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33. やっぱりお兄ちゃん②

今回も少し暴力的、かもしれません

苦手な方ご注意ください

「ルドヴィーク王弟殿下。ご尊顔を拝謁し、恐縮至極に存じます」

 ミハイルは、歩いてきたルドヴィークに慇懃無礼に最高礼をとった。

 隣でアルティミシアが息を呑んでいる。アルティミシアはルドヴィークと直接面識がない。ソールに気を取られて隣にいるのがルドヴィークだと認識していなかったのだろう。

 エレンが連れてきたのはルドヴィークとソール。


 ミハイルは、このマリクの計画をつぶすにあたり、ルドヴィークの協力を仰いだ。

 だが現場に来いとは一言も言っていない。

「辺境まで足を運んだというのに、ずいぶんな歓待だな、ミハイル」

 ルドヴィークは親しい者との仰々しい挨拶を嫌っている。ミハイルのわかりやすい嫌みに渋面を作った。


「どうしてここに?」

 ミハイルは関係ないとばかりに冷たく言い放った。

 お前がここに来てどうする。

 そう言ってやりたかったが、さすがに王族に対する振る舞いではない。


 ルドヴィークは肩をすくめた。

「お前が協力しろって言ってきたんだろう。こういうのは上が直接動くのが一番手っ取り早いんだよ」

「協力しろとは言いましたが御身を危険にさらせとまでは言っていません」

 ルドヴィークがやられたら元も子もない。ミハイルはため息をついた。昔からこういうとこある、この人。


「近衛を動かした。お前らがたたいたシャンツの兵士を今いっせいに回収してる。しかも俺が証人だ。これ以上ないだろう。感謝しろ」

「・・・ありがとうございます」

 棒読みで言ったミハイルに、ルドヴィークは苦笑した。


 確かにこれ以上はない。ルドヴィーク直属の近衛が動いているなら、生き証人たちを口封じされることも逃がされることもないだろう。それにしても。

「どうやってここに?」

 ここは王都から遠い。全員ではないだろうが近衛を連れての大移動など、目立つことこの上ないだろうに。


「俺はどっかのぼんくら王太子と違って働いているんだ。毎年この季節のいい時期に遠征して、各地の視察を行っている。今予定ではスール領にいることになっている。さすがに目的地をパヴェル領付近にしたら怪しまれるからな」


「社交シーズンを回避するために逃げ回っているだけでしょう。同行する若手の近衛から、シーズン中に遠征されると相手が見つけられないと苦情が来てますが」

 ソールが口を挟んだ。公の場ではない気安い空気が漂う。というかここは森の中。


「何でお前のところに苦情がいくんだ。お前遠征の時付いてこないくせに」

「私は近衛ではありませんので。苦情も何ならボリスにつき返してやりたいですが、あいつはあなたの所にまで報告をあげませんから」

 ボリスは確かルドヴィーク付きの近衛騎士団の団長の名前だ。


 ソールは表向き、ルドヴィークとの関わりはない、ことになっているはずだ。それなのに近衛の若手の苦情を聞かされるって。

(全然裏じゃない・・)

 ソールがいいようにルドヴィークに取り込まれないか心配だ。

 今回のことについて協力を仰いだ時点で、ミハイルも人のことを心配している場合ではなくなっているのだが。


「お前が隊長になるのを拒んだからあいつ(ボリス)が嫌々やってるんだ。お前がやればこんなねじれは解消する」

「謹んでお断り申し上げますよ」



 ルドヴィークが、王位継承に関して揉め事を起こしたくないとの意向から、マリク(王太子)が婚姻を結んで子を為すまでは結婚しないと決めていることは、ミハイルも知っていた。

