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29. 昔語り

 1日目は移動時間が半日だったにも関わらず、日が沈むころにはアルティミシアは立ち上がるのもおっくうなくらい疲れ果てていた。

 馬に乗るのが久しぶり、ということもあるが、単純にアルティミシアの体で長時間の馬での移動をしたことがないからだ。

 アトラスの感覚で大丈夫だろうと思っていたものは、わりと大丈夫ではなかった。


 ダリルはさすがにこのくらいは何ともないようで、安全そうな宿を見繕ってさらっと2部屋とり、アルティミシアが乗って来た馬の世話まで引き受けてくれた。

 アルティミシアはその部屋に早々にひきこもり、ベッドにへたり込んでいる。

 一応今日の目標地点までは来ることができた。明日にこの疲れを引きずらないようにしなければならない。


 食事は部屋に運んでもらうことになっている。これは体調不良だからではなく、目立つからだ。

 出立する前、ミハイルの衣裳部屋からはいろいろなものを拝借した。そのうちの1つ、部屋の隅に隠すように置いてあった深いフードのついた色の暗い外套を借りて、それを一番上に着て移動している。


 銀の髪、金の瞳は珍しい組み合わせだ。ダリルにはなるべく人に顔をさらさないようにと言われている。

 ミハイルの鉄壁のガードもあり、アルティミシアは人の多い王都でも、学院にいても、知らない人に話しかけられたり、ましてや襲われそうになったことはない。そのため自分が衆目を集める美貌の持ち主だという自覚がない。


 ダリルが危惧しているのは持つ色の特殊さよりも、その容姿によって道中のいらないリスクを高くすることなのだが、そのことをアルティミシアは知らない。


 ミハイルの衣裳部屋にはミハイルの髪色のかつらがあったが、これはミハイルの影武者用のものだろうと思われた。一応持ってはきたが、ここで自分がかぶっても濃い金の髪も色味的には珍しい。目立つから、使わない。これは別の用途を想定して持ってきたものだ。


「ミーシャ、入るよ~」

「はい」

 ドアの向こうから聞こえたダリルの声に応えて、ベッドから起き上がるとドアの内鍵を開けに行く。


 移動を開始して早々、いくらダリルが緩い言葉遣いだとしても、「お嬢様」呼びと丁寧語はまずいと気が付いた。アルティミシアの方から、ダリルに言葉遣いを改めてほしいと願い出た。

『これ以上緩めるんですか~?』

と若干抵抗された。緩い自覚はあるんだなと思って驚いた。兄弟設定にして、呼び名は「ミーシャ」にした。


 「アルティ」は珍しい。下手に人の耳に残るような呼び名は避けた方がいい。何より「ミーシャ」はミハイルの愛称でもある。男性名の愛称として通用するし、この後使えると踏んだ。


「ちゃんと食べてくださいね~ごはん~」

「丁寧語」

「部屋の中でも~?」

「そうです・・・だよ。僕も気を付けるから」

 女性は、乗馬服で貴族が馬を乗る時以外は若くてもパンツ着用することはほとんどない。そのため、旅の間中は「弟」設定だ。アルティミシア自身も言葉に気を付けなければならない。


 ダリルは備え付けの小さなテーブルに食事の盆を置いてくれた。食欲をそそるいい香りがする。

 アルティミシアは椅子に座る。

「ありがとう。ダリ・・・兄さんはもう食べたの?」

 エレンに続き、2人目の実兄ではない「兄さん」だ。


「ん~食べた。馬の世話も終わったよ~」

「ありがとう。あの、少しだけここにいてもらっていい?」

 ダリルは首をかしげた。

「寂しくなっちゃった~?」

 その言い方に、アルティミシアはくすりと笑う。


「それもあるけど、ちょっと話しておきたいことがあって。僕だけ食べながらで悪いけど」

「いいよ~」

 ダリルはアルティミシアの向かいの椅子に座った。


「聖剣のことなんだけど」

「今の設定でそのぶっこみはちょっと困る~」

 芝居がかったように頭を抱えるダリルに、アルティミシアは苦笑した。それはそうかもしれない。でも仕方がない。早めに言っておいた方がいい。


「ごめん。でも大事なことだから。あのね、ディ・・・奥様には説得するために大口たたいたけど、僕があれ出したの、あの時が初めてなんだよね。僕の代で出せると思ってなかったから」

