罠か宝か、仕掛けの続くトンネルの外
結構な間隔が空いてしまって申し訳ありません。
新しい年が明けて数日。今年もよろしくお願いいたします。
眩しいくらいの陽の光が、さんさんと降り注ぐ、大きな広場。僕たちが昨夜キャンプした場所よりも、そこは大きく開けた場所になっていた。
「広いな……」
「明るいね……外に出たのかな?」
「いや、もう一段上に木が見えるか? あそこが地上だ」
「あ、ホントだ」
リードが指差した先には、大人の背丈くらいの崖の上に見える地上の植物。
ここは、どうやら地上に開いた穴の底みたいな場所らしい。僕たちは洞窟の中をゆるゆると下ったり上ったりして、小高い丘の上に開いた穴の底に出たみたい。
この場所は町から見て東の外れにあるはず。東の外れって言ったら、巨大な岩山が連なっていて、人々の行く手を遮っている場所だ。その先に行くには、大きく迂回して行かなきゃならないんだけど、どうやら僕たちは洞窟を抜けて、その岩山のどこかに行き当たったんだろう。
「わ、何なのここ?」
追いついてきたミルスが、眩しそうにその手をかざして声を上げた。
「あそこが終点ではなかったんですね……」
クリストが言う『あそこ』っていうのはもちろん、昨日僕たちがキャンプした場所のことだろう。
「うん。どうやら、ここが本当の終点みたいだね。これ以上進めそうにないし」
「そうだな。この広場のどっかに、お宝があるんだ。よし、捜索開始だ!」
リードの言葉に、僕たちは二手に分かれて探し始めた。単独で動かないのは、万が一に備えてのこと。僕たちは冒険の間はほとんど単独で行動しない。何かあった時に困るからね。それから、大抵の場合はリードとノイズ、僕とクリストはばらけるんだ。リードたちは物理攻撃専門の戦闘班、僕たち二人は魔法を使えるから、戦力を均等にするとなると、当然、こうなるわけだね。それに、僕とクリストが一緒になったら、単純な戦闘能力だけ考えてみても、どうしても不利になっちゃうもんね。
今回、僕はリードと組むことになった。ミルスのことを考えたら、リードとクリストたちが組んだ方が良さそうなんだけど……ノイズとの相性はクリストの方が良いからね。
「どう? リード、何か見える?」
高い場所にある岩の間を覗き込むようにしていたリードに声をかけてみる。リードが背伸びして見てる所なんて、僕には空を飛ばない限りは見えないからね。いざって時には浮遊の魔法もあるんだけど、今はそれを使う時じゃない。浮遊の魔法は、結構な魔力を消耗するし、とりあえず宝箱を探す目的なら、それを使うのは最後の手段、ってところかな。
僕は足元や僕が見える範囲での壁とかを観察していた。もしかしたら、いつかのトラップみたいに壁に仕掛けがあるかもしれないからね。でも、その壁や地面にはほとんど隙間なく苔や植物が生えていて、なかなかそれらしいものは見つけられない。そもそも、そんな簡単に見つかるはずもないんだけどね……。
「なんもねーな……」
ぼやきながらリードがこちらを覗き込んでくる。
「そう簡単には見つからないかもね。ざっと見回してもありそうな場所ないもん」
「また隠しスイッチとかか?」
「その可能性は大きいと思うよ。ねえクリスト」
と、僕は反対側を探しているクリストたちを振り返ってみた。ちょうど彼らも、同じような表情でこちらを見返したところだった。僕たちの意見は一致。そして今度は、ただ見て回るだけじゃなくて、隠れたスイッチがないかどうかの捜索。ある程度の目星をつけて捜索するのとそうでないのとでは、目の付け所が変わってくる。
そして、黙々と捜索することしばし。
「あっ」
「あったかルシア?」
「いや、何かそれっぽいってだけで……」
僕が見つけたそれは、やっぱり壁にあった。すっかり苔に覆われて、よくよく見ないと分からないくらいになっていたんだけど、その下の地面が妙に整えられていたから、何か変だと思ったんだけど……。
「ここ、妙に地面が平らじゃない? この出っ張りも気になるんだよね」
「確かに……気になるな」
「あからさまな罠じゃないの?」
覗き込んできたミルスが、クリストにしがみついたままで言う。言い方は僕たちを見下してるみたいだったけど、興味がない訳でもなさそうだ。
「でも他にそれらしき物は見つからなかったじゃない。だったら、これを試してみてもいいんじゃないの?」
後ろから覗き込んできていたノイズが、ミルスに言う。探し疲れたのか、声には少し投げやりな響きがあった。
「どう思う? クリスト」
「何で俺に聞かねえんだ?」
ちょっと恨めしげな声が聞こえたけど、それは無視。クリストの答えを待つ。
「そうですね……私たちもそれらしき物は見つけられませんでしたから……試してみても良いんじゃないかと思いますよ。どうです? リード」
「おう、クリストもOKなら良いぞ、俺は文句なし」
「よし……それじゃ、押すよ?」
みんなの顔を見渡して言う。全員が頷いたのを確認して、僕は壁の出っ張りに手をかける。軽く押してみたけど、ビクともしない。今度は両手で、体重をかけるようにして強く押す。
「んん……えいっ!」
ごぐんっ!
