悪路を超えていざ洞窟へ
ちょっと間隔が空いてしまいましたが、ようやく洞窟までは到着しそうです。
道のりは決していいとは言えなかった。洞窟までの距離そのものはそんなにないんだけど、道は整備されていない自然の草原。草木の背丈は僕の顔に届くかどうか、ってくらいに伸び放題だし、足元はその草木と岩とか石ころとかでデコボコ。馬車だって何度も大きく揺れたし、その度に中で小さくミルスが悲鳴を上げる。
その合間にも、モンスターは襲って来る。単体だったり、小さな群れだったり。この辺りには野生の獣も多い。ただの獣なんだかモンスターなんだか分からないような生き物が数多く生息しているらしい。
「ミルス、もう少しだよ。大丈夫?」
馬車から顔を出さないミルス。気分でも悪くしたのかな。外から見てもかなり大きく揺れてる馬車に乗ってたら、僕だったら乗り物酔いしそう……。
「だ、大丈夫よ……」
聞こえてきた声はかなり小さかったし、ちょっと元気無さそうに感じた。やっぱり気分悪いんだろうね。でも、もう少しで洞窟の入り口が見えてくるはずだから、もう少しの辛抱だよ。
「あと少ししたら、馬車から降りて歩かなくちゃならないからね。少しでも動きやすい格好にしといた方がいいよ」
元気のないミルスにはちょっと酷かもしれないけど、これからのことを考えて、付け足しておく。
「分かったわ……」
言うと、中でなにやらごそごそとした物音が、馬車の足音に混じって聞こえてきた。
足元はどんどんと険しくなってくる。そろそろ馬車だと進めなくなる。周りの草木もどんどん顔色を変えて、太くて大きな木が茂ってきていた。
「そろそろ馬車キツくなってきたな……この辺りからは歩きだ」
リードが手綱を引いて馬を止める。僕たちは荷物を降ろそうと馬車に寄る。
「ちょっと開けないでよ、今着替えてるんだから!」
「ああ、はいはい。終わったら声かけろよ」
「分かってるわ」
そしてしばらく、馬車の周りで僕たちは周囲を警戒しながらミルスが出てくるのを待つ。周りの風は強く、そして少し冷たい。
かたん……
「待たせたわね」
「おう」
出てきたミルスは、一応ズボンを履いているものの、ひらひらしたミニのスカートを重ねて着してるし、靴にいたってはちょっとヒールのあるブーツスタイルだった。
「ミルス……あんたそんな格好で! これから洞窟に入ろうってのに」
彼女の姿を見た途端、ノイズが抗議の声を上げる。それを聞いたミルスの反応は、やっぱり上から目線で偉そうな態度。
「あなただって似たような格好じゃないの! ヒールは高いし、肌の露出は多いし。人のこと言えないわ」
「あたしはこのままで戦えるからいいのよ!」
「あたしだってこの格好で少しくらいなら走れるわよ!」
「ま、まあまあ二人とも……」
言い合いを始めた二人を、クリストが少したじろぎながら仲裁に入る。ノイズもミルスも、お互いに『ふんっ』って言ってそっぽを向いて、それでも言い合いはやめた。……さすがクリスト。ノイズって、滅多なことじゃクリストには文句とか言わないんだよね、何故か。
「おい、馬車から荷物降ろすの手伝ってくれよ」
「あ、うん」
リードの呼びかけには僕が応じる。必要な荷物を幾つかに分けて持ち運びやすいサイズにして、メンバーのそれぞれが分担して持つ。
今回の洞窟、奥行きとか道のりがどんなだとかっていう情報がない。だから、とりあえず何が起きてもいいように、最低限のキャンプができる程度の荷物になってるんだけど……食料を少し豪華にした分、いつもよりも荷物が多いのは仕方ない。
「よし、準備はいいか?」
「うん」
「ええ」
それぞれの装備と荷物を確認して、洞窟への道を改めて地図で確認する。
足場の悪そうな山道をもう少し進むと、洞窟への入り口が見えてくるはず。ちょっと道は険しいけど、洞窟内はこれより足場は悪いだろうから、今から不満は言っていられない。
「ミルス、足元気をつけて」
「ええ」
ミルスだけは手ぶらにして、少しでも歩きにくさの軽減をはかる。その分、僕たちの荷物が増えたんだけどね……。慎重に、僕らは歩みを進める。ちなみに、馬車は手近な木の幹にくくり付けてある。モンスターは何故か家畜とか野生の動物は襲わないんだけど、万が一にでも馬が襲われたら可哀想だから、馬だけはいつでも逃げられるようにしてある。
一行は、リードを先頭にして後ろに僕、ミルス、クリスト、ノイズの番だ。一列になって歩いて行く。前後左右、どの方角から敵が襲ってきても対応できるように、全員が周囲に気を配りながら進むんだけど、当然のことながら……ミルスの注意は自分の足元と服だけに向いていた。まあ、変な所で転んだりされても困るからいいんだけどね。
