お嬢様の依頼
ルシアたちが利用している宿屋の食堂。そこへ場所を移して、ミルス嬢の話を聞くことに。
彼女の話とは……。
「で、お話というのは?」
穏やかに切り出したのは、クリストだった。いつもの温和な笑みを浮かべて、ミルスを促す。ミルスは心なしか辺りを憚るようにして静かに、だけど少しだけ意気込んだような口調で話しだした。
「昨日のことなんだけど、あたし、自分の家の蔵でこれを見つけたの」
言って彼女が取り出したのは、一枚の古ぼけた紙だった。かなり古いものみたいだったけど、よほど大事に仕舞ってあったのか、そんなに傷んでいる様子はなかった。
「これは?」
「ご覧の通りよ。どうやら、宝の地図らしいわ」
『お宝っ?』
『宝』の言葉にハモって激しく反応したのは、言うまでもなくリードとノイズだ。まだどんな宝物かもどんな場所なのかも分からないのに……。
「まあ、お下品ね……。でも、そうよ、多分ね」
意味深に手を顎の下で組んだままで両肘をつき、ミルスがその紙を良く見るように促す。
「この場所は……この町の東の外れでしょうか……こんな洞窟があったなんて知らなかったですね」
クリストが眼鏡の位置を直しながら呟くように言う。確かに、地図が示す場所はこの町の東の外れ。わずかに町の敷地を外れた場所に、洞窟らしき図形が描かれている。確かに、この町に住んでから結構長いこと経っているけど、町も含めて周辺を熟知しているワケじゃないもんね。
「この場所は、あたしの家が代々受け継いでいる洞窟らしいわ。でもお祖父様もお祖母様も、その前の代のご先祖様も行ったことがあるって話を聞かないのよ。それで、あたしが地図を見つけちゃったから、あたしが行ってみるべきだと思って」
「思って……って、ちょっと待って! 君も行くつもりなの? 僕たちに任せるんじゃなくて?」
「当然よ。あたしの家のことだもの」
さも当たり前のように、見下したような姿勢になるミルス。…………なんて横柄なんだ……この態度……。
「でも、家の方には何と伝えるのです? 今夜だって一人でこんな場所に来られて」
穏やかだけど、困惑を隠せないように言うのはクリストだ。確かに、と僕もリードもノイズも頷いた。
「大丈夫よ。あたしももう子供じゃないもの。近所の叔母さんの家に行くと言って出てきたの。冒険だって、隣町の親戚の家へ行くと言えば、お父様もお母様も許してくださるわ。可愛い子には旅を、っていうのがうちのモットーだもの。それに」
と、ミルスはちょっとだけ体を乗り出した。
「それに?」
オウム返しに問う僕に、ミルスは軽く笑みを浮かべて答える。
「この町じゃ、あなたたちかなり有名だもの。一緒に冒険に出ても安全だと思ったのよ」
言って可愛らしくウインク一つ。うっ……と思わず身を引いたのは僕とクリスト。逆に胸を張ったのはリードとノイズ。……ノリやすいんだから……。
「まあな、俺たちに任せりゃ軽い軽い」
「そうね、あたしたちと一緒なら、危険はないも同然ね」
「二人とも……そういう問題じゃないし、そんな無責任なこと言わないでよ。僕たちそんなにレベル高くないじゃない」
妙に無駄な自信を抱いて大きなことを言う二人を制する僕。僕たちが有名って言っても、あの時のクエストはかなりのラッキーが重なってのことだし、レベルだってその時からそんなに上がっていないんだ。確かに、ミルスが持ってきた地図を見ても、そのエリアに出現するらしいモンスターのレベルは低いみたいだけど……とても素人の、小さな女の子を無事に連れていけるとは思えない。しかもその子は町の権力者の娘。怪我なんかさせようものなら……不安は尽きない。せめて冒険は僕たちだけに行かせて、宝物だけを彼女が受け取ってくれたらいいのに……。
「そうそう、依頼料なんだけど、このくらいでどうかしら? ただし、条件はあたしを連れて行くことよ」
言ってミルスは一枚の紙切れをテーブルに差し出した。
『……をう……』
彼女が提示した金額は、僕たちから言葉を奪う程だった。これだけの額なら、冒険の必要経費を含めても、僕たちが一ヶ月は何もしないで生活できる程だった。……だけどやっぱり。