「わっ!」
いきなり石が思いっきり引っ込んだ! 体重をかけてたから、その勢いで僕も石と一緒に壁に吸い込まれるようにつんのめる。
『ルシアっ!』
がらあ……ん……
重い音が遠く下の方で聞こえる。僕は間一髪、みんなが助けてくれたお陰で落ちずに済んだ。マントや服が目一杯引っ張られて、僕がそれにぶら下がるようにして、上半身穴の中だ。まさか石が落ちるなんて……頑張って元の位置までよじ上って、僕は大きく息をついた。いつの間にか、汗びっしょり。
「大丈夫かっ?」
「う、うん……リード、ありがとう……ああビックリしたぁ……みんなありがと」
「気をつけろよ……こっちも焦ったぜ」
まだ心臓がバクバクいってるよ……あのまま石と一緒に落ちてたら、きっと僕は助からなかった。引っ張ってくれたみんなに大感謝。
僕が落ち着くのを待って、今度は石が落ちた穴に向き直った。綺麗に四角く、ぽっかりと暗い穴が開いていた。今のところ、何の変化もないみたい。
「何も起きませんね……」
用心深く穴の中を覗き込むクリスト。ミルスはさっきの騒動の時、とっさにクリストが後ろに下がらせていて、今も僕たちの後ろから見守るようにしている。
「ちょっと、危ないわね……大丈夫なの?」
恐る恐る僕たちの方に近づいて、震える声で聞いてくる。正直、大丈夫かどうかは答えられない。僕たちだって、モンスターの気配とかはある程度分かるけど、こういうトラップの類は、安全かどうかを見極める術がないんだ。盗賊とかを生業にしている人なら分かるかもしれないけどね。
「どうだ? クリスト、何か見えるか?」
明かりを穴の中に入れて、穴の奥やその周辺をじっくり調べていたクリストが顔を上げた。
「どうやら、この奥にもう一つスイッチがあるようですね……」
「もう一つ?」
「今度のは大丈夫なんでしょうね?」
ノイズも、ミルスと同じことを言う。大丈夫かどうかなんて分かんないのに……。言おうとして、僕はやめた。どっちにしろやってみるしかないんだから。
「さあ、大丈夫かどうかは分かんないよ。ただのトラップかもしれないし、お宝が出てくるかもしれないし」
僕は穴の傍から離れないままで、ノイズたちを振り返って言う。
「実はブービートラップで、モンスターとかが出ないとも限らないから、後ろも警戒しててね」
「ええ、分かってるわ」
言ってノイズは改めて身構える。今度はクリストがスイッチを押す番だ。僕じゃ、奥まで手が届かないからね……。クリストは慎重に穴の中に身を乗り出して、奥に手を伸ばす。明かりを持ったままじゃ無理だから、僕が横から杖の先に灯した明かりを差し出す。
「では、押しますよ」
「おう」
かちっ
みんなが固唾をのんで見守る中、乾いた小さな音が響いた。しばしの沈黙。
ごごごごご……
『!』
慌てて周りを見渡す僕たち。
急に地鳴りのような低い音が響き、地面が揺れ始めた。パラパラと岩が軋み崩れ落ちる音も、草木が引きちぎられるような音も聞こえてくる。
「な、何だ?」
「みんな! 地面よっ!」
ノイズが叫ぶ。 彼女が示しているのは、今僕たちが居る場所だ。叫ぶと同時にノイズはミルスを抱えて飛び退る。反射的に、僕たちもそれぞれバラバラの方角に飛び退いた。
妙に整えられていたあの床だ。どうやら音はそこから聞こえてきているらしい。
ごぐうんっ!