「・・・つまり~?」

 ダリルは首を傾げた。


「僕はあれの本来の機能が失われてることを知らなかった」

「・・・・・・つまり~?」

「出した時にね、あれ魔力依存なんだって、わかった。今の世界、魔力ないからあの子へなちょこだった。たぶん体内魔力でしか使えない」

「・・・・・・・・・つまり~?」


「ああ、体内魔力っていうのはね。この世界にはもう魔力がないってことになってるけど、一応生きてるものはみんな、微々たるものだけど体内に魔力を持ってる。それを体内魔力っていう。あの子を機能させるには、それを使うしかないってことだね」

「・・・・・・・・・・・・つまり~?」


「体内魔力は微々たるもので、使い果たすと次に生命力を消費する。(護衛対象)が倒れたら本末転倒だから、長時間は戦えない。ってことを言いたかった。負担をかけることになる。ごめんね。でも、ここぞって時は守るから」


 伏し目がちに話すアルティミシアに、ダリルはこんこん、とノックするように軽く手の甲でテーブルをたたいた。顔を上げたアルティミシアに、ダリルが朗らかに笑う。

「俺護衛なんで~。もともとそのつもりなんで~。むしろそれだったら使わないでほしいかな~」


「こんな緩い口調でこんな安心感あるの、兄さんくらいだと思う」

 目の奥がじんとする。ずいぶん無理を通して連れてきてしまった自覚はある。文句の一つや二つ言われても仕方がないと思っていたのに。

「話は終わり~?」

「うん」

「じゃあ、ちゃんとご飯食べよう~。俺と話すとミーシャ食べられないから、俺帰るね~」

 ダリルは立ち上がった。


「食べ終わった後の食器は、朝食と入れ替えになるからそのままで~」

「わかった。ありがとう」

「おやすみ~」

「おやすみなさい」

 ダリルが静かにドアを閉めて出て行った。

 少し冷めた食事は、それでも旅人用にすこししっかりめの味付けで、疲れた体においしかった。


 2日目も天気がよく、体も少し慣れて、思ったよりも距離を進めることができた。

 ただそのおかげで、次の宿にたどり着くには集落は遠く、戻るには進みすぎてしまった場所で日が暮れてしまい、やむなく野宿をすることになった。


 抵抗はない。アルティミシアが野宿をしたことは1度もないが、アトラスの感覚では慣れている。

 晩は少し冷え込むとはいえ、今はいい季節だ。テントがなくとも毛布がなくとも一晩くらいは普通に過ごせる。


「手慣れてますね~?」

 手際よく枯れ木を集めて、手際よく火を熾すアルティミシアに、ダリルが感心したように言った。

 ここは街道を少し外れた林の中。火を熾しても目立たない奥まった、大きな岩陰を選んだ。

 人の気配はない、ということで、今は言葉遣いを元に戻している。お互いその方が楽だった。


「以前、毎日のように野宿してたことがありましたから」

 アルティミシアのその言い方に、「だいぶ前ですね~」とダリルが笑う。

「ここでは盗賊を気にすることはあっても、魔族の襲来を気にしなくてもいいんです。平和な世の中になりましたよね。はいどうぞ」


 アルティミシアは、持ってきていた自作の保存食、ブロック状の堅焼きクッキーを火で軽くあたためてダリルに渡した。ダリルは受けとって一かじりする。

「うま~。これいいですね~」

「栄養価の高い穀物とドライフルーツと黒糖、少しの塩を使って焼いてあります。軽量化と保存性を考えて乾燥させているので、水がないとちょっと食べ辛いですが」


「これ騎士隊に欲しいです~」

「ほんとですか? 記憶が戻る前から保存食の研究はしていたので、野宿の時の食事が辛かったから保存食に興味があったってわけじゃないと思うんですけど、お役に立てるなら嬉しいですね。いくつか味のバリエーションがあるので、また野宿の時は試しましょう」


