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31. 攻防戦

少し乱暴な表現が含まれます。

苦手な方はご注意ください

「ダリルさんっ」

 襲ってきた男たちを、すべて無力化して周りに転がしたダリルに、後ろで邪魔にならないよう陰に隠れていたアルティミシアは駆け寄った。


 斬っても殴ってもいいが、殺さないでほしいと願ったのはアルティミシアだ。ダリルはその通り、一人も殺していない。斬ってもいない。捕縛するにも縄もないので、起き上がることができない程度の無力化だ。

 ダリルは本当に強かった。自分を殺しにかかってくる相手を殺さずに対処するのは、殺すよりも難しい。アトラスの記憶が知っている。


「ここでこそ兄さんって呼んでほしいな~」

「あっ」

 名を呼ぶなとやんわり言われ、アルティミシアは口をつぐんだ。


 今、アルティミシアとダリルはパヴェル領、国境の大森林にいた。

 今日は野営訓練1日目のはずだ。

 強行スケジュールだったが、何とかここまで来た。


 まずはパヴェル邸に行って救援要請するつもりだったが、ルート的に、街道を通れば回り道になる。直線距離だと国境の大森林を通り抜けることになるが、相当近い。その間だけでもミハイルの刺客を攪乱できればと、アルティミシアはミハイルの髪色のかつらをかぶって、衣裳部屋から拝借した騎士科の制服を身に着けている。若干ぶかぶかだがそれは仕方がない。そもそもミハイルに借りた服はどれもぶかぶかで、外套を羽織ることでなんとかごまかしてきたのだ。


 ダリルは相当渋ったが、最後は折れて、自らも持参の騎士科の制服を着てくれた。自分の背丈に合う騎士科の制服を持っていたということは、想定内ではないか。とアルティミシアが指摘すると、『ミーシャをおとりにするためじゃないから~』と嘆かれた。


 馬は襲われた時に傷つけられるといけないので、大森林脇を通る街道沿いの宿屋に、多めの世話代を渡して預かってもらった。

 国境の大森林に入り、奥に入り込んで間もなく、襲撃に遭った。シャンツ(隣国)の兵服を着た、3人の男たちだった。

 あっと言う間にダリルが足や腕の骨を折って気絶させた。


 カレンドとシャンツはもともと一つの国だった。そのこともあり、言語は共通。襲ってきた時に発していた男たちの言葉はもちろん通じた。

『あいつだ!』

 でもそれだけでは、どちらの国の人間かは判断がつかなかった。シャンツの兵服を着たカレンドの雇われ者の可能性だってある。


 マリクの考えはアルティミシアにはわからない。

 自分に火の粉が飛ばないようにするなら他の方法もあるはずなのに、わざわざ戦争のリスクを高めるような、こんなやり方をする人間の考え方は理解できない。ただ、濃金の髪は珍しい。かつらを被ったアルティミシアが狙われるのは、おそらくそういう特徴の者を狙えと指示されているからだ。やはりミハイルが狙われているらしいということだけは、わかった。


 そこからは、怒涛のように人が襲ってきた。もう、ダリルが相手にしたのは10人を軽く超えている。

 この森は深い。高い樹木が生い茂り、昼間だというのに日の光もあまり届かない。落ち葉は降り積もり、道ではない道を歩くのは足を取られてしまう。

 早足で進もうとはしているが、思う以上に足は動かず、体力は異様に奪われる。

 何人も相手にしているダリルよりも、アルティミシアの方が息があがっていた。


「ミ~シャ~。休もっか~?」

 声をかけるダリルに、アルティミシアは立ち止まった。歩きながら話すことすら、もう辛くなっている。

「まだもう少し距離がある?」

 小さく息をついてアルティミシアが尋ねると、少し離れてついてきていたダリルは屈伸がわりにぶん、と片腕をまわしながら近づいてきた。


「ん~感覚だけど、この速度で歩くならあと1時間くらい? あの辺だと思うんだよね~パヴェル邸。大森林を見下ろす崖の上に建つ城らしいよ~?」

 ダリルの指す方向を見ても、生い茂る樹木の葉は重なっていて、空の青すらあまり見ることがかなわない。わずかに射す木漏れ日が黄色味を帯びていて、昼を少し過ぎたあたりだろうと時間の見当はつくが、方向をはかることはできない。


 ここに来るまでもそうだったが、ダリルが正確に目的地の方向を捕らえているのが不思議でしょうがない。アトラスも方向音痴だったが、アルティミシアもそれを継承しているらしい。