 そのため、社交シーズン中は視察という名目で出会いの場への出席を辞退していたのだろう。

 今回はこれが功を奏した。


 近衛を連れてこんな辺境まで来ても、怪しまれない土壌ができていた。想定していたよりも、きっとスムーズに処理ができるだろう。

 ただ・・・。

「ミハイル・・」

 アルティミシアにくい、と服を引かれて、ミハイルは考え事を中断して振り返った。

「あれ、止めてください」

 ルドヴィークとソールの会話はしょうもない小競り合いに発展しつつあった。


 もともとは学院の同級生というから、気安い仲なのだろう。

 ここにいる面子で止められるのはミハイルだけだから。アルティミシアに上目遣いでそう訴えられて、ああかわいいなあと思う。自分の髪のかつらをかぶっていても、そう思う。


「ここは近衛が制圧したってことで大丈夫ですか」

 ミハイルは、おかまいなしに二人が話しているところに切り込んだ。

 ルドヴィークは会話を中断されたことに気分を害した様子もなくうなずいた。

「そう指示してある。ただもうほとんどお前らが片付けてたみたいだが」


「想定外の助っ人が来たもので」

 言葉を濁すミハイルに、ルドヴィークはミハイルの背後にいたアルティミシアに目を向けた。

 ミハイルは自分の体をずらしてルドヴィークからアルティミシアを隠した。

 何だ、その面白いおもちゃを見つけたかのような興味津々の目つきは。


「大人げないぞミハイル。紹介しろ」

 ルドヴィークのからかうような口調にげんなりする。

 二人が直接会うのはこれが初めてだろうが、アルティミシアはマグダレーナのお気に入りだ。この姉弟は仲がいい。話くらいは聞いているだろう。あと、腹心ソールの弱点(愛すべき妹)の一人でもある。


「シア」

 ミハイルが振り返って大丈夫? と促すと、アルティミシアは目線を上に持っていって、困ったような顔をした。

 かつらかぶってますけど。ということだろう。はずしたらはずしたで、無造作にまとめられた髪は表に出したいものではないはずだ。


「いいよ、そのままで。大丈夫」

 王弟って言ってもこれだから。とはさすがに言わなかったが、軽い口調にアルティミシアは安心したように小さく微笑んでうなずいた。アルティミシアはミハイルの隣に立った。


「ドレスでもないし、礼をとる必要もないぞ」

 ルドヴィークの軽口に、アルティミシアは思わずのようにふわりと笑った。

(だめだって。その笑顔は)

 ミハイルはアルティミシアを横目に内心でため息をつく。


 ルドヴィークが軽く息を呑むのがわかった。ミハイルは公の場でなかったことに安堵した。

(かつらつけてすっぴんで男装してこれだもんな・・)

 盛装していたら破壊力が倍増してしまう。


「こんな格好で失礼いたします。ストラトス家三女、アルティミシアでございます。そこにおりますストラトス家嫡男ソールの妹にあたります」

 アルティミシアは胸に手を当てて低く頭を下げるだけにとどめた。


「はは、確かに『こんな格好』だな。ストラトス嬢は、どうしてここに?」

 お前が言うか。ミハイルはわずかに目を細めた。

「王都にて、野営訓練中にミハイル様を弑そうとする計画を耳にいたしました。パヴェル家と、野営訓練を行っている学院の騎士科に連絡をと考え、急ぎ参りましたが、パヴェル家までたどり着かないまま今ここにいる次第です」


