洞窟進軍と未知との会敵
洞窟内を進む一行。洞窟といえば未知との遭遇。彼らが出会う『未知』とは、 一体どのようなものか……?
「わあ……」
思わず声が漏れる。
進んだ先には、想像通りの風景が見事に存在していた。
「素晴らしい鍾乳洞ですね……自然のまま、なのでしょうか……」
「うーん……何か人の手が加えられた気配があるような……ないような……」
クリストの言葉に、何となく言葉が濁る。天然のものって、実際に見たのは初めてなんだけど、本なんかではよく目にする。周りの鍾乳石は多分天然もの。ゆっくりと間隔を空けて落ちてくる雫にも、脇を流れる暗い水の流れも、手の加えようがない。でも何となく人工的に見えるのは、足元。昔のことだろうけど、人が行き来したような、道のようなものがうっすらと残っているような、そんな感じがする。でも道ができるほどの人数が出入りしていたとは思えないんだけどなあ……。
「おい、滑って転ぶなよ。そこの川だって、落ちたら二度と上がって来れねーかもしれないからな」
「ええ」
「う、うん」
そう、闇から出て闇に消えていく川の流れは、何処に行きつくのか分からない。多分、また地下に潜っていって、どこか遠い土地にある海に続いているのかもしれないし、湖に流れ出るのかもしれない。いずれにしろ、川や海がある場所なんてこの辺りでは知らないから、万が一川に流されちゃったりしたら、生きて出てくることはできないのかもしれない。そう思うと、急に怖くなってきた。
「大丈夫だって。んな心配すんなよ。落ちても絶ってー助けてやるから」
頼もしくリードが胸を張って言う。こういう時は、たとえそれが虚勢だとしても頼もしく思えちゃうから、リードって不思議。
「信頼してるからね、リード」
「おう」
背中で応えて、リードはゆっくりと前進する。長い長い鍾乳洞は、なかなか表情を変えない。変わるのは、流れる水が見えたり消えたりすることくらい。あちこちから伸びている鍾乳石も、形こそそれぞれだけど景色を変わったふうには見せてくれなかった。
「まったく……いつまで続くのよ、この洞窟……」
早くも不平を漏らし始めたのは、言うまでもなくミルスだ。歩くことに慣れて来たのか、歩調は少し安定しているみたい。
「ミルスあんたねえ、少しは文句言わないで歩けないの? 仮にもあんたの家の洞窟なんでしょ?」
さすがにノイズも呆れた声だ。まあ、二人の言い分もわかるけどね。確かに、この道はかなり続いている。ミルスが疲れるのも仕方ない。多分、普段はこんなに長い距離を歩くことはないんだろうからね。足元が悪いことも疲れの原因になっていることに間違いないしね。
「あたしはこんな洞窟来たことないって言ってるでしょう! 中がどんなふうになってるかなんて知らなかったわ!」
「まったく無責任よね」
「うるさいわね! あなたたちも早く宝箱を見つけてよ!」
「何ワケ分かんないこと言ってんのよ! あんたも探すのよ」
またまた言い合いを始めるノイズとミルス。……案外元気じゃないか……。
僕はちょっと疲れた気分のままその言い合いを聞いていたんだけど、僕だって疲れてないことはない。常に辺りに気を配りながら、ミルスの言う宝箱を探してるんだ、結構疲れるよ。でも多分、そこら辺に転がってるワケじゃないと思うんだよね。ま、ごく稀にそういうのもあるけど。
「多分、奥に別の空間があると思いますよ」
地図を見返しながらクリストが言う。今ミルスの面倒は(ケンカしながら)ノイズが見ている状態。いくらなんでも依頼者であるミルスを放置するほど愚かじゃないからね。クリストも少し解放されたんだと思う……何かから。その証拠に、言い合いをしながらも、ノイズは器用にミルスの安全に気を配っている。リードは前方、そして僕がその後に続いて左右を。クリストたちは左右と後方に気を配りながら進んでいく。
「この先ちょっと上り坂っぽいぞ。気をつけて来いよ」
「うん、分かった」
「ミルス、足元気をつけるのよ」
「分かってるわよ」
言いながら、ノイズはミルスの足元をランタンで照らしながら、注意深く進んでいく。ちょっと湿気が多くなってきている気がするし、足元が滑りやすくなってきてる感じもする。それでいて空気も少しだけ冷えてきて、何となく風があるような、すっきりと冴え渡っているみたいな感じだった。
「何かありそうな雰囲気だよね」
先を行くリードに声をかける。
「ああ。周りにも何だか苔生えてきてるし、外から風が入ってきてるみたいだな」
気づけば、風が立てる音だろうか、ヒューヒューという独特の音が聞こえてきている。周りの苔はヒカリゴケだね。ほんのりとした明かりが灯っているみたいだけど、今までは僕たちが持ってる魔法の明かりで気づかなかったんだ。クリストもそれには気づいたみたいで、時々岩壁に近づいては苔を観察していたりする。
