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39. しんみり終わりたくなかったんだよ

 夜もそろそろ遅い時間だ。

 アルティミシアはまだ今日目が覚めたばかりだ。

 体を休めた方がいいだろう。「そろそろ」とミハイルが立ち上がりかけたその時に、アルティミシアから声がかかった。


「ミハイル。兄の命を助けてくださり、ありがとうございます。本当なら、あの時兄は亡くなっていたはずです。強い毒だったと聞いています」

 ずっと、言うタイミングをはかっていたのかもしれない。そういうそぶりは、何回かあった。


「俺、解毒とか解呪が得意なんだよ」

 本当はイオエルが、だが、ミハイルはあえてそう言った。あまり重くとらえてほしくはない。

 アルティミシアが悲しむから、とかそういうことは、あの時考えていなかった。

 やらない選択肢がただなかっただけ。


 今回マリクの画策に気付いてルドヴィークに協力を仰ぎに行った時、ソールは積極的に、渋るルドヴィークを粘り強く説得してくれた。

 ソールからしたらひいては妹を守るためだったのかもしれないが、ソールはミハイルにとって、もう義兄(あに)だった。


「矛盾しているのだと、わかっています。ミハイルのおかげで兄は助かりました。でも、ミハイル。やっぱりミハイルにも無理はしないでほしいです。体内魔力を大量消費することの危うさを、私も身をもって知っています。ごめんなさい。勝手な言い分だとわかっています。でもミハイルも兄も大切で」


 うつむきがちに話すアルティミシアに、「そうだな勝手だな」などと思うわけがない。

 ミハイルは微笑んで、アルティミシアの額に人差し指を置いて優しく上に押し上げた。

 目の前に、顔を上向かされたことに目を丸くしたアルティミシアの顔がある。


「もうやらない、とは約束できない。けど、気を付けるよ」

 命がけで守らなければならない時は来るかもしれない。その時は躊躇しない。でも、そうしたらその先も生きるアルティミシアを守ることができなくなってしまう。かなうことなら、見届けたい。

「じゃあ私も、ミハイルにそんなことをさせないように気をつけます。私も、ミハイルを守りたいです」

 一方通行ではないのだと実感する。


 アルティミシアの言葉に少しじわりときて、ごまかしたくて別の話題を口にした。

「まさか聖痕がある(聖武具が使える)とは思ってなかったからね。使えないなら諦めるけど、使えるからにはどうしても選択肢の一つにはなってしまうよね。シアのはどこにあるの?」

 アルティミシアはんー、と目線を上にあげて思い出すように少し考えた。


「まだ確かめてはいないんですけど、あの時背中のリボンは全部解かれた状態だったので、たぶん背中の下の・・・」

「あ、いいよ」

 ミハイルはアルティミシアの言葉をさえぎった。


 本当に脱がされようとしていたのだと、ミハイルの中で怒りがふつふつと再燃する。

 その部屋には女性しかいなかったとは聞いているが、それでも腹が立ってしまう。

 あのどぐされ王子が。


 ミハイルはにっこりときれいな笑みを作った。黒い感情は一切見せずに。

「今はいいよ。初夜の時に、確かめあいっこしよう」

「しょ・・・っ!?」

 瞬時に湯気が出そうなほど真っ赤になったアルティミシアはいっぱいいっぱいで、ミハイルの内心の怒りには気付いていないようだった。


「アウト。撤収。ダリル、お嬢さんを回収、部屋に送還。帰るぞミハイル」

 いつもならばん、と扉を乱暴に開けるところを一応パヴェル邸だからか、静かにドアを開けて入って来たエレンは、早足でミハイルに近付いた。


「はい~」

 ダリルが部屋に入って来た。真っ赤な顔のまま少し涙目になっているアルティミシアに目線を合わせるように片膝をついて、いつもの朗らかな笑顔で「帰りましょう~。姫抱っこします~?」と聞いている。


 ちょっと待てと言いたかったが、アルティミシアが「歩けます」とか細い声で返事をしていたので聞き流した。

 おやすみなさい、という小さなアルティミシアの声に、笑んでおやすみ、と返したところでエレンにぽかりと雑に頭を殴られた。地味に痛い。


「お前は~。オンとオフの振り幅が大きすぎるんだよ」

 エレンは呆れ顔でミハイルを見た。

「さすがにあれはだめか」

 ミハイルは頭を押さえて苦笑する。もうアルティミシアは部屋から出ている。


「だめすぎるだろ。ひいたわ」

 エレンはふるりと身を震わせた。そんなにか。

 でも自分の聖痕がどこにあるのかは、まだアルティミシアに言っていなかったのに。



 聖痕がどこにあるのか気になったミハイルは、王都にいる時に全裸になってエレンに隈なく調べてもらった。ミハイルにも苦行だったが、エレンにはもっと苦行だったらしい。

 股間だった。正しくは内ももの付け根の奥。どう頑張っても自分では見えないはずだ。

 手の甲にあったものがどういう経緯でそんな所に移動するのか、女神に膝を突き合わせて問い質したい。


「しんみり終わりたくなかったんだよ」

「こういう終わり方もないだろ」

「終わらせたのはエレンだよ」

「おかげで前半のちょっといい話が吹っ飛んだわ」

「あはは確かに」

 それぐらいでいいのだ。背負って歩いていく必要はない。覚えてさえいればいい。


「あれを無事に回収したらしい。王都から連絡が来た」

 歩き出しながら、何かのついでのようにエレンが言った。

「さすが。優秀」

 あれ、とはミハイルとアルティミシアの婚約誓約書のことだ。


 ミハイルはルドヴィークに、できれば婚約誓約書を手に入れてもらえるように願ってもいた。

 マリクは、ミハイルの暗殺計画がうまくいかなかった場合、次は書面の方をつぶしにくるだろうと踏んでいた。婚約誓約書がなくなれば、王族であれば貴族の婚約に介入ができる。


 王宮内の文書を盗み出すというのは難しい。ミハイルを暗殺する方が簡単なくらい、なかなかできることではない。重要な文書ではなくとも、無駄に警備は厳重だ。だからこそ、こちらが回収するまでまだ無事でそこにあってくれたのだろう。

 ルドヴィークの側近は優秀だ。感謝しかない。

 とりあえず、マリクより先に婚約誓約書を確保できたことに安堵した。


「あと、王弟殿下とソール様がさっき発ったらしい。少数の近衛連れて」

「晩なのに? フットワーク軽いな」

「誰のせいだよ。なんかかわいそうになってきた」

「王族を憐れむな。不敬だぞ」

「不敬なのはお前だよ」

 軽口をたたきながら、部屋への廊下を歩いていく。

 抱えていたものをやっと下ろせたような、心地いい疲れと安心感があった。

 

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