 そうだったのか。そこまでは聞いていなかった。新情報だ。

 ただパヴェル家には「そうなるかも」くらいの情報をあらかじめ伝えてある。これだけ騒がしくしていれば、もう騎士団が動いていてもおかしくはない。


「単身で?」

 ルドヴィークの問いに、アルティミシアは軽く首をふる、と横に振った。

「いえ、護衛の騎士とともに」

 アルティミシアは口ごもる。確かに、護衛と2人旅とは令嬢としてはあまり褒められた行動ではない。

 ミハイルとしても危険だから来てほしくはなかったが、でも来てくれて嬉しかったのは事実だ。


「そのかつら、ミハイルに扮しているね。あなたが道中に転がっていた奴らを?」

「いえ。私はおとり役でしたので、こちらの騎士のダリルが」

 アルティミシアがダリルに視線を移すと、ダリルは騎士の最上礼をとった。

「ダリル・レイと申します」


 ミハイルは思わず開いた口を意識的に閉じた。

 やればちゃんとできるんじゃないか。

 たぶんそう思ったのは、ミハイルだけではないはず。

 思って視線をずらすと、エレンがわかりやすく目を見開いている。驚きすぎだ。

 緩くないダリルを初めて見た。

 でも王弟殿下にすら緩いダリルをちょっと見てみたかったかもしれない。無理か。


「あれについてはお嬢様が」

 ダリルはいまだ意識を失って転がっている3人の兵士を指さした。

(余計なことを言うな)

 実直なダリルのことだから、他人の功績を奪っちゃいけないとでも思ったのだろうが、そこは明らかにしなくてもいい。


 アルティミシアが頬を染めて目をつむる。恥じらい方が愛らしい。

 いやそれも何か反応を間違っている気がする。どや顔されても困るが。

「ほう? 強いのかな? ストラトス嬢は」

 ルドヴィークがぐいぐい質問してくる。

 ルドヴィークはアルティミシアが勇者アトラスの転生者だと知っている。信じられないのか、もしくは聖剣を出して見せてほしいのか。


 恐縮するアルティミシアを見かねてか、ソールが口を挟んだ。

「うちのかわいい妹をいたぶるのはやめてもらえませんかね」

「お兄様」

 アルティミシアから「大好き」オーラが大放出された。うらやましすぎる。ミハイルにはこんな反応を一度もしたことがない。ミハイルもできることなら割って入って助けたかった。でも王弟殿下にこうもばっさりいけるのは現時点ソールしかいない。


 ソールはルドヴィークの話を中断した上に放置して、アルティミシアに歩み寄った。

「女性の声が聞こえて、それを追ってたら向こうでエレン殿に会った。アルティが来ているという話はエレン殿から聞いていたが、半信半疑だったんだ。本当に来ちゃったんだね、アルティ」

 ソールはアルティミシアを抱きしめた。アルティミシアも遠慮なく抱きついている。うらやましい。


 女性の声って、あれか。

『危ないことはしないでって! 無理も無茶もしないでって! 言いました!』

 確かにあれは渾身の一撃だった。怒鳴られて嬉しいなんてどうかと思うが、ミハイルは撃ち抜かれた。想われているのだと実感できて、嬉しかった。


「来ちゃいました。行けると、その、思ったので・・・。あ・・・の。お兄様。私、お兄様に言ってないことがあって」

 言いよどむアルティミシアに、ソールは穏やかな笑みでうん、とうなずいた。

「大丈夫。アルティがたぶん言おうとしていることは、俺も、ルドヴィーク様も知っているよ。だからアルティは何も言わなくていいし心配もしなくていい。大丈夫だよ」

「お兄様」

 アルティミシアが再度ソールに抱きついた。ソールがアルティミシアのかつら頭をぽんぽんとなでている。


「おいあれ誰だ」

 ルドヴィークがそれを横目に、呆れたようにつぶやいた。

「ストラトス家の甘々お兄ちゃんです」

 ミハイルが苦笑すると、ルドヴィークが「これがかー」と天を仰いだ。

 一番上の妹の婚姻をとりもってもらう条件としてルドヴィークの裏組織に入るはめになった、妹たちには激甘なソールだが、ルドヴィークはまだ直接の場面に遭遇したことがなかったらしい。


「それにしても、お兄様はどうしてこちらに?」

 アルティミシアの無邪気な質問に、ソールは固まった。

 それはソールの『聞かないでほしい質問ランキング』1位のやつだ。

 あんなに隠してきた優しいお兄ちゃんの裏の顔、『ルドヴィークの影の腹心』だということが、こんな所でばれるのか。

 何とかしたいが、立場上ミハイルが口を挟むと逆にややこしくなる気もする。

(どうする)


