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21. それぞれの思惑 ②

 デビュタントはそろそろ終盤にさしかかっている。

 ユリエはソールと戻ってきて、レギーナとホールの壁際、休憩用のソファに二人座っていた。

 傍らにはソールが立って、護衛のような感じになっている。

 立っているだけでも様になるその姿はいくらでもお誘いが来てもよさそうなものなのに、不思議と誰も声をかけてこない。


「ソール様」

 座ったままだと大きな声になってしまうため、ユリエは立ち上がってソールの側に近寄った。

 エスコートを引き受けてくれた時にソールに名呼びを許されたユリエだが、ソールは親戚でもないし婚約者でもない。他人に聞かれて迷惑をするのはソールだ。


「ん?」

「私たちはここにいます。レギーナは足を怪我したことになっているらしいし、私はその付き添いで、ここを動くつもりはありません。だから、行ってください」

 アルティミシアの無事はまだ確認されていない。心配でたまらないだろうに。


 マリクはここに姿を現してはいないが、本人が来るとも限らず、アルティミシアの親しい友人として何を仕掛けられるかもわからない。ミハイルもエレンもいない状態で、二人(ユリエとレギーナ)を残しておくことには不安があると言って、ソールはここに残っている。


「あの子はもう大丈夫。そういう手配をしてきたからね」

 ソールは不安など微塵も感じさせない穏やかな笑顔で応じる。

 それはそうだろうが・・・。ユリエは先ほどまでのことを思い出してぶるりと身を震わせた。



 アルティミシアがマリクの侍女たちに連れていかれ、マリクが過ぎ去った後。

 ユリエとソールはアルティミシアが閉じ込められた部屋がどこかをまず確認した。

 緊急性がないと判断したのか、ソールはすぐに別方向を歩き出した。勝手知ったる他人の家。ソールの歩みに迷いはなく、王宮内を歩き慣れているのだと知れた。


 離宮を離れ本宮、いわゆる一般人立入禁止エリアではないかと思われるところでも、ソールは衛兵に顔パスだった。

 困惑するユリエを連れて進んだ先は、王弟殿下の私室だった。

「お? 珍しいなソールお前からここに来るなんて。しかも女性連れは初めてだな? いい報告か?」

 部屋に入って第一声がそれだった。


 絵姿でしか見たことのない王弟殿下は、まるで友をからかうような笑顔で二人を自ら迎えた。

 おそろしく気安い仲だ。

(どういうこと)

 ユリエは固まってしまい、礼もとれなかった。


「こちらはユリエ・バラーシュ嬢です。本日のデビュタントで私がエスコートをさせていただいていますが、一人残すのは危険なので申し訳なくもついてきていただきました。妹の友人です」

「ほう・・・バラーシュね。ああ、礼はいいよ。つまり緊急事態なんだろう?」

 王弟殿下は、慌てて礼を取ろうとするユリエを手で制した。


「話が早くて助かります。デビュタントに参加している私の末の妹が、王太子殿下に嫌がらせを受け部屋に閉じ込められています。物理的な危害を加えられることはないと考えますが、女性ばかりの部屋に押し入るわけにもいかず」

 王弟殿下は眉をひそめた。


「ああ・・・ミハイルの婚約者だから? しょうがないなあいつは。で、何お前、まさか」

「今日ブラダ公爵夫人が出席しているはずですが」

 ソールの涼しい声に、王弟殿下は少しの間、口が開いたままだった。


(ブラダ公爵夫人? ・・・って、降嫁した王妹殿下か)

 ユリエは親の商売柄、貴族の家系図や派閥をなるべく頭に入れるようにしている。

 知らずに失礼をしてしまっては信用に関わるからだ。

(しかもブラダ家)