「少し休もう。速度をこれ以上落とせない。ごめん、目測誤った。馬で街道を通った方が速かったかも」

 うつむくアルティミシアの頭に、ぽんとダリルは手を載せた。長い髪を入れているせいで少し浮いているかつらがぽすんと沈む。


「役には立ってると思うよ~? ここを通らなきゃあれが全員向かってたわけだから~」

 誰に、とはダリルは言わなかった。しかも役に立っているのはダリルで、アルティミシアではない。

 だから俺は嫌だったんだとは、ダリルは絶対に言わない。きっと、思ってもいない。

 その優しさが嬉しくて、アルティミシアは小さく笑った。


「うん、ありがとう。ちょっとだけ気が楽になった。でもこんなに人数多いって思ってなかった」

「俺も~。これ下手するともう隊だよね~。わりと強いし」

 アルティミシアは立ったまま少しだけ水を飲んだ。休むと言っても座りはしない。

 今座ってしまうと、たぶんもう立てない。


「そうなの? 兄さん簡単に倒してるから」

「いや~あれはちゃんと訓練うけてるね~。衛兵レベルであれだったらちょっとシャンツ侮れないよね~」

 軽い口調にだまされそうになるが、それだけ「殺さないで」を強いているダリルには負担をかけているということだ。斬り伏せてしまう方が体力的には消耗しない。


 一瞬。

 アルティミシアの視界の端、遠くで何かが動いた。

 それを見止めたと同時に体が反射的に動いていた。


きん


 アルティミシアの右手が握る聖剣が、飛んできた矢を弾き返していた。

 矢を打ち損じたことに気付いてか、向こう側の気配がざわつく。

「行こう」

 アルティミシアが言うが、ダリルの目線は聖剣で止まっていた。


「体の負担にならないなら、後でそれ見せてほしい~」

 ダリルの要望に、アルティミシアは微笑ましくなった。騎士であるからには、やはり聖剣が気になるのだろう。

 歩くのに邪魔になるので聖剣はしまう。


「帰ったらね」

「やった~」

 アルティミシアの背をかばいつつ、ダリルはアルティミシアと再び歩き出した。


***


「ちょっ、これ多すぎないか?」

 ミハイルは額に滲み出る汗を制服の袖で乱暴に拭った。

 息はまだあがってないが、大森林の湿度の高さも体力を奪うのに一役買っている。


 エレンに持ってきてもらった剣を片手に応戦しているが、エレンがほとんど相手をしているにも関わらず、多方向からシャンツの衛兵の制服を着た兵士たちが湧いてくるため、ミハイルも応戦せざるを得ない。


 ひと所に留まると狙われやすいので移動しているが、もう何人相手にしたのか覚えてもいない。

 国際問題になっても困ると思って殺さずにいるが、もう正当防衛を主張して、全員を生き証人にしなくてもいいんじゃないかとすら思う。

 雑魚ばかりなら何とかなるが、人数が多いのにそれなりの粒ぞろい。甘いことを言っていると自分がやられてしまう。


 よほどシャンツは戦争をしたいのか、マリクが用意周到だったのか、ベーム侯爵が慎重な完璧主義者なのか。ミハイルを消すためだけに何人用意したのか後で聞いてみたい。

「ミハイル、あれ」

 戦闘モードで口数が少なめになっているエレンがくい、とあごで示した方向には、騎士科の制服を着た生徒が倒れているのが見えた。3人、ということは1チームだ。


 戦闘に巻き込まれたか。野営訓練のシミュレーションゲーム中で、今生徒は全員丸腰だ。応戦する間もなかっただろう。

 ミハイルは3人に駆け寄る。髪の色は黒、濃紺、茶色。ミハイルの特徴にはあてはまらない。

 そもそも今回参加の中にミハイルと同じような金の髪の者はいない。いたら警護対象にしなければならなかったため、それはあらかじめ調べてある。


「大丈夫か」

 返事は誰からも返ってこなかったが、息があるのは確認した。傷がある者もいるが、出血量は多くない。意識を失っているだけで、比較的軽傷と言えた。

 だが現状運び出してやることもできない。


 教員たちは、テントは今どうなっているのか。

 死者が出ないといい。

 つい、そう考えて集中を欠いた。


「ミハイルっ」

 エレンの声とともに、ミハイルは強い力で突き飛ばされた。転がって迅速に起き上がった視線の先、腕から血を流して応戦するエレンが見えた。

「エレン!」

 ミハイルも剣を拾って応戦する。

 ミハイルの剣を避けようと体勢を崩した兵士にエレンが剣の柄で殴って意識を失わせた。

 それが今ここに来た最後の兵士で、周りに動く人の気配はなくなった。


「ごめんエレン!」

 エレンに駆け寄ると、左肩から左腕にかけて斬り傷が走っていて、そこから少なくない量が出血している。利き腕ではないが、傷は長く深い。

「まずった。あと何人くらいだろうな」


 エレンは気を抜いてしまったミハイルを責めなかった。単に事実だけを追っている。

 応急処置をする道具も暇も今はない。

 痛くないはずはない。出血が多く、動くのも、意識を鋭敏に保つのも難しいはずだった。


(賭けだな)

