらを見ようとしない。
ミハイルが、あの時マリクに下手にちょっかいを出させないために、アルティミシアとの婚約を誓約書を用いて強行しようとしたことを、アルティミシアはもう聞いて知っている。
詳しい事情を話せない以上、ここは「仕方がなかった」でよくはないのか。
「仕方なくないのであれば、いいのです」
あっけなく場を納めたのは、ディスピナだった。
「何か事情があってのことだったのだろうとは想像がつきます。ですが、それだけではないのなら、詳しく聞き出すつもりはありません」
アルティミシアはディスピナの言葉をかみ砕いた。つまり。
何かの「事情」で二人が「仕方なく」婚約しているのではなく、現時点でちゃんと想い合って、互いにその事情もわかった上でここにいるのなら、かまわない、と。
ディスピナはミハイルではなく、アルティミシアのことを心配してくれたのだ。
わかって、アルティミシアは顔を綻ばせた。
「お気遣いありがとうございます、ディスピナ様。大丈夫です。ミハイルが私を守ろうとしてくださってのことだと、今は理解しています」
ディスピナは少しまぶしげに目を細めた。
「ならいいのです」
ミハイルは両手で顔を覆った。
「よくない・・・。全然よくないよ。そこ持ち出さなくとも確認できましたよね? 母上」
廃嫡されなくてよかった、としかアルティミシアの感想はないが、ミハイルは知られたくなかったことのようだ。
気にすることはないのに。
羞恥でなかなかのダメージを負ったミハイルは、少しの間復帰することができなかった。