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24. 家族会議 (メルクーリ家) ①

 メルクーリ家本邸にある広い方の第二応接室。防音が効いている方の部屋だ。

 侍女が茶を淹れて退室した後、少し間を置いてメルクーリ公爵、ミハイルの父であるマヌエルが疲れたようにため息をついた。

 マヌエルとこうして相対するのは久しぶりかもしれない。ミハイルは少し痩せたかもしれない父を見遣った。


 ソファには5人。ミハイルの向かいにマヌエル、その隣にディスピナ。ミハイルの隣にはデビュタントの夜会が終了し、レギーナを送って帰って来たエレン、その隣には、エレンの父でありマヌエルの影であるルドルフ。

 エレンはともかく、ルドルフが同席しているのは珍しい。

 つまりこれは『ミハイル』案件ではなく、『メルクーリ家』案件として取り扱うということだ。



「想定以上の馬鹿だったんだな」

 マヌエルはミハイルから一通りの話を聞いた後、一言感想をもらした。

 王族でなければ、それで終わった話だったのに。

 ミハイルは苦い思いで聞いていた。


 ディスピナは持っていた扇子をへし折った上に「王族の皮をかぶった性悪小僧」と称してアルティミシアを凍り付かせていた。怒りのままに向けられた視線は正直ミハイルも怖かった。

(何なんだろうな、あいつ(マリク)は)

 気に入らないなら見なければいいのに。放っておいてくれたらいいのに。

 こちらから何をするでもない、むしろ距離を置いているのにも関わらず、いちいちちょっかいを出してくる。


「アール公爵家の三男、なんだっけ」

「ドミニク」

 ミハイルの問いにエレンが即座に答えを返した。ミハイルは礼のかわりにうなずいて、話を続けた。

「あれも何か様子がおかしかった。それで言えば一緒にいた、シアを連れ出した女性もか。それにシアの話によると、部屋に閉じ込められた時にいた女性たちもどこかぼんやりとして、操り人形のようだったらしい。一人だけ、灰色の髪に紅い瞳をした女性だけはそんなことはなく、何かをされそうになったところにマグダレーナ様がいらっしゃったことで免れたと」

「何か?」

 マヌエルが尋ねる。ミハイルはうなずいた。


「のぞき込まれるように顔を見つめられたと言っていました。何かを確認しようとしていただけかもしれません。特に何の影響もないまま、マグダレーナ様に助けられたようです」

 ミハイルがアルティミシアから聞いたのは、本当は少し違う。

 まっすぐに見られて、ぱしりと何かが弾かれる音がしたと言っていた。それも2回。そしてその後からその女性がアルティミシアにおびえるような様子を見せたと。


 ミハイルがそうだから、おそらくアルティミシアも総合的な耐性が強い。女神の祝福(ギフト)の一つだとミハイルは考えている。確かに何かをされたのだろうが、言葉通り弾いた。アルティミシアが何となく濁していたのは、彼女自身でそれを感じ取っているが、イオエルの記憶がない(と思っている)ミハイルにそれを言うわけにはいかないからだ。


 想いは通じ合ったと思っている。だったら、イオエルの記憶はもう戻っているのだと話すべきかもしれないと思う一方で、言って今の関係がおかしくなるのもこわい。ここまできたら一生言わずにいるのもアリかなどとも思ってしまう。今の自分たちに、もう前世の記憶は関係ないのだから。


「バルボラ・・・か?」

 エレンが頭の中のページをめくるように、あらぬところを見ながら目を細める。

「バルボラ?」

 マヌエルの問いに、ルドルフがうなずいた。


「エレンの予測で当たりでしょう。灰色の髪、紅い瞳、おそらく間違いない。あの女は対面した人間と目を合わせることで、一時的に意思を奪って従わせることができる」

 何だそれ危険すぎる。魔法のない今の世界にそんなものがあるのか。

 エレンを見やると、するすると説明がでてくる。


シャンツ(隣国)には、今は失われた魔法の名残で、それよりは弱い『幻術』というのを使える者がいる。ほんの数人だって話だけど」

(体内魔力か)


 魔族が滅んで以降、世界には魔力がなくなったとされている。でも存在しないわけではない。これは千年前なら常識だったが、一応、人も動物も、魔族ほどではなくとも魔力を保有している。魔法を使えるほどではないだけで。

