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13. やっぱりお兄ちゃん①

 ミハイルは両親の顔合わせの後、母に追いやられてストラトス家を小さめの接待室に案内した。

 広い接待室は落ち着かないだろうと慮ってのことだ。アルティミシアの両親は、顔ににじませる気疲れが隠せていない。


 顔合わせ中は、マヌエル()が思いのほか気遣ってくれていた。あまりにも息詰まる空気になるようだったら多少のマナー違反を犯してでも介入してやろうと思っていたが、そんなことはなかった。

 だがストラトス伯爵夫妻は、公爵家の名に完全に委縮していた。


 ミハイルが婚約誓約書の署名を迫った時も、小動物のように怯えていた。

 それでも、最初はうなずかなかった。娘の幸せを願う父は、強かった。

 最後はミハイルが拝み倒すような感じで押し切った。


 今思えば、よく許しをもらえたと思う。いきなり押しかけた14歳の少年の、何の手順も踏まないわがままに、憤らなかったはずはない。公爵家の名がなければ、きっと成り立っていない。家の名をかさに着ることはあまりしたくなかったが、こればかりは仕方がない。ここから距離を縮めていくしかない。


「こちらをお使いください。飲み物と、つまめるものを何種類か持たせます」

 ミハイルはストラトス伯爵夫妻を誘導してまずソファに座らせた。

 すると後ろからついてきていたソールから声がかかる。

「私はメルクーリ別邸に帰る必要はありませんのでこれで失礼いたしますが、その前にメルクーリ様、場所を変えてお話をする機会をいただけませんか。お時間はとらせません」


 エレンがアルティミシアの無事を伝えに行った時のソールの印象は「心配性の、妹思いで優しいお兄ちゃん」だったらしいが、身なりや言葉遣いを整えているせいか、ミハイルがソールに持つ印象は少し違っている。


 ミハイルは貴族の笑みで答えた。

「もちろんです。私のことはミハイルとお呼びください。ストラトス伯爵も、夫人も、どうかよろしければ。ではストラトス嬢が戻られたらこちらにご案内しますので、それまでおくつろぎを」

「ありがとうございます」

 ストラトス伯爵が弱々しい笑みで答えると、夫人も目を伏せて座ったまま略式の礼をとった。


 ストラトス伯爵夫妻とは、また別の機会に交流を持った方がいいだろう。

「別室にご案内します」

 ミハイルがソールに向かって言うと、ソールも貴族の笑みを返した。



 ミハイルが案内したのは歓談室。4、5人も入ればもういっぱいの、別名「密談室」だ。

 家の従業員にも開放している、騒いでもかまわないように防音仕様になっている部屋。

 うっかり間違いが起こらぬよう、ソファは置いていない。飲み物が置ける程度のテーブルと、椅子がその周りにあるだけだ。


 あの場で話そうとしなかったということは、ソールの話は両親に聞かせる話ではないのだろうと考えてここにしたが、その判断は間違っていなかったようだ。

 ソールはこの部屋が防音仕様になっていることに気付いたようだった。


 部屋に入り、扉を閉めると、ソールは貴族の薄い笑みのまま、身長の利を活かしてミハイルを見下ろした。

「率直に言います。何の思惑があって妹との婚約を強行したのか、お聞かせ願いたい」

 低い声音、放つ鋭い空気、すさまじい威圧にミハイルは息を呑んだ。

(優しい、お兄ちゃん?)


 エレンを恨めしく思いながら気持ちを立て直した。飲まれるな。言い聞かせる。

 ミハイルは意識して口の端に笑みを浮かべた。

「思惑も何も・・・」

「一目ぼれなどとチープな言い訳は聞きません。あなたは以前より銀の髪・金の瞳の者を探していたそうですね?」

「!」

 何のことだ、としらばっくれることはできなかった。


 噂で聞いたレベルではない、ミハイルが探していたという『事実』を、ソールはつかんでいる。

(どこからだ)

 どこから漏れた。細心の注意をはらっていたが、影つながりでゼノンに漏れて、シメオンに流れ、マリクまで行き着いた。

 その、どの部分から漏れた。


 ソールは中央とつながっている可能性がある。それも、中枢だ。

 ソールは、マリク側の人間なのか。それとも。

「マリク王太子も同じ指示を王都の警備兵に出していた。だがあれはあなたに乗っかっただけだ。銀の髪・金の瞳を持つ者を探していたのは、あなただ。それは、何のために?」

 ソールが淡々と続ける。


「それは・・・」

 情報が少なすぎる。ミハイルは言いよどんだ。

 ソールがマリクに与する側の人間ではないということだけはわかったが、じゃあ誰に紐づいているのかということまでは、判断できない。

 あと単純に、『銀の髪・金の瞳を持つ人物』を探していた理由を、正直に言えるわけがない。


「警備兵に捕まった妹をウィーバー殿(メルクーリ家の者)が助けたのは、偶然ではない。そしてそれは、アルティミシアだったからではない。アルティミシアが、銀の髪・金の瞳を持つ者だったからだ。そのアルティミシアを、有無を言わせず囲い込んだ。その意図をお聞かせいただきたい。返答によっては、どんな手を使ってでもこの婚姻を、いや婚約をつぶす。たとえ相手が、筆頭公爵家であっても」