「ソールは俺と学院の同級生でね。以来卒業後も友として付き合いを長くしている」

 助け舟を出したのはまさかのルドヴィークだった。

 驚いてソールがルドヴィークを振り返る。


 先に出ている「ソールは遠征にはついていかない」「スール領視察のふりしてここ(パヴェル領)にいる」情報もあるし微妙ではあるが、友と旅行説で押し切ることも、反論を許さない王族ならば不可能ではない、かもしれない。


(いけるか)

 祈るような思いでルドヴィークを見守る。

「だからソールと」

 話すルドヴィークの背後、何かがきらりと光った気がした。


ひゅっ


「ルド!」

 ソールが俊敏な動きでルドヴィークをかばうようにして抱き込むのが見えた。

 その視界は、ミハイルに覆いかぶさったエレンで遮られる。

(矢だ)

 すぐに起き上がったエレンが、ルドヴィークを抱き込んだままのソールに駆け寄る。

 アルティミシアをかばっていたダリルが射手を追って走ろうとするのを、アルティミシアが止めた。

「ダリルさん待って!」


 アルティミシアが聖剣を出して小型化し、レイピアのように細く変形させた。

 そのまま勢いをつけて横にぶん、と放つ。

 矢で撃つほどの距離なのに、それはまっすぐに音もなく飛んでいき、数秒後に男の小さな悲鳴が聞こえた。腕かどこかに当たったのだろう。

 同じ方向で人の気配が増えて、叫ぶ声が聞こえる。おそらく、近衛が確保に動いた。


 アルティミシアがアトラスの時にやったこともない方法で聖剣を使いこなしている。

 ぐらりと傾いだアルティミシアを、とっさにダリルが支えた。体内魔力を、いやもう命が削られているかもしれない。


「毒だ」

 エレンが低くつぶやいたのがやけに大きく聞こえて、ミハイルはソールのところに駆け寄った。

 肩に刺さったままの矢傷からはそれほど出血していないが、傷周りの皮膚が赤黒く変色し始めている。


「ソール」

 ルドヴィークが意識が朦朧としているソールに呼びかけると、ソールは薄く目を開いた。

 まだ、間に合う。

 ミハイルは、ダリルに支えられながら歩いてきたアルティミシアに歩み寄った。

 泣き叫ぶこともなく、ぼろぼろと涙を流している。


「シア。大丈夫。だから泣かないで」

 アルティミシアは首を横に振った。

「でも。そしたらミハイルが」

「俺も大丈夫。シアを置いてったりしない。守りきるって決めてるんだ、俺も、イオエルも」

「ミハイル」

「大丈夫。帰ったら、たくさん話そう」

 ミハイルはアルティミシアを抱きしめた。


 体内魔力の枯渇も、精神的にも体力的にも限界だったのだろう、アルティミシアが意識を失ってくずおれるのを、ミハイルは抱きとめてダリルに託した。

 そのままソールの傍らに来てかがみこむ。


「ソール様」

 ミハイルが話しかけると、ソールは目を薄く開いたまま、目線をこちらに向けた。かすかに息が荒い。

「俺は2、3日使い物にならなくなると思うんで、後始末お願いします。あと、ルドヴィーク様を生きた状態で帰してください。この人死んだら計画台無しなんで。・・・これで借り、返しましたよ、義兄上(あにうえ)

 ソールが口を開けたが、声は息になって、言葉にならない。


 急がなければ。

「エレン。矢を抜いてくれ」

「・・・ミハイル、お前」

「頼む。俺だときれいに抜けないんだ」


 ぐっと何かをこらえるような表情をしたが、エレンはミハイルに従ってソールの肩に刺さった矢をゆっくり静かに引き抜いた。傷口から血があふれ出る。相当痛いはずだが、もうソールに反応はない。

 ミハイルは左手にメイスを出した。

(頼むぞ)

 祈りを込めて、解毒魔法と治癒魔法を発動した。

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