『おわあっ!?』
いきなりその床が消えた! 扉を開けたように、床が下に向かって開いている。またもや綺麗に四角くくり抜かれたように、暗い穴が見えた。と、
ずずずず……ず……っ
今度は岩同士が擦り合わされるような音。みんなその場から動かない。四角く開いた地面の穴からは、不気味とも言える音が続いていた。
「何が起こるんでしょうか……」
誰にともなくクリストが呟く。知らず、僕たちは足元を気にしつつ集まり、寄り添って立ち尽くしていた。音は少しずつ大きくなってくる。穴を覗き込んでみたいけど、何か飛び出てきたりしたら……そう思うと怖くて、結局ただ見守っていた。
「何か出てきた……?」
ゆっくりと、だけど確実に、穴から何かがせり上がってきているのが見えた。
「わあ……」
感動したような声を上げたのはミルスだったけど、他のみんなも似たような声を出していたのかもしれない。
だんだんとはっきりしてくるその影は、どうやら生き物ではないらしい。いきなり襲ってくる様子はなさそうだけど、まだちょっと、緊張を解くワケにはいかない。
『宝箱だっ!』
全員の声が見事にハモった。
そう、穴の底からせり上がってきたのは、紛れもなく宝箱だった。
石を積み上げた台座の上に、どっしりと、重量感のある古ぼけた箱が乗せられていた。箱は古いけど、造りはかなりしっかりした、頑丈そうなものだ。濃い茶色が主体で、縁取りをするように黒っぽい金属が張られている。まさに絵で見るような宝箱然としたシロモノだ。
「まさしく、宝箱ですね……」
ずれた眼鏡の位置を直しながら、クリストが呆然としたように呟く。
「ま……間違いないわ! これよ! ほら見てみなさいよ、この模様!」
ミルスがノイズの腕をすり抜けて宝箱に駆け寄って叫ぶように言う。ミルスが示したのは、宝箱の蓋と胴体を繋ぎ合わせた鍵の部分。そこには紋章のような絵が描かれていた。
「これはエリオット家の紋章よ! これに間違いないわ!」
かなり興奮したミルスがまくしたてる。
「でもこれ、どうやって開けんだ? お前鍵とか持ってるのか?」
リードが興奮しながらも少し冷静になって言う。リードにしては珍しい言葉。
「そ、そうね……鍵なんて持ってないわ……蔵には地図以外になかったし……」
勢いを削がれたようにミルスの声が小さくなる。確かに、ミルスから預かった物は地図だけ。これには確実に鍵がかけられているはずだから、鍵が無いと開けられないってことになるんだよね……。
「こうなったら、宝箱ごと持って帰るしかないわね。で、後で蔵の中をもう一度探してみたらどう? もしかしたら、地図とは別の場所に保管してあるかもしれないでしょ?」
ノイズが腕組みをしながら提案する。いつもなら、リードと先を争って宝箱に飛びつきそうなものなのに、さすがに今回は持ち主がいるからか、それを抑えているみたい。
「それもそうね……」
言いながら、ミルスは注意深く宝箱に近づいて、手を伸ばす。僕たちはそれを黙って見ていたんだけど、ただ見ていたワケじゃない。こんなときも、周りへの気配りは欠かさない。もちろん、宝箱そのものに対しても、いつ何が起きても対応できるように身構えていた。
ミルスがそっと宝箱に手を触れる。触れた。その時、変化は起こった。
「な、何よこれ……っ?」
ミルスがそれに触れた途端、鍵の部分、紋章が光を放ち始めた!
「ミルス、下がって!」
腰を抜かしたミルスを引っ張って、宝箱から距離を取り、そのまま見守る。光はだんだん強くなって、そのうちに目が開けていられないほどにまばゆく光り輝いた。辺りが光の洪水に飲み込まれる……僕たちは、何が何だか分からないうちに、その光の洪水に流されるような感覚に陥った。
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