「君が同行すること、僕は納得できないよ。危険すぎる。僕たちだっていつも何があるか分からないんだから、君の事を守りながらなんて、自信ないよ」
「私も……同行するのは危険だと思いますよ。ルシアの言う通り、何が起こるか分かりませんから」
クリストも僕の意見に賛成してくれる。考え込んだのはリードとノイズ。大きなことを言っても、僕たちの意見にはちゃんと冷静に対応してくれているのが分かる。
「それじゃあだめなのよ。あたしが同行することが条件よ。それだけなの。だからそれは譲らないわ」
「そうは言われても……」
ミルスは頑として意見を変えようとしない。どうしてもついてくるといって聞かないし、僕たちが首を縦に振らなければ他の冒険者たちに依頼を持って行くか、下手をすると一人でだって行きかねない。レベルが低くて弱いとはいえ、モンスターだって徘徊しているんだ。こんなふわふわした(中身はかなり外見を裏切ってはいるけど……)女の子を放り出すことはできない……。
そして、逡巡した結果、僕たちが出した結論は、
「仕方ない、な……」
リーダーのリードが半ば吐き捨てるように言う。依頼の金額も譲れない程の額だったんだけど、決断の理由はそれだけじゃなかった。
僕たちは普段アルバイトで食いつないでいるとはいえ、職業は曲がりなりにも冒険者。洞窟や未踏の廃墟といったダンジョンを攻略したり、未知の生物•モンスターに出会ったり、お宝をゲットしたり。そういう『冒険』そのものからのお誘いは、そう簡単に断れるシロモノではない。……そういう習性なんだよね、僕たちって。困ったことに。
「ありがとう、きっとオーケーしてくれると思ってたわ。じゃあ、早いうちに出発よ」
「分かってるわよ、あたしたちだって、冒険自体には早く出発したいしね」
「いくら急いでも明日一日は準備にかかると思ってよ、ノイズ。ちゃんと手伝ってよね。今回はミルスもいるんだから、いつもより念入りにしないと」
と、いつものように僕が慎重論を唱える。隣でクリストがしきりに頷いている。
「もう、分かってるわよ。いつも心配性っていうか何ていうか……ルシアらしいって言えばそうなんだけどね」
「そうなんだよな、悪いことじゃねーけど、もうちっと肩の力を抜けよ」
リードも相変わらずの能天気ぶり。リードのこういうところ、悪いわけじゃないけどね。雰囲気も和らげてくれるし。
「いい? あたしも少しは自分の準備はしていくけれど、あなたたちに命預けるつもりでいるんだから、そこのところ、よろしく頼むわね。じゃあ、明後日の早朝、出発でいいわね。あたしはこれで帰るわ、じゃあね」
有無を言わさぬ口調で、やっぱり上から目線で、言いたいことだけ言って、すたすたと出口へ向かって歩いて行ってしまった。やっぱり呆然とする僕たち。
可愛いは可愛いんだけど……中身があれじゃあ……扱いづらいよね、正直。これまで黙って話を聞いていたノイズがちょっと気になって顔を覗き見てみたんだけど、思った通り、かなり引きつってた。この先、あの娘と一緒に冒険に出ることになるんだけど……ノイズとは折り合いが悪そうだなぁ……。何とか癇癪起こさないで頑張ってほしいけど……何か別物の不安がきっと僕以外の三人も感じていたんだろうね。
翌朝。僕たちは今回の冒険への出発に向けて準備を開始した。いつものように、キャンプの準備、食料の調達、武器なんかの装備品の確認。そして、例の洞窟までの道のりや、モンスター情報の確認などなど。
冒険の準備は抜かりなく。今回は一般人、しかも小さな女の子までが同行するんだから、いつも以上に準備は念入りだった。いつもはさぼりたがるリードやノイズも、今回ばかりは文句も言わずにしっかりと自分の役割を果たしているみたい。二人だって、同行者の一般人に怪我させたり危険な目に遭わせたりするわけにはいかないもんね。
「ねえ、傷薬ってまだあったっけ? 足しておいた方が良いかな」
「そうですね……念には念を、ですね。今回はミルスさんもいますから。まあ、怪我なんてさせるワケにはいかないですけれどね」
