不可思議魔法発動? そして異空間へ
光に包まれたルシアたち。そのまま意識を失うことになるのだが、次に目を覚ますのは……
「どこだ……ここ……。おい、みんな大丈夫か?」
リードの声が、少し遠くから聞こえた。
「……あれ」
思った以上に間抜けな声が出た。僕は今、白い地面に横になっているみたいで、リードの足が真横に見える。
「どうしちゃったの? これ……」
ゆっくり身体を起こしながら、周りを見てみる。僕の手は、それでも杖をしっかり握っていた。
辺りは白と空色で二分されていた。僕たちが横になっている場所は真っ白。そして、見上げた空は綺麗な空色に真っ白い雲。空は分かるけど、何で地面まで真っ白なんだろう……。
「ここは一体……?」
「何が起こったっての……?」
一通り辺りを見回してみるけど、感想はみんな一緒。ミルスも、僕らの近くに座り込んでいる。
僕たちが座り込んでいる真っ白い地面は不思議に柔らかく、さっきまであった緑色はどこにも見当たらない。よくよく目を凝らして、冷静になって見回してみると、空には無数の虹が架かっていた。
何だか良く分からない、でも決して鳥じゃない動物みたいなのが、空を泳ぐように舞っている。すぐ近くにある雲からは、細かな雨の粒が降り注いでいる。その雲は手が届く距離、目の前にある。石や岩の壁もなく、見渡す限り白い大地。なんだか、雲の上にいるみたい。
「なんか……綺麗だね……」
呆然と呟く。でも当然、何が起こったのかなんて分からない。ただただ綺麗に広がる白と空色の空間を眺めていた。
「ミルス、どういうことだ?」
同じように周りを見て呆然としているミルスに、リードが問いかける。リードは足元を踏みしめて、感触を楽しんでるみたい。確かに、足元に広がる白い大地は(大地って言えるのか分からないけど……)、柔らかくってクッションみたいだ。このまま寝転がっていても全然苦にならない。
「あたしだって分からないわよ……こんなこと……誰からも聞いたことないもの……あたしが知りたいわ……何が起こったのか」
「あんたが知らないんだったら、あたしたちが知るワケないわね」
ノイズもリードと同じように地面を踏んで遊んでるみたい。こっちはもうこの場所に慣れたのか、楽しんでるふうだ。
「リードもノイズも、すでに緊張感ないね」
「そうみたいですね……私たちも、そろそろ動いてみましょうか」
言ってクリストも腰を上げる。僕たちはどうやら、さっきまでいた緑の洞窟、あそこにいた時のままの位置で意識を手放し、そして目を覚ましたらしい。
リードとノイズはすでに動き回っているし、ミルスも動けそうだから、僕たちはこの変な空間を探索することにした。
「何か襲ってくるかもしれねーからな。気ぃ引き締めてこーぜ」
「さっきまで遊んでたくせに」
「うるせーよ」
ちょっとツッコんだら拗ねちゃった。それでも、やっぱり遊びながら、少しばかり頼りない、ふかふかの地面の上を歩き始めた。歩くとその度に足が沈むから、長時間歩き回るのには向いてない。それでも、ゆっくりと辺りを見回しながらリードを先頭にして歩き出した。
どこに向かっていいのか分からなかったけど、とりあえず目立って見える虹の所まで行ってみようってことになったんだ。
「お前ホントに何もしらねーのかよ? ミルス」
「もう、しつこいわね。知らないって言ってるじゃない! それより、ここはモンスターとか出ないでしょうね?」
「んなこと分かるかよ。こんな不自然な場所、俺たちだって初めてなんだからよ」
「無責任なこと言うのね」
「無責任はお前だろ! 変な地図持ってきて、変な宝箱を探させてよ」
今度はミルスとリードが言い合いになっちゃった……どうしてこう、攻撃的な言い方しかできないかなあ……。リードもノイズも、小さなミルスのレベルに合わせちゃって、子供の喧嘩みたい。