 確か、最近商会と取引のあった家だ。帳簿を見ているので、覚えている。


「本気か。お前ほんとに妹のこととなると捨て身になるな。ちょっと尊敬したぞ。・・・いいよおもしろそうだから俺が案内しよう」

「おそれいります」

 ソールは変わらず涼しい顔だが、捨て身って何。ユリエはお気に入りのおもちゃを手に入れたような無邪気な笑顔の王弟殿下の後を、ソールに促されついていった。



「珍しいお客さんだね。久しぶりソール。元気にしていたかい?」

 王妹殿下、降嫁してブラダ公爵夫人は、部屋に入ると満面の笑みでソール(とユリエと弟殿下)を出迎えた。

「久方ぶりにございます。ブラダ公爵夫人もお元気そうで何よりです」

「マグダレーナでいいって言ってるのに。そちらのかわいらしいお嬢さんは?」

 ブラダ公爵夫人とユリエの目が合った。さっきの学習で、カーテシーだけを返しておく。

 緊急事態なのだ。ソールが何とかしてくれる。


 そしてその判断は正解だったようだ。ソールが心得たように話し始めた。

「こちらはユリエ・バラーシュ嬢です。緊急事態により、本日のエスコート相手に申し訳なくもついてきていただきました」

 ブラダ公爵夫人はユリエににこりと笑いかけた。男装をしたら似合いそうな、迫力のある美人だ。


「そう。かわいい子はいつでも歓迎だよ。それでどうしたの?」

「王太子によって私の末の妹が軟禁されています。女性しか入れません。畏れ多くもマグダレーナ様には救出をお願いいたしたく、おうかがいに参りました」

 ブラダ公爵夫人も弟殿下と同じように眉をひそめた。さすが姉弟。仕草がよく似ている。


「穏やかじゃないね。ああ、確かソールの末の妹君はミハイルの婚約者だったね。ミハイルは何をしてるの」

 ミハイルは話しかけられて、男につかまっていた。そういえばどうしているだろうか。

 にしても、王太子のミハイル嫌いは噂以上のものらしい。

 いいのか、詳しく話していないのにも関わらず、こんなにすんなり話が通っても。


 王弟殿下もブラダ公爵夫人も、筆頭公爵家(ミハイル)とは遠戚にあたる。名前呼びするくらいだから、付き合いがそれなりにあるからかもしれないが、それにしても。

 ミハイルは、と問われたソールは、僅かに目を細めたがまた元の表情に戻った。

「別で動いていると思われます。妹が軟禁されている部屋くらいはもう突き止めているでしょう。この後私がお探ししてマグダレーナ様の着せ替え部屋にお連れしておきますので、救い出した妹と合流させていただけますか」


「ミハイルの手柄にするつもりかい?」

 ブラダ公爵夫人の問いに、はっとしてユリエはソールの横顔を見た。

 表情は、やはり涼しいまま。

「私はただの、田舎の新しい商売に奮闘するお兄ちゃんですから」

 つまり、アルティミシアにはこの会合自体を伏せるつもりか。


『今から行くところも、会う人も、内緒だよ。アルティにもね』

 そういうことか。いいのか、お兄ちゃん(ソール様)

「妹のこととなると相変わらずだね、ソールは。まあいいよ、わかった。で、対価は?」

 ブラダ公爵夫人がさらりと言った。


(対価?)

 ソールが目を閉じた。王弟殿下がにやにやしていらっしゃる。

「どうぞ、お好きに」

 涼しい顔に少し動揺が見え隠れしているが、平静を何とか保ってソールは言った。

(こ、これが捨て身・・・!)

 お好きにって何。どうなるのだろう。ユリエがどきどきしながら様子をうかがっていると、ブラダ公爵夫人は縦から横からソールを見回した。かすかに眉をひそめる。


「うん、ちょっと見ない間にずいぶん体格よくなっちゃったね。これに似合う服は今の手持ちにはないかな。仕方ない、ソールは保留。とりあえず、このお嬢さんを別日でお借りしようか」

 ブラダ公爵夫人がくるりとユリエに向き直った。ソールが息をつくのが聞こえた。

 それは「とりあえず俺助かった」なのか、「やっぱりユリエにいっちゃったか」なのか。

 どっちだ。


「バラーシュ嬢」

「は、はい」

 ユリエは姿勢を正した。

「私に1日くれないか? 私はかわいいもの美しいものを着飾るのが大好きなんだ。バラーシュということは、あの商会の?」


「はい。会長テオドル・バラーシュの娘にございます」

「おお! 最近防水撥水加工で、これもそうだ、世話になったよ。こっちでもいろいろ準備しておくけど、売り込みたいものを持ってきてもいいよ。私は新しいものも大好きなんだ」