「できればなるべく宿をとっていただきたいです~」

「ふふ。今日みたいにどうしようもない時は、ですよ。っくしゅん」

 アルティミシアのくしゃみに反応して、ダリルが火に枯れ木を足す。


「途中で記憶が戻ったんですか~?」

「最近ですよ。普通はこんな(前世の記憶が戻る)ことなんてないですもんね。びっくりしました」

「あはは軽~」

 アルティミシアもこんなにさらっと言えることに、自分で自分に驚いていた。あの時は、いろいろなことがいっぺんに起こり過ぎて、何をどうしたらいいのかわからないくらいに混乱していた。


 誰にも、ミハイルにも話してはいけないのだと思っていた。

 でも、聖剣を出した以上、それを知っている人がいる以上、ミハイルにも話さないわけにはいかない。

 もしこれでミハイルがイオエルの記憶を取り戻してしまったとしても、関係がおかしくなってしまったとしても、失うよりはずっといい。


「アトラスはね、羊飼いだったんです」

 アルティミシアの声に、火を調整していたダリルの手が一瞬止まる。

「珍しい色の髪と瞳を持って生まれた子は魔族の子と呼ばれて、人の村に入れてもらえなかったので、村のはずれに両親と羊を飼って、何とか生計を立てていたんです」

 異形の子として生まれた。日常的に人が魔族に襲われる世の中で、異形は魔族を想起させ、人に恐怖を与えた。


「女神が『岩に聖剣を刺したから抜きに来るように、抜けた者が魔王を倒しなさい』って言ってきた時も、『まずお前が行け』と村の人に言われました。村には住んでいなかったのに、そういう時だけ、大勢でうちに来るんです。その岩に行ってみたら、聖剣はあっさり抜けました。右手の甲に聖痕が付きました。村で唯一優しかったイオエルが、『しょうがねえな』って言って、ついてきてくれました。イオエルも聖武具のメイスを授かりました。旅の途中でベラとアレスに出会って、やっぱり彼らも聖武具を授かりました。他のみんなは基礎能力がありました。イオエルは僧侶でしたし、ベラは魔導師でしたし、アレスは戦士でした。でもアトラスはただの羊飼いでした。剣なんて持ったこともない。でも戦えました。体が勝手に動くんです。それは女神の加護によるものだとずっと思っていましたが、まさか聖武具が、倒すはずの魔族の放つ魔力依存とは驚きです」


「すごい壮大な話をそのオチで落とすのやめてください~」

 ダリルが両耳をふさいだ。ちょっとうるっと来てたのに~と理不尽な文句を言われる。


「確かに魔王戦は力がみなぎって、負ける気がしませんでした。相討ちでしたけど。今思うと魔王の魔力使って魔王と戦ってるんですもんね、それは聖剣も最大出力ですよね。やってられませんね、魔王」

「そのテンションで伝説の魔王戦語るのやめてください~」

 耳をふさいでいるのに、ダリルが重ねて文句を言う。


「戦ったのはアトラスで、私ではありませんからね。他人事口調になるのは仕方ありません」

 アルティミシアはその様子がおかしくてふふ、と笑った。

 こんな風に語れるようになるとは、思ってもいなかった。


 毎日のようにこんな風に野宿をして、たまには語り合い、ほとんどはしょうもないことばかりを言って、苦笑して、ばか笑いして、死地に赴くのだとわかっていても、道中は楽しかった。

 これはアトラスの記憶。アルティミシアが語る、アトラスの記憶。


(アトラスが魔王を斃してくれたおかげで、今がある。私が、いる)

 アトラスは、アルティミシアに、次に転生する同じ魂を持つ者に、女神の祝福(ギフト)を託してくれた。次こそは幸せに、と。

(無駄にはしません)

 絶対に、ミハイルは死なせない。

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