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35. 再会

 パヴェル邸での夕食は、晩餐会といって差支えのないものだった。

 面子も面子だ。

 ルドヴィーク(王弟殿下)、パヴェル家からは伯爵夫妻、嫡子フェルディナント、レギーナ、ミハイル、ソール、そこに今日からはアルティミシアが加わった形だ。


 出てくる食事は肉が多め。さすが辺境伯家といった雰囲気はあったが、もりもりと盛られることもなく上品に飾られたそれは、柔らかく、味は繊細。

 添えられたソースも彩りよく複雑な味わいで、料理人のこだわりが感じられる。


 ただ、いくら「楽にしていい」とルドヴィークがのたまったとしても、同じ卓に座られて、視界に王弟殿下が入っている状態で、みんながみんな、楽にできるわけではない。

 アルティミシアは微妙な空気の中、おいしいはずの料理を存分に味わうことは難しかった。

 これはルドヴィークが悪いのではない。張り詰めたような、ぴりぴりした空気を醸し出していたのはパヴェル伯爵(レギーナの父)だ。


 晩餐後、レギーナを呼び止めてアルティミシアはこそりと聞いてみる。

「毎晩、これですか?」

 レギーナは肩をすくめた。


「そうなのよ。毎朝毎晩じゃないことがせめてもの救いね。お父様が変な空気作るから悪いのよ。きっと辺境伯家としての威厳がどうのとかどうでもいいこと考えて、厳粛なムードを無理やり作ろうとしてるんだわ。王弟殿下がお気の毒よ。うちで食事をしてるっていう都合上、その態度何とかしろとも言えないでしょうし」

 レギーナの父批判が止まらない。


「担ぎ出されたフェルもかわいそう。まだ幼くてマナーがおぼつかないからあんまり食べられなくて、いつもこの後もう一回侍従たちの食事に合流してんのよ」

 それはひどい。


 フェル、フェルディナントは現在8歳のレギーナの弟だ。嫡男なのだからと、父の命で晩餐に出席させられているという。

「すみませんレギーナ。私が4日も眠りこけたばっかりに、苦行を強いてしまって。できるだけ早く帰りますので」

 アルティミシアが申し訳なくなって言うと、レギーナはふっと笑いの息を漏らした。

「苦行って。まあ間違っちゃいないけど。でもアルティのせいじゃないから。そもそもまだ逮捕者輸送も終わってないだろうし」


「いや、もうだいたい終わったよ。それに俺は別に苦行じゃないよ。ここの食事はうまい」

 いつの間にか近づいていたミハイルが会話に入った。どこから聞いていたのだろう。

「ありがとうございます。伝えておきます。うちの料理人が喜ぶわ。王都の重鎮が来てるってはりきってるから」

 レギーナがからりと笑う。

「じゃ、また明日ね。おやすみなさい」

 言って、心得たように、レギーナは廊下を歩いて行った。


「おやすみなさい」

 アルティミシアはその背中に慌てて言った。気を利かせてくれたのがわかって、ちょっと照れくさい。

「シア」

 呼ばれて振り返ると、ミハイルの笑顔があった。

 晩餐会で一緒だったとはいえ、ちゃんと会うのは倒れてからこれが初めてだ。

 無事だった。無事で、ここにいて、笑いかけてくれている。


(抱きつきたい)

 衝動的にそう思ったが、ここは廊下。人通りはもうなくなっているとはいえ、誰に見られるかわからない。人様の家の廊下でやる所業ではない。

 一瞬腕が動いたのを見られたからか、表情を読まれたのか、ミハイルは嬉しそうに笑みを深くした。

「少しだけ、話がしたい。応接室を使う許可をもらってるんだ」

 移動しよう。言われて、アルティミシアはこくこくとうなずいた。顔が少しだけ熱い。



 茶はいらないと侍女に断りを入れて、今日はもうさがっていいと礼を言った。

 応接室とはいえ二人きり。ドアを少し開けておく。その先にはダリルが控えてくれている。

 見えないが、エレンは近くにいるのだと思う。奥の続きの間に控えているのかもしれない。


「シア。よかった目が覚めて。もう平気?」

 部屋に入ってソファに腰かける前、ミハイルがそんなことを言うから、アルティミシアは思わずミハイルに抱きついて服を握りしめた。

 どの口が。どの口が言っているのだ。

 自分で思うより大声が出た。


「私の! 私の台詞です! もう! 本当に! あの時はあのまま逝ってしまうのではないかと!」

 とりあえず勢いで言って、ふうと息を吐き出した。

「本当にどこもおかしくないですか? 体内魔力を使い果たしたはずです」

 アルティミシアが見上げる先、少し驚いた顔をしたミハイルは、ふわりと抱え込むように両腕をまわして、触れるか触れないかくらいの優しさでアルティミシアの背に両手を置いた。


 アルティミシアは問い詰めているのに、ミハイルはこれ以上ないくらい幸せそうに微笑んだ。

「ちょっと削れたかもしれないけど、大丈夫だよ。たぶん職業柄、体内魔力の保有量は人より多いんじゃないかな、体感だけど」


 削れているのは生命力だ。やっぱり削れたのではないか。アルティミシアが言いつのろうとするのを、ミハイルが優しくさえぎった。

「シア。来てくれて嬉しかった。すごく嬉しかったけど、できたらもうしないでほしいかな。こっちの方が命削られるよ、心配で。シア、無事でよかった・・・!」

 少しだけきつく締まる腕に、アルティミシアは抵抗せずに身を預けた。


「ミハイルが無茶をしなければ、私も動きません。私もできたら、ミハイルには無理をしてほしくないんです。私のためだとしたら、なおさら」

 顔をミハイルにもたせかけたままつぶやくように言うと、ミハイルが笑う気配がした。

「俺はシアのため以外には無理をしないよ」

「それをしないでほしいと言ってます」

「でも俺もイオエルも、シアを守りきるって決めてるんだ。必要な無理は、しないとは約束できないな」


 アルティミシアは体を離してミハイルを見上げた。

「イオエルの願った祝福(ギフト)って、何ですか?」

 ミハイルは首を少しだけかしげて微笑んだ。

「うん、そこからだよね。俺も、アトラスが願った祝福(ギフト)を聞きたい。ちゃんと話をしよう」

 ミハイルに誘導されて、アルティミシアはソファに腰かけた。

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