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はじめての『お外休憩』

今回はちょっと短めになります。


『 お嬢様』にとっては、ちょっとした 休憩でさえも 初体験なわけで ……。

 流れる気まずい沈黙。破ったのは、穏やかなクリストだった。

「モンスターも倒したことですし、この辺でお昼にしましょうか」

「僕も賛成」

 言って、僕は馬車へと戻り、荷物の中から食事に必要な物を取り出し始める。それを手伝ってくれたのはクリストだった。

「よし、俺たちは薪でも集めて来るか。警戒も兼ねて」

「そうね」

 と、リードとノイズは辺りに気を配りながら歩き出した。僕は食事の支度をひとまずクリストに任せて、自分の荷物の中からいつもの結界用の紐を取り出して、馬車を囲むように大きな五芒星の図形を描いていく。これに魔法をかけて、モンスター避けの結界にするんだ。

 その後で、クリストを手伝って昼食の準備。といっても、今日のメニューは宿のご主人が出発のたびに作ってくれる美味しいお弁当だから、温めるだけ。今しているのは、焚き火と飲み物の準備だ。

 やがてリードもノイズも、大量の薪を抱えて戻ってきた。これで焚き火が出来る。火をつけるのはいつも僕の役目。小さな火の玉の魔法で、あっという間に点火。これでお弁当を温めて、温かい飲み物を用意する。

 それを未だ馬車の中から覗き見ているミルス。

「どうしたの、ミルス? 降りてきて一緒に食べようよ」

「……あたしに外で食事しろって言うの?」

「え?」

「エリオット家の者がピクニックでもないのに外で食事なんか出来ないわ。テーブルも椅子もないんだもの」

 ……始まった。こんな場面でもミルスは我が儘だった。

「お前なあ、それを承知で冒険についてきたんじゃねーのかよ? これから洞窟に入るんだぞ? 今ここでメシが食えないんだったら、洞窟の中じゃどうしようもなくなるぞ。冒険ってのはそういうもんだ。貴族様のピクニックじゃないんだからな」

 地面にどっかりと座り込んで、リードが言う。……珍しく正論だ。

「ほら、いつまでもそこに居ないで、降りてきなさいよ。今のうちに外で食べることに慣れた方が良いわ。これからも冒険を続けるならね」

 ノイズも、リードの隣に腰を下ろして言う。ノイズは、自分が座るところに自前のド派手なマントを敷いていた。

「直接座るのが嫌なら、せめて毛布でも下にしたら?」

「…………わかったわ」

 ようやく決心がついたのか、ミルスはゆっくりと躊躇いながらも馬車から降りてきた。手にはしっかりと自分用の毛布を持っていたけど、やっぱり着ている服が気になるのか、かなり慎重になっているみたいだった。冒険にはとてもじゃないけど向いてないフリフリの服着てるんだもんね。ノイズもミルスに言わせれば似たような分類らしいんだけど、ノイズの場合はいつも同じだし、その格好で身軽に格闘してるから、全然気にならないよ。

「大丈夫ですか? はい、お弁当です」

 ミルスを気遣って、座りやすい場所を整えてあげるクリスト。しっかりと毛布を敷いてその上に座り、お弁当を受け取ってもお礼も言わないミルス。それでも、ちょっと苦笑しただけで何も言わない。優しいんだよね、クリスト。こういう場合は、彼女の今後のためにも厳しくしてあげるのも優しさだと思うんだけど、そこまでの義理は、今のところ僕たちにはない。

「ほら、飲み物もあるから」

 僕がカップを差し出しても、やっぱりふてくされたように無言で受け取る。こういう状況は多分生まれて初めてのことだろうから、多少戸惑うのは仕方がないのかな。こんな生活、当然したことないんだろうからね。

「大丈夫?」

 一応隣に座ったから、声をかけてみる。受け取ったカップを毛布の上に零さないように慎重に置いて、お弁当に手をつけるミルス。今度は、僕の問いかけにちゃんと頷いてくれた。無言だったけど。

「庶民の食べ物は口に合わないかもしれないけどね。これからの旅の中で唯一まともな食べ物だから、しっかり食べといてね」

 そう、これを食べてしまえば、もう宿のご主人のお弁当はない。この先は持参の携帯食料や狩りで手に入れるものばかり。ま、でも今回はミルスからの必要経費でそろえたものもあるから、いつもよりは少し豪華にはなるかな。

「……まあ、これは悪くないわね」

 ぼそりと呟くミルス。どうしてこう素直な言い方ができないかなあ……。せっかくの褒め言葉も皮肉になっちゃう。せっせとフォークを口に運んでいるところを見ると、案外気に入ったみたいなんだけどな。