確かにここは不自然だ。地面も普通の土じゃないし、異様に白いしふかふかだし。飛んでいる生き物みたいなのだって見たことない。例えるなら、絵本の中に入り込んだみたいだ。
自分たちの腰くらいの高さに雲がある。雲から雲へ、羽毛でできた魚みたいな形の生物が行き来している。所々に雨雲があるのだろう、時々雨が降っている場所に出ては小さな虹を見つける。虹はあちこちにあるけど、僕たちが目指しているのは僕たちのいる場所よりも高い場所に見える虹。その虹だけは雨とか光とか関係なく、あり得ないことなんだけど、実態がありそうなくらい不自然だから、目印にしてみることにしたんだ。
「あれ? 何かいる?」
「どうした? ルシア」
「今なんか……動いたみたいな……」
「空飛んでる魚みたいなヤツじゃないのか? それならそこら辺にいっぱいいるけど……」
「ううん、それじゃなくて……七色の羽根みたいのが見えた気がして……」
「七色? 虫じゃなくて?」
「うーん、分かんない」
僕はどうしても気になって、それが見えて隠れたっぽい場所を調べてみる。真っ白な地面も、実はあんまり平坦じゃなくて、今まで歩いてきた洞窟の中みたいに起伏に富んでるし、隠れられそうなデコボコは結構多い。そのデコボコの奥を覗き込んだりして探してみたんだけど、もうその姿はなくなっていた。
「妖精とかいたりして」
「あり得なくはなさそうですね。童話の世界みたいですから」
穏やかにクリストが言う。きょろきょろと辺りを見回しながら歩く僕たちの周りには、ぽつぽつと不思議な灯りが漂ってきていた。みんなそれに気づいたみたい。
「ねえ、よく見たらこの光……七色で不思議だよね。ってこれ! 妖精じゃない?」
「まさか……?」
言った僕も信じられなかったけど、目が合っちゃったんだから疑いようがないじゃない。それはすごく小さくて、掌に乗る程度。仄かな七色の灯りに包まれて、虹色の、薄い羽根を背中に持っている。花びらで出来たみたいな服を着ていて、形は人間のそれと一緒だ。
『あれ、気づいた』
『気づいた気づいた! きゃははっ』
「喋った!」
「おいおい、マジで妖精なのかよ?」
『マジで妖精、妖精だよね』
『そうそう、妖精!』
妖精たちは、女の子のそれと同じような可愛らしい声で僕たちの周りをはしゃぐように飛び回る。どうやら敵意はないみたい。僕たちを警戒する様子もない。ただ楽しそうに、僕たちを交互に見ては近づき、離れてはまた周りを飛び回る。
「何か楽しそうだな、こいつら」
「可愛いね。ねえ、ここはどこなの?」
僕は飛び回ってる妖精たちに問いかけてみる。
『ここ?』
『ここはお空。お空の国だよ』
「お空の国?」
『そう。ここは妖精たちの国!』
『私たち、妖精の国。でも困ってるの』
『困ってるの、助けて』
『お願い、助けて』
「え? 何いきなり? 助けてって……」
「さあ……何のことでしょう……」
突然の妖精の言葉に、戸惑う僕たち。
ここは妖精たちの空の国で、その妖精たちは困っているらしい、ってことは分かったけど。
『お空の国』ってこと自体、理解し難い。『お空の国』ってことは、今僕らが立っている場所は雲なのかな。まさか……雲の上に国があるなんて……。でも、夢じゃなさそうな雰囲気だし、妖精たちの声は僕たち全員に届いている。みんな顔を見合わせて困り顔。……もしかして、異世界に迷い込んだってことも考えられる。
「えっと……どういうこと? もっと詳しく教えてくれない? この国のこととか、困ってることとか」
僕は近くにいた妖精に手を差し出しながら問う。ほんのり小さな七色の光は、僕の掌に収まると話し始めた。周りにもいくつかの光が集まってきている。僕たちは全然警戒されてないみたいなんだけど、人間が来ることは珍しくないのかなあ。
彼らの言うことを要約すると、こういう内容だった。
この国、『空の国』はいつも平和で、争いごとのない国だった。妖精たちの他にも、さまざまな種族が豊かに暮らすこの国では、誰が権力を持つでもなく、みんなが平等だった。