「ちょっと待って」
僕がみんなにストップをかける。……何かがいる。みんなはそれを察して、さっと身構えながらミルスを護るようにして僕の周りに集まる。
「な、何よ? 何があるってのよ?」
一人状況を分かっていないらしいミルスが、戸惑いの声を上げる。
「あんたは黙ってなさい。何かいるわ。あたしたちの指示に従わないと、怪我するかもしれないわ」
ぴしゃりとノイズがミルスの次の言葉を遮る。すでに臨戦態勢。
僕が感じた気配は、僕ら一行の右側を流れる暗い川の中からだった。流れる清らかな音に混じって、不安定にゆらゆら揺れるような黒い気配が大きくなってくるのが分かる。
「川の中」
「ああ、分かってる」
クリストは早くも防御結界用の魔法を唱えている。だけどそれを待たずに気配は大きさを増して、姿を形作ろうとしていた。
それは初め、小さな黒い虫みたいなものの集まりだった。さわさわと羽虫みたいな音を立ててそれは集まり、固まり、一つの大きなものになっていく。川の中から湧き出た黒い塊は、大人が三人くらい集まった程の大きさになって、川から出てこちらへと向かって来る。……ゆっくりと。
「何だろう……あれ……モンスターだよね?」
「多分、モンスターの類いでしょうけど……」
問いかける僕に、ちょっと戸惑ったようなクリストの声。襲って来るにしては様子がおかしい。動きがゆっくり過ぎる。様子を見ているのかもしれない。
その黒い塊は、粘土で作ったような歪なヒト形をしていたんだけど、その顔の中心辺り、目に当たる部分だけ、異様に大きな白い光が二つ光っていたんだ。黒い塊の中の白い二つの光。かなり不気味だった。
「こっちから行くか?」
「いえ、様子を見た方がいいわ……ね、ルシア」
「うん……そうだね。って!」
ばしゅうっ!
「っぎゃああっ!」
ずざざざっ!
いきなり突進してきた黒い塊は、攻撃意思を剥き出しにして、突然の猛スピードで僕たちの中に突っ込んできた! やっぱり攻撃意欲満々のモンスターだっ!
リードが咄嗟にミルスを抱えて横っ飛びに避け、僕はその反対側に飛び退ってかわす。クリストは魔法が完成しないままでノイズと一緒に川の方へと避けている。立ち位置が逆転する。そしてそこで魔法が完成。
「白き衣よ!」
クリストの声が響くのと同時に、僕たちの身体を淡い光が包み込む。そして、僕たちの身体は少しだけ軽くなって動きやすくなる。
「クリスト、ミルスを頼む!」
「分かりました!」
目標を探すみたいに頭ごと巡らせているモンスターの脇をすり抜けるようにして、リードがクリストに駆け寄ってミルスを託す。そのまま左手の剣を構えてモンスターに突進していく。ほぼ同時に、ノイズも走り出す。
モンスターは、ゆっくりとこちらに向き直る。動き出すまでの動作はゆっくりだけど、一度目標を定めたら動きは速い。多分直線的な動きだけだとは思うけど、油断はしないほうがいい。
モンスターは川から出てきた。だったらきっと、水属性の魔法には耐性があるかもしれない。僕は口の中で呪文の詠唱を始める。ちなみに、唱えているのは炎の魔法。密閉された空間じゃないことを祈りつつ、不定形の相手に対してもある程度の範囲効果はあるはず。
「喰らいやがれっ!」
吠えてモンスターに突っ込んでいくリード。モンスターは突っ込んで来るリードとノイズに目標を設定したらしい。ゆっくりとした動きから、彼らに向き直ってやはりゆっくりと身体を動かし、構える。と、すごい勢いで動き出した! 真っ直ぐにリードたちにぶつかっていく!
「真っ正面からっ!」
「行くわよっ!」
滑る地面でも最大限に加速したノイズの拳が、リードの剣が、左右に回り込んでモンスターを捉える。
ざじゅっ! ぶおんっ!
「っ?」
「!」
手応えはなかったみたい。すり抜けるように、二人との立ち位置が入れ替わった。
「おいっ? 何だこいつっ!」
「実態がないの?」
すり抜けた剣と拳とを交互に見ながら、リードたちが戸惑いの声を上げる。
「バースト・フレア!」
ごごおうっ!
僕はリードたちには応えずに、唱えておいた術を発動させる。杖の先端から炎が吹き出し、凝縮し、モンスター目がけて突き進み激突する! だけど、やっぱり手応えがない。
炎の余波が薄れていく中で、僕たちは見た。モンスターの身体が黒い煙のように分散し、ゆっくりと塊に戻っていく様を。
「あれじゃ当てようがねえぞ、どうする?」
焦ったようなリードの声。単純な物理攻撃しかできないリードたちにとっては、厄介極まりない相手だ。とは言え、僕にしたら簡単かって聞かれたら、そうでもない。今の炎の術のやり過ごしかたを見たら、他の魔法でも同じなんじゃないだろうか……あ、そうだ!
さて、ルシアが思いついた妙案とは?
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