僕の問いかけに、苦笑まじりで答えるクリスト。僕とクリストは冒険に必要な薬なんかを作って補充しているところだった。
実はあの依頼料、必要経費は別だったんだよね。単純な報酬にしては気風がいいよね。さすがはエリオット家のご令嬢。でも随分と簡単に大金を動かすなあ……お金持ちの金銭感覚は分からない……。
そんなこんなで、準備は念入りに、でも順調に進んでいた。実は今回はミルスの希望で、馬車をレンタルすることになってるんだ。たかだか町の外れに行くのに、僕たちだけだったら絶対そんなことはしない。でもどっちにしろその経費を出してくれてるのはミルスだから、文句は言わないけどね。馬車があれば荷物を運ぶのも楽だし。ただし、洞窟までも馬車で乗り入れるわけにはいかないだろう。……まさかとは思うけど、そこでミルスが駄々をこねなきゃいいんだけどね。
翌早朝。僕たちは一頭立ての小さな馬車を宿の前に準備して、ミルスがやってくるのを待った。さほど時間をおかず、一人の少女が大きなトランクを引きずるようにしてやって来た。遠目に見ると、トランクとその少女のサイズが同じくらいの大きさに見えたんだけど……よくあんなもの引きずってここまでこれたなぁ……案外根性とかあるのかもしれない。
「ちょっと! ぼんやり見てないで手伝いなさいよ!」
まだ小さな影くらいにしか見えない場所から、ミルスの甲高い声が町の路地に響き渡った。……うあ……ちょっと近所迷惑……まだ夜も明けきってないくらいの時間なのに……。
呆れながらも僕とリードがミルスに向かって駆け出した。
「もう、本当に気が利かないわね! あたしは依頼人よ!」
「あ、ああ……悪い」
歯切れ悪く、リード。
「ごめんミルス。ちょっと……声のボリューム下げてよ、近所迷惑になっちゃうじゃない」
「そんなの知らないわよ。あたしが起きてこうしてここまで来てるんだから、もう朝なのよ。近所なんか知ったことじゃないわ」
ツン、とそっぽを向いて、ミルスが言い切った。とんでもなく自己中心的な持論を自信満々言い切った。
「…………………………そう」
何とか声を絞り出してみたけど、それしか出てこなかった。この娘には何を言っても無駄なような気がするし、まだこんな朝の早いうちから口論にはなりたくなかった。
何とかリードと二人で心を奮い立たせて、ミルスから彼女の荷物を受け取り馬車へと向かう。こっそりと、二人で溜め息をつく。もちろん、ミルスには聞こえないように。
僕たちが荷物を抱えて馬車へと向かうその前を、ミルスは足早に歩いていく。
「何よこの馬車……安物じゃない。あたしが用意したお金でもっと立派なのが用意できたんじゃないの?」
馬車を見るなりこの台詞。
「いえ……町の外れまで行くだけですし……私たちは歩きますので。それに、薬や食料などにお金をかけさせてもらいましたので……すいません」
たじたじとクリストが応対する。確かに、その通りなんだ。どうせ馬車を使うのはミルスだけだし、僕たちは荷物を乗せさせてもらえればそれで十分。だから食料とか薬の類い、装備品なんかにお金をかけさせてもらったんだよね。だけど、ミルスはこの馬車の見た目が気に入らないのか、ぶすっとしたままだった。確かに、彼女がいつも使っているであろう馬車と比べたら雲泥の差。彼女にしてみたら、荷馬車くらいに見えてるのかもしれないけど。
多少僻み気分に沈み込みそうになりながらも、何とかミルスの巨大なトランクを馬車に積み込んだ。その後ろから、渋々、っていう態度を崩さないままでミルスが乗り込む。リードが御者席に座って手綱を取り、僕たち三人は馬車を取り囲むようにしてスタンバイ。
「よし、出発するか」
「ええ、あたしはいつでもいいわ」
馬車の中から、あんまり気合いの入っていないミルスの声が聞こえる。
「さ、目指すは町の東の外れね! 気合い入れて行くわよ! 出発よ、リード」
「おう!」
ノイズが気合いを入れ直し、僕たちは宿を後にした。いざ、町外れにある洞窟の冒険へと出発! ……って、今ひとつ気が重い……。
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