 みんながお弁当をお腹に納めると、改めて地図を囲んでルートのチェック。地図の確認は僕とクリストが担当。リードとノイズは、今のうちに食料の確保に向かっていた。いくら携帯食料があるとしても、念には念を。新鮮なお肉も食べたいけど、出来るうちに保存して常備しておくのが僕たちなりのルールなんだ。

「狩りって……動物よね? それを食べるの?」

 リードとノイズの後ろ姿を見送りながら、ミルスが問うてくる。

「そりゃそうだよ。そのために狩るんだからね。ミルスだってお肉食べるでしょ? それをお肉屋さんに頼らないだけの話だよ」

 この言い方はちょっと酷だったかな。僕は物心ついた頃からそういうことを見ているし、実際に手伝って生きてきたこともあったからもう平気だけど、今まで外で食事もしたことがないようなミルスにとっては、かなりショッキングな出来事ばっかりだもんね。でもこれに慣れてもらわないことには、洞窟へなんてとても行けない。

 洞窟なんて場所は、大抵の場合薄暗くてじめじめしてて、ヘンな虫とかいっぱいいるし、もちろんモンスターも出て来るし、足元も悪いところばっかりだもん、今のうちに、空が見えているうちに少しでも『冒険』っていうものを分かってもらわないとね。

「心配しなくても、目の前でさばいたりはしないから大丈夫だよ。いつものお肉だと思って食べてくれればいいからさ」

「え、ええ……そうね、あたしも努力してみるわ」

「あれ。素直なところもあるんじゃない」

「な、何よ!」

 不意に僕が言うと、ミルスは真っ赤になって喚いた。

「素直な方が可愛らしくて良いですよ、ミルスさん。努力していただけると、こちらも助かりますからね」

 クリストの言葉に、さらに顔を真っ赤にするミルス。そんなやり取りをしている間に、リードとノイズが獲物を持って帰って来る姿が、背丈のある草むらの向こうに見えた。

「ミルス、馬車に戻ってていいよ。リードたち帰ってきたから」

「………………」

「どうしたの?」

 リードたちが戻ってきた、っていうことが意味することは多分伝わったと思ったんだけど、ミルスはその場を動こうとしない。早くしないと、生々しい現実を見ることになるんだけど(……獲物になった小動物のことね)。

「あたし……ちょっとだけ見てみるわ」

「え? 大丈夫?」

「そのくらい見られるようにならないと、あたしも大人になったとは言えないから。大丈夫よ、気分が悪くなったら馬車の中に戻るわ」

 相変わらずつっけんどんな言い方だったけど、それなりに努力をしようとしてるんだね……もしかしたら、クリストの言葉が功を奏したのかもしれないけど。

 やがて、影みたいだったリードたちの姿がはっきりしてきた。馬車から少し離れた場所で、いつもの作業を開始した。ちなみに、獲物を捌くのはリードの剣では決してない。冒険に必要な道具たちの中に、それ専用の物があるから、それを使っているんだよ。お手入れは実はリードの仕事。彼はこういう細々した作業とか道具を扱う仕事は得意なんだ。……リードの意外な特技がどんどん明らかに……。

 作業に必要な水や、『いらないモノ』を入れる深い穴を作るのは僕の仕事だから、僕もその作業を手伝いに向かう。さすがに僕についてくるまでの勇気は、ミルスにはなかったみたい。遠目に僕たちを眺めている。

 クリストはミルスの傍についている。本当は彼にも作業を手伝ってもらいたかったんだけど、ミルスを独り残してその場を離れることはできない。

 ノイズはこういう作業が苦手で、本当は狩りも苦手分野なんだけど、今回はリードを手伝うついでに、クリストに頼まれてた薬草や香草を探していたみたい。本当はそういう作業をクリストがやって、ノイズがミルスの面倒を見るのが一番良さそうなんだけど、まだノイズの中では、ミルスは『我が儘で生意気なお嬢様』なんだろうね。冒険の中で仲良くなってくれたら良いんだけどなあ。

 獲物を捌いて、すぐに食べられる状態にしたり、薫製を作ったり、っていう作業が終わって、僕たちはそろって馬車に戻ってきた。

「さて、こっちの準備は完了だ。ルートのチェックは終わってるな?」

「ええ、大丈夫ですよ。洞窟まではそれほど距離は無さそうですね」

「よっしゃ、それじゃ出発!」

 リードのかけ声で、馬車は再び歩き出す。

お読みいただきありがとうございます。

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