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10. ミハイルの決意

 アルティミシアとのガゼボのお茶会が終わった直後、ミハイルはまたも自室のソファに沈み込んでいた。

「なあ、さっきガゼボに知らない奴いたぞ、誰だ、あれ」

 向かいに座ったエレンが、からかうように声をかける。エレンは護衛のために、見えないところに控えていたので会話はすべて聞いている。


「うるさい」

 くぐもったミハイルの声には力がない。

 エレンは思い出しくすくす笑いが止まらない。

「普通に話せばいいのに。何であんな残念な感じに」


「残念言うな。しょっぱなに『この婚約無理』って言われたんだぞ。誤作動も起きるだろ」

 沈んだまま、ミハイルはクッションを引き寄せて顔を押し付けた。

 もっと、ちゃんとできるはずだった。

 そもそも権力にあかせて強引に婚約をとりつけて、心象最悪なところから、マイナスからのスタートだ。


 アルティミシアにミハイルの顔力は効かない。効かないとわかっていても、全力でなりふり構わず行使した。

 令嬢をうまくかわす方法は知っていても、令嬢にうまく立ち回る方法は知らなかった。

 少しでも、プラス点数を増やしたかった。まずは、マイナスからゼロに。


 アルティミシアは、『ミハイルが探していた者』として、王太子と弟に目をつけられてしまった。

 ミハイルが探さなければ、巻き込まずに済んだ。それは本当に申し訳ないと思う。

 でもアトラスの転生者、『銀の髪、金の瞳を持つ人物』を探さない選択肢は、ミハイルにはなかった。

 それはイオエルの願った女神の祝福(ギフト)に関係する。


「『婚約が無理』とは言ってなかっただろ、『この婚約には無理がある』って言ってた」

 訂正するエレンに、ミハイルはすねたように言葉をかえす。

「同じことだろ。解消を迫られた」

 どうふるまうのが正解か。わからずに最初から緊張していたことは否めない。

 だが、あれが決定打でミハイルは誤作動を起こした。素で話そうと思っていたのが吹き飛んだ。


「お嬢さんからしたらさ。そりゃわけわかんないだろ。普通に考えて公爵家が伯爵家に、『一目ぼれ』を理由に婚約をつきつけてくるわけがない」

 エレンの言葉がさくりと刺さる。


 アルティミシアからしたら、王太子と弟の存在は知らないし関係ない。ただ、ミハイルの婚約騒動に『巻き込まれて』しまっただけなのだ。

 巻き込ませないつもりが、自らの手で巻き込んだ。

(ごめん、でも)

 でも、もう手放したくない。

 アルティミシアに歩み寄りたい気持ちはイオエルのものではない。間違いなく、ミハイルの意思。

 側にいたい、振り向いてもらいたいのはミハイルだ。


「本当に一目ぼれだって言ったとしても、信じちゃくれないだろうな・・」

「正確には『惚れ直した』だけどな。女の子だと思ってなかったとはいえ、探してたんだろう? でもまあ、一目ぼれか。お嬢さん見つめて、お前あの時瞳孔開いてたから」

「嘘だ」

 動揺してもぞもぞと起き上がるミハイルに、エレンが苦笑する。

「ほんとだよ。あんなにわかりやすいのに、当のお嬢さんが気づかないんだもんな。お前のことあんなにガン見してたけど」


 アルティミシアのあの時の反応は、まだアトラスの記憶の混濁がある中で、ミハイルにイオエルを見ていたからだろう。ミハイルも、イオエルの記憶が戻った時は、幼なすぎて自分の自我もちゃんと確立していなかったこともあり、だいぶ引きずられた。


「そういえばお嬢さん、不思議な質問してたな」

「ああ・・・あれな」

 ミハイルは起き上がってきちんと座り直すと目を細めた。


『あなたは本当に、私のことを、その、女として見ることができますか?』


 意を決したように、アルティミシアはミハイルにそう問いかけた。

 あれは、暗に『ミハイルにはイオエルの記憶があるんじゃないのか』と聞いていた。

 アルティミシア自身がそうであるように、もしミハイルにイオエルの記憶があれば、アルティミシアがアトラスの生まれ変わりだとすぐわかる。容姿がそっくりだからだ。

 アルティミシアは、『イオエル()アトラス()に求婚するつもりか』と、不安を抱いている。同性愛は別に珍しいものではないが、この場合、次期公爵夫人としての義務を果たせるかどうかの不安だろう。アルティミシアがアトラスの生まれ変わりだと知って、それでも妻にと望めるのかと。


(望むに決まってる)

 ミハイルはイオエルの記憶を持っているだけの少年で、アルティミシアはアトラスの記憶が戻ってしまっただけの少女だ。

 ミハイルが魅入られたのは、アトラスではない、アルティミシアだ。

 でもまだアトラスの記憶に引きずられ気味の今のアルティミシアにそれを説明しても、『あ、そう、納得』とはならない気がした。

 だから、論点をずらして、はぐらかした。


 今ミハイルがイオエルの記憶を持っていると知れば、『イオエルってアトラスをそういう目で見てたの?』ともなりかねない。それはイオエルにも申し訳ない。イオエルにあったのは、見返りを求めない、もっと純粋なものだ。


「まあお嬢さんの不安もわからないではないけど」

「不安?」

「そりゃさ、ここぞとばかりに着飾ったきれいなお姉さま方に言い寄られて囲まれて生きてる『国の至宝』の目に映る自分に、不安があってもしょうがないよ。お嬢さん、ただでさえ幼く見えるし」

 エレンは二人の転生の事情を知らない。だからこれは、アルティミシアのあの質問に対して思う一般的な意見だ。


 おそらくアルティミシアはそんな心配など露ほどもしていないだろうが、はたから見ればそう見えるのだろう。

「守りを、固めないとな」

 その『不安』をあおって引きずり落とそうとする小バエは、婚約誓約書があってもわいてくる。

 無理やり婚約させられているアルティミシアにとっては、「あなたふさわしくないのよ」なんて言われても不本意この上ないだろう。

 そんな小バエの羽音は、極力聞かせない。


 そして何よりも。

(早く)

 『無理やり婚約』じゃない状態に。

 アルティミシアに、振り向いてもらえるように。

 想いが、伝わるように。できる限りのことをしよう。

 ミハイルは、これからやるべきこと、やれることをめまぐるしく考え始めた。

お読みくださりありがとうございます!

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