足元はさすがに悪かった。整備どころか獣道すらないような場所だ。地図とコンパスを頼りに進んで行くしかない。
「ミルス、大丈夫?」
ちょっと後ろを振り向いて様子を見てみると、周りの草木の枝や葉が服につかないようにしきりに気にしながらも、何とか僕たちの歩く早さについて来ている。僕たちも、いつもよりは大分歩く早さは調節しているつもりだけど、それでもよくついて来てるね。ぶつぶつ何か文句を言ってる声は聞こえてくるけど、それを気にしてたらキリがないから何とか無視。
「お? これか?」
「え?」
先を行くリードが何やら発見した様子。僕はリードに追いつくと、その背中越しに彼が見ているものに目を向けた。
「わあ……」
「何よ、あったの?」
少しだけ肩で息をするようにしながら、ミルスも追いついて来る。続いて、クリストとノイズ。
「こ…………ここに入るの?」
それを目の前にして、ミルスが声を震わせる。恐怖というよりは嫌悪感に近いのかもしれない。
そこは、洞窟というよりもちょっとした穴だった。小さな丘に差しかかる途中にある木々に囲まれた斜面にぽっかりと、人が一人通れるような暗い穴があった。周りは色の濃い草や木々に囲まれていて、何かの動物の住処みたいだ。
「獣の巣じゃないよね?」
「んー……多分。クリスト、どうだ?」
どう、というのは地図上での確認のこと。クリストが地図とコンパスを交互に見て、複雑そうに顔を上げた。
「正直な所、何とも言えませんね……。地図には洞窟の目印になるようなものは記されていませんから……ミルスさん、何か目印になるようなものはご存知ありませんか?」
「い、いいえ、知らないわ。洞窟のことなんて、あたしお父様にもお母様にも聞いたことないですもの」
「ちょっと見てくるわ」
言って、リードが携帯用のランタンを取り出す。頷いて、僕はその中に魔法の光を唱えて入れた。それは青白い、鮮やかな光を放っている。
「気をつけてね。何が居るか分からないんだから」
「おう」
リードは応えながら、明かりの入ったランタンを穴の中に入れる。
「真っ暗だな……当たり前か」
なにやらぶつぶつ言いながら、慎重に奥へと明かりを進ませ、自分もそれについて、闇の中に身体を滑り込ませて行く。やがて完全に明かりとリードの姿が見えなくなった。
「おおーい、大丈夫だ! 中結構広いぞ」
壁に反響したリードの声が聞こえた。僕たちは顔を見合わせて一つ頷くと、それぞれにランタンを取り出した。それに僕が同じように魔法の明かりを入れていく。そして、僕が先頭に立って穴の中へと進む。続いてクリストがミルスと一緒に、そして最後にノイズ。
ちなみに僕はランタンを持っていない。杖の先についている玉に明かりを灯してるんだ。それを目の前にかざして、周囲を良く見てみる。
「うわ……本当に天然の洞窟なんだ……人の手が入った気配がないね」
小さな独り言みたいに呟いた僕の声も、周りの岩肌に反響して大きくなる。奥の方にリードが持つ明かりと、彼の影が見えた。
「やだ、ホントに真っ暗じゃない、きゃあっ! なんか触ったわっ!」
ミルスの悲鳴じみた声が、やたらと大きく反響してやかましい。ほとんど絶え間なく何か喚いているみたいで、それが戦闘中のノイズみたいだ。……ノイズが戦ってる時も、気持ち悪いだの何だのとやたらに叫ぶからね。
僕はミルスの叫び声を後ろに聞きながら、リードのもとへと少し急いだ。今のところモンスターの気配はないみたいなんだけど、単独でいるよりも固まっていた方が、いざってときには戦いやすい。
洞窟の中はひんやりとしていて、地下ダンジョン特有のじめじめした湿気がこもっていた。カビ臭い風が、不気味な音を立てて遠くで響いている。どこかに穴でもあって空気が出入りしているらしい。風が通っていても、洞窟内はカビ臭かった。
苔さえもほとんど見当たらない、本当の闇の中。明かりは僕たちが持つランタンのみ。僕は明かりを頼りに、リードのいる場所までやってきた。
「うわ、広い……」
「な? こっから先はなんか雰囲気違うみたいなんだけどさ」
言ってリードはさらに奥を示す。リードがいた所は、確かに広かった。天井に空間が広がったみたいに、急に開けた場所になっていた。そこから彼が示した場所は、何となく人の手が入ったような気配があった。僕たちは一旦そこで立ち止まり、クリストたちを待つ。
「ちょっと、早く先に進みなさいよ!」
「うるさいわね! こんなに暗くちゃ足元も危ないじゃない! 少しは気を遣いなさいよ!」
「何ですって? 無理矢理ついてきて足手まといになってるんじゃないわよ!」
「あなたたちはあたしの護衛なのよ! 立場を考えたらどうなの?」