 ソールの紺の瞳が鋭く細められた。

 つぶせる後ろ盾を持っているのだと、言外に知らせている。王か。王弟か。マリクの異母弟、第二王子か。


 ただ、ミハイルにもわかったことがある。

 やはり、ソールは優しいお兄ちゃんなのだ。

 銀の髪・金の瞳を持つ者なら誰でも、アルティミシア()でなくともよかったんじゃないのか。

 誰でもいいなら、条件の合う他の人間を探せ。妹には手を出すな。

 と、言われている気がした。そしておそらく、それは間違っていない。


「俺が探していたのは、アルティミシアです。アルティミシアは俺のことを知らなかった。俺が一方的に、名前もわからないまま探していたんです」

 素の顔で、素の話し方の方がきっと伝わる。ミハイルは貴族対応をやめた。


「そんな時に、俺にあの意味不明な敵対心を持つ王太子に、俺が人を探していることをかぎつけられた。確かに、警備兵に捕まった時はまだアルティミシアだとわかっていたわけではありません。でもアルティミシアを見つけた時、何としてでも王太子から守る必要がありました。王太子からだけじゃない、誰にも渡したくなかった。俺の一方的な想いです。彼女の意思を無視することになってしまったのは事実ですが」


「領から出たこともなかったアルティミシアをどうしてあなたが探していたのか、疑問は残りますが」

 ソールがミハイルの言葉をさえぎった。

 少しだけ鋭さがやわらいだ瞳がミハイルを見つめる。見極めるように。

「今のところは、様子を見ることにします。本当に、あの子なんですね?」


 ミハイルはうなずいた。

「幸せだと思ってもらえるよう、努力します。今はまだ振り向いてもらえなくても、必ず」

「今日、あの子はきれいにしてもらったのだと嬉しそうに笑っていましたよ。あの、あなたの独占欲でできたようなドレスを着て」

 ソールは穏やかな顔でちくりとミハイルを刺した。

 はっきり言われて顔が熱くなる。素を見せてしまった後では、もう貴族対応で取り繕うことはできなかった。


 確かに、あのドレスを選んだのは意思表示のつもりだった。政略ではないのだと、両家の両親に、あと何よりアルティミシアに、わかってもらえるように。

「ひとまずは信じましょう。ただ妹を泣かせるようなことがあれば、次はお伺いを立てるようなことはしません」

 ソールは穏やかな顔のままで言った。低い、声音で。


 でも、いったんは認めてもらえた気はする。ミハイルは内心で息をついた。

「承知いたしました。鋭意努力することをお誓いいたします。・・・ストラトス様、敬語はおやめください。あと、義兄上(あにうえ)とお呼びしても?」

 ソールは笑みを深くしてミハイルを見た。

「どうぞ、ソールとお呼びください」

 てごわい。道のりは長そうだが、第一関門は突破した、気がした。



「こっわ! 何だあれ」

 ソールが帰った後、歓談室にはエレンがいた。

 防音仕様とはいえ、護衛のひそむ場所はある。エレンも話を聞いていた。

「『心配性の、妹思いで優しいお兄ちゃん』、には違いないな」

 ミハイルは苦笑した。とんだダークホースだ。


「宵の明星亭で会った時はあんなんじゃなかったぞ。取り乱して、何度も無事の確認をされて、何があったか詳細を求められた。ただただ人のいい好青年、て感じだった。ほんとに同一人物かと思ったよ」

 エレンは職業柄、嘘を見抜くことに長けている。そのエレンを惑わせるというのは、ソールのそれがどちらも本当の姿であるか、もしくはソールがエレン以上の技量の持ち主であるか、どちらかだ。

「どこの紐つき、だろうな? 王家に近くてマリクじゃないことだけは確かだ。調べられるか?」


 エレンは肩をすくめた。

「言われなくとも。お嬢さんには二人の姉がいるはずだが、そっちの方も調べとく。念のためね」

「頼む。・・・くそー、絶対に結婚するまでに義兄上(あにうえ)呼びの許可をもらいたい」

「あんなにいじられたのに結構気に入ってるんだな」

 呆れたように言うエレンに、ミハイルは笑んでうなずいた。


「あの人ほんとに(アルティミシア)が大事なだけなんだよ。好感が持てないわけがない」

「俺も調べるけど、公爵(マヌエル)がご存じかもしれないぞ? 中央に近い話なら、なおさら」

「ああ、そうだな。雑談まじりに聞いてみるか」

 ノックが鳴った。

 エレンが扉を開けた先にいるのはサリアだった。


「なぜこんな所にいらっしゃるのです」

 基本仕事の時は無表情のサリアに、若干不機嫌な感情がまじっている。

 サリアはアルティミシアを気に入ったらしい。

 なぜストラトス伯爵夫妻(お嬢様のご両親)を放置してこんなところで雑談をしている、ということだろう。

 いや俺がいる方があの人たちはまだ落ち着けないんだよ、と言える雰囲気でもない。


「すまない、探させた。母上との話は終わった?」

 素直に謝っておく。

「終わりました。もうお嬢様はストラトス伯爵夫妻のもとにお戻りになっています」

「どうだった?」

 サリアは給仕を任されていた。話の内容までは聞こえていたとしても守秘義務で話さないだろうが、第三者の印象は聞いておきたい。


「めろめろですね」

 サリアは仕事の口調のままで言った。

「めろめろ? どっちが?」

「どっちもです。さ、ストラトス家の方々をこれ以上お待たせすることはできません」

 全然わからない。歩き出すサリアをミハイルはあわてて止めた。

「サリア」


 サリアはぴたりと足を止め、首だけを振り向いた。

「ミハイル様」

「はい」

 思わず敬語になってしまう。

「不義理をしてお待たせして、奥様のご機嫌を損ねてはなりません。婚姻までお嬢様に会わせてもらえなくなりますよ」

 そんなに? 気に入られたのか? あの短時間で?

 呆然とするミハイルを置いて、サリアは歩き出す。


「ほら行くぞミハイル。すごいなお嬢さん、会う人会う人転ばして。魔王だったらメルクーリ家は壊滅状態だね」

 一番に転ばされたエレンが言う。ミハイルは、「勇者だけどな」と、口に出さずにつっこんだ。

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