 そのわずかな体内魔力を使える者が、隣国にはいるということだ。


 ルドルフがエレンの後を引き継いだ。

「バルボラは私生児、カレンド(この国)の貴族が父親です。なのでシャンツ(隣国)ではなくカレンド(この国)国籍です。そういう特殊能力を持った者や、『耳』と呼ばれる情報屋はだいたい娼館に匿われる。影の身だとよく世話になる所ですよ。バルボラのいた娼館をあたってみましょう。おそらく買われてもういないはずです。身請け、という言い方をしますが。その買った人間の素性を、娼館は信用問題なので絶対に明かすことはありませんが、方法はありますので、調べます。王族(マリク)が秘密裡にも娼館から人を買うことは難しい。間に入っている人間がいるはずです」

「頼む」

 短く言ったマヌエルに、ルドルフは小さくうなずいた。


「お嬢さんの勘は当たってるよ。術をかけられた人間は自分の意思で動いてないからやっぱりどこか違和感がある。たぶんアール家のドミニクも、一緒にいた女性も、お嬢さんにまとわりついた女性たちも、術にかかってたんだろう。ドミニクはパヴェル嬢が体当たりした時にたぶん正気に戻ってる」

「ああ、だから」

 あの陽気すぎるおしゃべりが急に止まったのか。


 ミハイルが納得した時、マヌエルから声が上がった。

「体当たり?」

 ミハイルはうなずいた。

「俺をドミニクの足止めから逃がすために、偶然ぶつかったふりをしてくれたんです。相手が公爵だと、話を割って入るわけにはいかないから」

「さすがパヴェル家か」

 マヌエルが感心したように言う。レギーナの実家パヴェル家は、武門で名だたる辺境伯家だ。


「パヴェル家には重々お礼をしなければ」

 ディスピナがうなずいた。

「でも一時的とはいえ、お嬢さんが術にかからなくてよかったよ。大惨事になるところだった」

 エレンの言葉に、ミハイルが目を伏せた。大惨事にはならなかったが、アルティミシアを傷つけた。


「着替えさせられそうになってたのが背筋が寒くなるほどのドレスで、必死に抵抗したらしい」

「かわいそうに・・」

 ディスピナが地を這うような低い声でつぶやく。怒りが再燃しているらしい。扇子を持っていなくてよかった。


「しかし今回はいつものかまってちゃんでは済まされないな」

 マヌエルの言葉に、ミハイルもうなずいた。

 悪質なのはいつものことだが、やり口がいつもと違う。第三者の思惑が透けて見える。


バルボラ(危ないおもちゃ)をマリクに渡したのが誰かも気になります。シャンツ(隣国)とつながっていなければいいのですが。あと、あいつ(マリク)はデビュタントの謁見の時にシアを穴が開くんじゃないかってくらい見ていました。もしかしたら」


 マヌエルは何度目かのため息をついた。

「面倒だな・・・だがソール殿がいなかったら事はもう少し面倒になっていた。そこだけでも不幸中の幸いだったな。彼は王弟と王妹を一声で動かした」


 ミハイルもため息をついた。将来の義兄上には認めてもらいたいが、追いつける気がしない。

「あ、でもシアにはソール様が動いたことは秘密にしておいてください。ソール様とルドヴィーク様との関わりを、メルクーリ家の関係者からシアの耳に入ったら、俺は一生『義兄上(あにうえ)』と呼ばせてもらえないことになっていますので」


「知らないの? あの子」

 ディスピナが信じられないという顔をする。

「ストラトス家の人間は誰も知らないみたいです」

「・・・」

 妙な沈黙の中、この情報源であるエレンだけがによによしている。

 ソールがルドヴィークの懐に入るはめになった経緯は、ここでは言わない方がいいだろう。

 お兄ちゃんが献身的すぎて、賛否が分かれる気がする。


 マヌエルが冷めた茶を一息に飲んだ。

「とにかく、こちらでも情報は集めておく。『中立』を崩す時が来るかもしれない。ミハイル、そのつもりで」

 それは、政変に関わる事態だ。

 ミハイルはGOサインと受け取った。家はずっと『中立』を保っていたが、動けるなら動いていい、そう言っているのだ。いやそうではないとしても、そう解釈させてもらう。

「承知しました」

 ミハイルは薄く笑った。

お読みいただきありがとうございます!

土日は更新不規則、回数も少なめになります

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