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28. 聖剣降臨

 予約も先触れもせずにアルティミシアがディスピナの執務室を訪れるのは初めてだった。

 ノックをして、ドアを開けて対応してくれた家令は驚いていたが、ディスピナの許可を得て入室を許された。

 家令は緊急事態を察して、休憩してくると言って退室してくれた。


 アルティミシアは急ぎなので茶はいりませんと侍女に言いおいて、ディスピナに促されるままソファに座った。サリアとダリルも座っていいと言われたが、固辞した。


「どうしたの。エドムントから聞きましたけれど、あのバカ息子(シメオン)のこと?」

 ディスピナは落ち着いていた。ミハイル(息子)の暗殺計画を聞いてなお、この落ち着きよう。王宮で勤務する公爵の代理で、今も采配をふるっていたのだろう。

 情が薄いわけでは決してないのに、やるべきことをやるために、私を抑えることができるこの精神力。いつかアルティミシアが身に着けなければならないもの。


「シメオン様は、どうされていますか」

「本邸の地下室に幽閉しました。直接手を出していなくとも、あの子は兄を見殺しにしようとしたのです。事が落ち着くまでは、勾留します。判断は、その後に」

「はい」

 それなら、シメオンからマリクに情報が伝わることはないだろう。


「騎士隊を、動かしますか?」

「そのつもりです。今マヌエル()に了承を得るために早馬を出しています」

 ディスピナの判断も行動も、早い。


「ディスピナ様、お願いがあります」

「どうぞ」

「持久力のある馬を2頭と、ダリルさんをお貸しいただけないでしょうか」

 ディスピナは一瞬口を開けたが、すぐに閉じて引き締めた。


「何のために?」

「私が先んじてパヴェル領に向かいます。行って、訓練をしている騎士科とパヴェル家に知らせます。パヴェル邸には野営訓練の受け入れの手伝いでレギーナがいます。私ならすぐに通されるはずです」

 今度こそディスピナは驚いた顔をした。


「だからって何もあなたが行かなくとも。どれだけかかると思っているの?」

「レギーナから聞いたところだと、馬車なら3週間、馬なら急ぎで1週間から10日で行けるそうです。私は馬に乗れます」

 これは女子会の時に聞いた情報だ。どれだけ遠いのか、という話をして、やっぱり無理だとユリエが今年のパヴェル領行きを断念した。


「いくらダリルを付けるといっても危険です」

 ディスピナも、ダリルの実力はかっているらしい。では、アルティミシア自身をもう少し「危険ではない」とアピールできればいいのだ。


「私は、聖痕のある聖女なのだそうです」

 いきなりの違う話に、ディスピナは表情を改めた。

「シメオンが、あのぼんくら王太子がそう言ったと証言したことは聞いています」

「そんな話は、私は存じません」

「私も、聞いたことがないわね」

 うなずくディスピナに、アルティミシアは立ち上がった。


「そういう意味ではなく」

「アルティミシアさん?」

 見上げるディスピナに、アルティミシアは柔らかい笑みをかえした。

 驚かせてしまうだろうが、怖がらないでほしい。そう願いを込めて。


しゅん


 アルティミシアは右手に聖剣を出した。

「「「!」」」

 ディスピナもサリアも、ダリルも固まった。


 華奢なアルティミシアには不似合いなほど幅広で、大きな聖剣だ。だが重さはない。

 知っている。これはそういう物だ。

(本当に出せた)

 自分で出したのに、そのことに驚く。


 記憶が戻ってから、出せる出せない以前に、出そうと思ったことがなかった。

 アトラスは女神の祝福(ギフト)に戦いのない人生を望み、アルティミシア(転生者)は魔族のいなくなった世界に生まれた。聖剣は戦いのための剣。

 必要のないもののはずだった。

 でも。

 魔族がいなくなっても、戦いは存在した。


「聖痕は、女神から聖武具を授かる時に受けるもので、それ以上でもそれ以下でもありません。私はアルティミシアである前は千年前を生きたアトラスでした。アトラスが聖剣を岩から抜いた時に、右手の甲に聖痕を授かりました。アトラスは男性です。聖痕が聖女の証などと、そんなのは大嘘です。そんな大嘘のためにミハイルが命の危険にさらされているなんて、私には到底許すことができません」


 アルティミシアは聖剣を消した。ソファに座り直す。

「ディスピナ様、アトラスの時のようにはいきませんが、私、戦えます」


 ディスピナは詰めていた息を細く吐き出した。

「・・・そのようね。いいのね? サリア」

 ディスピナはアルティミシアの斜め後ろに控えるサリアに目を向けた。


「何でみんなまず俺に聞いてくれないんですか~?」

「承知いたしました」

 ぼやくダリルにかぶせて、サリアが返答した。


「必ず、無事でお返ししたいです」

 アルティミシアが後ろを振り返って言うと、サリアはふっと笑った。

「お嬢様は正直ですね」

「絶対はありませんし、お約束もできませんから。でも、ダリルさんの無事を最優先します」

「俺護衛なんですけど~」

「頼りにしています」

 アルティミシアはサリアの隣に立っているダリルに笑いかけた。


「こちらはこちらで動きます。あと必要なものはありますか?」

 ディスピナはもういつもと同じ、落ち着いた表情をしていた。

「移動に際し、ミハイルの服をお借りします。背格好が一番似ているし、他の騎士の方の服を着たらミハイルのご機嫌を損ねてしまう気がするので」


「間違いないわね。そうなさい。ミハイルの衣裳部屋を開放します。好きに持っていきなさい」

「ありがとうございます。では行ってまいります」

「アルティミシアさん」

 退室しようと立ち上がったところで呼ばれて、アルティミシアは動きを止めた。

「はい」


 ディスピナが立ち上がって、アルティミシアの隣に回り込んでくる。そのままアルティミシアを静かに抱きしめた。

「必ず無事で戻ってきなさい。あなたも、ミハイルも、ダリルも、エレンも。いいですね」

 エレンはミハイルに同行している。みんなで無事に、と。

「・・・はい」

 声が少しだけ震えた。

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