だがそこに、その平和を疎ましく思う者が出現したのだという。
ここはその国の中でも端の方、本当に何もない国の外れなんだそうだ。もっと国の奥に入れば、木々が生え草や花が生い茂り、白い大地ではなく、ちゃんとした土も存在するらしい。そして、雲の間からは白いビーチが広がり、無限に続く蒼い空の海が広がるのだという。
その海には、この環境に適した生物たちが生息し、物語によく登場する巨大なクジラや優しいイルカといった大型の動物も存在する。そして、その波打ち際や雲でできた入江には、人魚たちが住んでいる。
雲の間を流れる川には、やっぱり地上とは違う魚たちが棲んでいて、大きな葉っぱを渡し舟に、妖精たちが行き来しているんだって。
「まさにおとぎの国だね……」
そこに、彼らにとっての『敵』が突然出没するようになったのだという。
「それで、その『敵』というのは……?」
妖精たちの話を聞いて、クリストがちょっと難しい顔をして問い返す。
『大きいの』
『怖いの。暴れてるの』
『そうそう、暴れてて近づけないの』
口々にその『敵』を説明する妖精たち。聞けば、それは植物なのだという。
「植物?」
『そう、おっきな木なの』
『怖い顔してるの』
話を聞いて思い浮かんだのは、人面樹。
僕たちはまだ遭遇したことないけど、他の冒険者たちの話とか図鑑で見た限りは、ヒトの顔を幹に持ち、枝を振り回して根で歩き回るという気色の悪いもの。そんなのがこの平和な世界に……? それ以前に、この世界にもそんなモンスターが棲息できるのだろうか。
「あ、土だ! 土があるよ」
妖精たちの話を聞きながら歩いていると、唐突にかくん、と足を踏み外したような感覚になって転びそうになってしまった。不意に足元に土が現れたのだ。感触も、白い大地よりもしっかりとしていて、しっとりと逞しい本物の土だ。そして徐々に、風景が変わってきた。どうやら、国の中心部分に差し掛かってきたみたい。
「なんか、人家っぽいのもあるね」
「植物もありますよ」
「おいあっち、向こう海じゃねーか?」
リードも子供みたいにはしゃいで指差す。その先には、空色の海が波打っているのが見える。……空が海なんだ……。なんだろう、この世界……妖精たちといい、夢でも見ているみたい。空と海との境界線は、分かるようで分からない。上に浮かぶ雲からは、滝のように雨が降り注いでいて、虹ができている。
白い雲と茶色い地面、草花の緑と空色の海と同じ色の空。そして七色の妖精たち。不思議な世界はずっと先まで続いている。
「こんな平和な世界に、敵がいるとは思えないわね……」
「ええ……」
ミルスは今、この景色に見惚れていて、言い合いをする気にはならないみたい。そうだよね。こんな世界、僕たちだって見たことないもん。食い入るように周囲の景色に視線を送っている。
「何なのよここ……本当に妖精なの……?」
「お前ホントに無責任だよな……自分ちのお宝だろ? 本当に何も知らねえんだな」
「悪かったわね」
あ、居直った。胸張って言い切った。
ここって、あの宝箱にミルスが触ったから出現した世界、っていう理解の仕方でいいのかな……だとしたら、余計に不思議だよね。入口もなければ出口もなさそう……。さっき目が覚めた場所には、その宝箱は見当たらなかった。だから、帰りにもその宝箱に触って帰る、っていう方法はできない。
まあ、帰りのことはその時になってから考えるとして、僕たちはまず、妖精たちのいう『敵』を倒しに行くことになってしまっていた。……なし崩し的に。
「とにかく、その妖精たちについてけば、何か分かるんじゃないの?」
ノイズがもっともなことを言う。当然みんな反論するわけもなく、ミルスも黙って頷いた。
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