 ブラダ公爵夫人は身に着けているストールをつまんで言った。確かに、その光沢は防水撥水加工がされている。ユリエはこのかっこいい、かつ遊び心を持つかわいらしいご夫人に、純粋に好感を持った。


 商業用でもなく、貴族的でもない笑みで答える。

「私などでかまいませんならば喜んで。1日と言わず、何日でも。お気に召しそうなものもお持ちいたしますので、それもあわせてごゆっくりお楽しみいただければ」

 伝わったのか、ブラダ公爵夫人は非常にいい笑顔になった。


「バラーシュ嬢に感謝するんだね。ソールの着せ替え遊びはちゃらにするよ。じゃ、約束だよ、バラーシュ嬢。私は捕らわれのお姫様を助けに行ってくる」

 ブラダ公爵夫人こそが元お姫様なのだが。

「よろしくお願いいたします」


 ブラダ公爵夫人を見送った後、ユリエはソールと目が合った。わかりやすく表情に感謝があふれ出ている。

(着せ替え遊びって言っちゃってたしね)

 確かに大人の男性がやられるには苦行だろう。

「つまらんな。うまく回避しやがって」

 王弟殿下が舌打ちして毒を吐いた。ユリエの「よかったですね」と言おうとしていた口が止まった。


「鍛えたかいがありました」

 ソールが薄い笑みで言う。なんなら王弟殿下に対してふふん、とせせら笑っている。

(そのために・・・鍛えたの?)

 着せ替え人形回避のために?

 理由が不憫すぎる。


「お前昔から姉上のお気に入りだったからな」

「着せ替えのね・・・」

 疲れたようにソールが言う。

「着せ替えのな」

 王弟殿下がくくっと笑う。


(どうしようこんな黒歴史を聞かされて)

 ユリエは耳をふさぎたい気持ちでいっぱいだった。あまり人に言えない秘密は抱え込みたくないのだ。

 根が単純だから。


「ソ、ソール様」

 ユリエが話しかけると、ソールは穏やかな笑みに戻った。今はこの笑みが若干怖い。

「ああ、助かったよ。ほんとにありがとう。この礼は改めて必ず。では殿下」

 ソールは王弟殿下に向き直った。

「私はあれを拾って待ち合わせ場所にぶち込んできますので」


 あれってミハイル様ですよね? 怒ってますね? ソール様。

「ああ、行ってこい」

 王弟殿下に手をひらひら振られ、ユリエとソールは部屋を出た。

 その後、ミハイル (と『カイル』の恰好をしたエレン) はすぐに見つかった。ソールの予想通り、アルティミシアの所在は把握していた。


「私は何も関与していないということでお願いいたします。貸し、一つですよ」

 冷気をまとった薄い笑みのソールがミハイルに言い置いて、ユリエとソールはホールに戻ってきたのだ。

 ミハイルとソールは仲が悪いのだろうか。そうだとアルティミシアが大変だ。

(違うか)

 大変なのは、ミハイルだ。



「ごめんレギーナ。待たせた」

 最後のダンスの曲が終わり、歓談を促す穏やかな曲がホールを流れ始めた頃、ホールに『カイル』が戻って来た。

 ユリエの隣で座っていたレギーナも自然に応じる。


「遅いわよカイル。体調はもういいの?」

「ああ、もう大丈夫」

 エレンは笑ってうなずいた。

 アルティミシアは、無事救出されたということだ。ユリエはレギーナと顔を見合わせて笑った。

(よかった)


 ミハイルとアルティミシアはここには戻ってこない。アルティミシアと合流したら帰るとミハイルは言っていた。もう馬車を手配してあるのだと。

 ユリエがソールを見上げると、ソールが視線に気づいてこちらを見た。

 穏やかな笑顔でうなずく。その顔はもう怖くはなく、優しかった。

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