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4. 混濁

 アルティミシアは目を覚ました。

 薄闇に目が慣れても、そこは自分の知っている景色ではなかった。

 なぜか天蓋付きのベッドに寝かされているが、この部屋がどこなのか、アルティミシアには見当もつかない。


 夢を見ていた。夢と言うには、あまりにも鮮明な。

(夢じゃない)

 アルティミシアは混乱していた。アルティミシアの自我に、アトラスの自我が入り込んでいるような、妙な違和感がある。

 どうしてここに、自分は。


 そういえば、倒れた。魔王を倒して、自分も倒れた。いや違う。その後女神と話したのは自分(アルティミシア)ではない。アトラスだ。

 でも倒れたのは確か。黒髪の青年に連れてこられ、金髪碧眼の・・


 かちゃり、とわずかな音がして、広い部屋の端、扉が開いて光が漏れる。

 アルティミシアはわずかにそちらに頭を向けた。

 扉はすぐに閉まって、薄暗い部屋に戻る。

 入ってきたのは少し年配の女性のようだ。近づいてくるシルエットは簡素なワンピース。侍女、だろうか。


 サイドテーブルの水差しの交換に来ていたようで、持っていた水差しと置いてあった水差しを取り替えている。

 明るい場所からこの部屋に入って来たせいで、視界があまりよくないのだろう、アルティミシアの目が開いていることに気付いていないようだった。


「あの・・」

 アルティミシアが声をかけると、女性の肩がわかりやすくびくんと跳ねた。

 アルティミシアと女性の目が合った。

「申し訳ありません、驚かせるつもりでは・・」

 アルティミシアが言い終わらないうちに、

「ちょちょちょっとそのままでお待ちくださいミハイル様! ミハイル様ー!」

 女性は叫びながら部屋を出て行った。


 あっけにとられて扉を見つめていたら、突然すごい勢いでばん! と扉が全開になって少年が入って来た。

「ミハイル様! 淑女の部屋ですよ! ノック! ノック!」

 先ほどの女性の声が開いたままの扉の向こうから聞こえてくる。

「遅いよ。もう開けちゃったし。・・・でもすまない。驚かせてしまった」

 アルティミシアの横たわるベッドに早足で近づく少年には、見覚えがあった。


 アルティミシアの中で、混乱が起こる。

(若返ってる)

 いや違う。彼は黒髪の青年に連れてこられた屋敷で引き合わされた少年。

 初対面のはずだ。

(でも)

 知っている。彼が、誰なのかを。


「気分は? ここで倒れたこと、覚えている?」

 少年はベッド脇の椅子にするりと座った。そんな何気ない動作さえ、優雅に。

 イオエルはどこでも地べたでも、どすんと座って服が汚れることも気にしない男だった。

 だから、イオエルとこの少年は違う。

 いや、違うのに、違わない。


「大丈夫か?」

 少年がまた立ち上がって、固まってしまったアルティミシアの顔を気遣うようにのぞき込む。

 合いそうになる目を、アルティミシアは目を伏せることでそらした。

 今目を合わせてはいけない。直感的にそう思った。

「だい・・・じょうぶです。覚えています、倒れたこと」


 めまぐるしい速さで交錯する思考と戦いながら、アルティミシアは何とか答えた。

 気分はいいかと聞かれるといいはずはなかったが、これは体調の問題ではなく、精神的な問題だ。

 ここで倒れた、と少年は言っていた。つまり自分はまだあの屋敷から外に出ていない、ということだ。


「あれから10時間近く経っている」

「じゅうっ・・・?」

 反射的に起き上がろうとして、視界がぐるんとまわるようなひどいめまいに襲われる。目を閉じてもぐるぐる回る感覚がして、たまらず再び枕にぼすんと頭を沈めた。

「駄目だ。もう少し休んだ方がいい。今は夜明け前の早朝だ。あと少し眠って、食べられそうなら朝食を摂ってから、考えよう。俺はミハイル・メルクーリ。メルクーリ公爵家の長男だ。君の安全は保証する。夕方から君の消息が途絶えて、ご家族が心配されていることだろう。もし信用してもらえるなら、君の名前と、ご家族への連絡先を教えてほしい」


(イオエルがまともなことを言ってる)

 そういえば、見た目と外面(そとづら)だけはやけにいいくそ坊主だった。

(違う)

 この方はメルクーリ公爵のご嫡男。

 イオエルではない。そして。

(俺は。・・・私は)

 アルティミシアだ。アトラスではない。


 細く息を吸って、静かに吐いた。

(落ち着け、私)

 言い聞かせる。

 ソールはきっと、心配している。宿屋の部屋は違っていたが、夕食を共にしようと話していたのに、先に帰ったはずの妹が帰ってきていないとなると、慌てているはずだ。

 もう、夜明け近いらしいが・・。パニック状態になっていないといいと思う。

 3人の妹たちをめろめろにかわいがるいい兄なのだ。


 アルティミシアは顔を上げた。ミハイルを見つめる。

「私はストラトス家三女、アルティミシアと申します。保護いただきましたこと、感謝申し上げます。『宵の明星亭』という王都にある宿屋に兄と宿泊しています。もしご厚意に甘えさせていただけるのならば、兄に私の無事を知らせていただけますか? 兄の名はソールです。もちろん、夜が明けてからでかまいません」

「わかった。宵の明星亭なら知っている。すぐに知らせをやる。だから、君はもう少し休むといい」

 ミハイルは柔らかく微笑んだ。


 アルティミシアは、なじみのあるその笑顔に安堵した。

『大丈夫だ。何とかなる』

 そう言って、イオエルはよくそういう笑みを見せてくれた。

(違う、イオエルじゃない)

 この人は・・・。


 まるで意識が何かに吸い込まれていくように、アルティミシアは急激な眠気に襲われた。

 安心してしまったからなのか、頭がパンク寸前だからなのかはわからない。

 体が休息を求めていることは確かだった。

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