「エレン」

 ミハイルはエレンの無事な方の腕を引いて、大きな岩陰に入った。

「ミハイル?」

「ここに座ってくれ」

「おい」

「いいから」


 ミハイルの剣幕に、エレンは座り込みはしなかったが、怪我をかばうように岩にもたれかかった。

 エレンは王宮でのルドヴィークとソールとの会話を聞いていない。徹底的な人払いがされていたため、あの間エレンは王宮内にはいたが別行動で情報集めをしていたからだ。

 だから。


(驚く、よなぁ)

 ミハイルは先に説明をしておくことにした。

「これは賭けだ。俺が使い物にならなくなる可能性がある」

 治癒魔法は、イオエルの時は息を吸うようにできていたが、今体内魔力だけでどこまで癒せるかはわからなかった。もしかしたらエレンが全快する前にミハイルの方が倒れる可能性もある。


「何の話だ?」

 訝しげにエレンがミハイルを見る。

(それでも)

 エレンを活かした方が、きっと勝率は高い。

 ミハイルは右手に剣を持ち換えた。


しゅん


 左手にメイスを出す。

「はぁっ!?」

 エレンの声に、やっぱりそうなるか、とミハイルは内心苦笑した。


「倒れるかもしれないから先に言っておく。時間ないから端折るが、前ルドヴィーク様に呼ばれた件がこれだ。ただこれはどの程度使えるかわからない。この後もし俺が倒れたら、悪いが後は頼んだ」

「ちょ、ミハ・・・」

 エレンに全部言わせる前にミハイルは治癒魔法を発動した。


 メイスの先がほんのり光って、同じ色の光がエレンをほわりと包み込む。

 ミハイルに見えていたエレンの驚愕の表情がまぶしさで視界から消える。体内魔力をごっそり奪われて膝をついたのだと気づいたのは、思わず閉じてしまっていた目を開くと、そこに落ち葉が見えたからだ。


 左手からメイスは消えていて、右手にあった剣は傍らに落ちている。

 ミハイルがすぐには立ち上がれずにエレンをそのままの体勢で仰ぎ見ると、エレンは左肩から腕にあった傷を右手で触って確認していた。


「全快?」

 尋ねたミハイルの声は、自分で思うよりずいぶん掠れていた。

 エレンはそれに反応して視線をミハイルに向けた。今までミハイルに向けられていたものとは違う、知らない何かを見る視線。

 こうなるかもという不安はあった。だから聖痕がある、聖武具が使えるとわかっても、エレンに切り出すことはできなかった。

 ミハイルは視線を受け止めきれずに目を伏せた。


「お前、聞いてないぞ。こんなことして」

 エレンがぐい、とミハイルの両脇を抱えて立ち上がらせた。左腕が使えているということは、全快、か? そのことに少し安心する。

 ミハイルはされるがままに立ち上がらせられて、ぼんやりとエレンを見る。

 エレンの表情は硬かった。


「お前は本当に、ミハイルなんだな?」

 聞くとこそこか、とミハイルは苦笑する。

「俺だよ。前はイオエルだったけど、今は俺。小さい時誘拐されそうになって一緒に逃げて、ぼろ家に一泊した・・・」

「わかった。ならいい。もろもろ後で説明しろ」

 エレンがいつもの飄々とした表情に戻る。ミハイルは口角を上げて応えた。


 ミハイルがまだ幼い頃、誘拐されそうになって、歳がそう変わらずたいした訓練もまだ受けていなかったエレンが追いかけてきて一緒に逃げた。あの頃からエレンは強かった。逃げ込んだぼろ家で一泊した時に、エレンに「俺がお前を守ってやる」と忠誠の誓いを受けた。

 そのことを、エレンも覚えていた。

 直後に、ミハイルはイオエルの記憶を取り戻したのだが、そのことをエレンは知らない。


「倒れなかった、ってことでいいんだな?」

 エレンの確認に、ミハイルはうなずいた。もう手を貸されなくても自分で立てる。

 自分で思うより、体内魔力は多いのかもしれない。僧侶という職業柄だろうか。前職だが。


「でも次やったら倒れる以上にたぶん命削ることになると思う。これ以上傷を作らないでくれ」

 ミハイルの言葉に、エレンはふん、と鼻で笑った。

「ありがたいことに傷は跡形もないし、体力まで復活してる。任せろ。行くぞ」

「ああ」

 ミハイルはふらつく体を叱咤して、歩き出すエレンの後を追った。

お読みいただきありがとうございます!

またブクマ、評価ありがとうございます!

励みになります! めちゃくちゃ嬉しいです!

編集に時間がかかるようになってきたので、更新回数減らします。

毎日は更新させていただきます

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