後ろから明かりとともにけたたましい叫び声が絶えることなく響いてくる。……うるさい。クリストも、どうやら仲裁のタイミングを逃しちゃったんだね……大変そう……。
「うるっせーな、お前ら……」
こちらに到着するなり、リードが呆れた声を出す。クリストはもはや言葉もない様子。こんな序盤から疲れ果てた顔しちゃってるよ……先が思いやられる。ノイズとミルスは似たようなタイプだから馬が合わないのかなぁ……類は友を呼ぶんじゃなかったっけ。
「余計なお世話よ」
ぷいっとそっぽを向いて、ノイズ。ミルスも似たようなことをしている。……性質は似てると思うんだ。本当に。
「こんなのがずっと続くわけ?」
ミルスが叫び疲れたのか、ぐったりとした表情で聞いてくる。それに応えたのはクリストだった。
「地図には洞窟内の様子は書いてありませんでしたからね。これがどれくらいの規模かは想像できません」
と、こちらも疲れた顔。洞窟に入ってまだ間もないってのにね。
「それに、どうやらこの先雰囲気が変わってるみたいなんだよね。道は広くなってるみたいだけど」
「そうだな、これから何があるか分かんねーから、ちょっと休んでいくか」
「もう一度地図を確認してみようか」
「そうですね」
「あたしも構わないわよ。別に疲れてもいないけど」
距離的にはまだほとんど進んでいない。実際に、入り口から歩いて来てそれほど時間は経っていない。
とりあえず、ミルスが駄々をこねる前に一休み。魔法の明かりを中心に、僕たちは円形になって座り込む。僕たちはそのまま地べたに座ったけど、当然ミルスは下に毛布をしっかりと敷いている。ま、確かにじめっとしてるけど、僕たちはそれほど気にはならない。いつものことだからね。
「さて、この位置ですが……本当に入り口からすぐ、という印象ですね。この洞窟、どうやら鍾乳洞のようですから」
「鍾乳洞?」
「そんなもの、カケラも見当たらなかったわよ?」
「まだ入ってすぐだからね。あるとしたら当然、この奥だね。雰囲気も変わってきそうだし、期待できるんじゃない? 綺麗な鍾乳洞」
そう、鍾乳洞といえば、綺麗な印象。この先、そんな風景は期待できそうもない程に、この場所は鍾乳洞とは全く印象が違うんだよね。湿気はあるけど、何となくイメージしちゃうような闇から湧き出る水、っていうのもないし。
言いながら、僕は自分の荷物の中からチョコレートを出してミルスに渡し、僕も口に入れる。チョコレートや甘いお菓子は、実は僕たちにとって必需品だったりする。甘い物は疲れを取ってくれるし、気持ちも穏やかにしてくれるからね。ミルスも、文句を言わずに頬張っている。
「この先鍾乳洞があるとしたら、今まで以上に足元気をつけなければいけませんね」
「やっぱり水はあるんだね?」
クリストの言葉に、僕はイメージしていた鍾乳洞を改めて思い描いてみた。
天井や地面から突き出た鍾乳石や、静かに反響する雫の音。暗い地中から湧き出てまた地中へと戻っていく水の流れ、仄かに光を放つ壁に生息するヒカリゴケなどなど。
「多分。鍾乳洞というのはそういう場所ですよ」
優しく微笑んで応えてくれるクリスト。僕が想像していることを分かってくれてるみたい。
「そんなロマンチックな話じゃないわ。洞窟がこんな所だなんて……」
チョコを飲み込んで、不平を漏らし始めるミルス。確かに、想像上での見た目とか、話だけだとロマンチックに聞こえる部分もあるんだろうけど、彼女が実際にこれまで体験したことは、そんな言葉で片付けていいものなんかじゃなかったんだろうね。
「滑るしゴツゴツしてるし暗いし、おまけに狭くて息が詰まりそう!」
「だから言ったじゃないの! 洞窟とか冒険なんてこんなものよ。諦めて文句言わずにあたしたちについて来れば良いのよ」
ミルスの隣に座ったノイズが、ちょっとキツい言い回しだったけど、諭すように言う。
「まあ、今更戻るのも勿体ねえよ。この先がずっとこのままってワケじゃねーんだろうからさ。とりあえず、行ける所まで行こうぜ? それでどうしてもこれ以上進めないってんなら、そこまでで引き返そう。どうする? ミルス」
リードがチョコレートを口に入れたままでミルスに伝える。ノイズが物を口に入れたままで話すリードに文句をつける。今回はそれにミルスが加わった。……やかましさ倍増。さらに洞窟効果。反響する声が延々と響き渡る。僕とクリストは顔を見合わせて苦笑するしかなかった。
「でもそうだね。リードの言うように行ける所まで行ってみようよ」
「……そうね。そうしてみるわ」
ゆっくりと、決意したような表情のミルス。それを確認して、僕たちは腰を上げた。さあ、気合い入れなおして再出発。
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