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道ならぬ恋

 草原に露がおりていた。玉の露に朝日がふりそそぎ、一帯がきらめいて見える。


 フランシスは目を閉じ、顔を上げてまぶたに太陽の優しい光を感じていた。


「フラニー」

 後ろから声がした。低く優しい声。


「マルク、会いたかったわ」

 フラニーはそう言ってマルクに熱烈なキスをする。


 二人はお互いを激しく想いながらも、道ならぬ恋につかれきって絶望していた。こんなことは今すぐにやめなければならない。


 子どもを作るために初めてマルクと同衾どうきんしたとき。夫はフラニーに詳細しょうさいを話すよう要求した。彼とキスをしたのか。どれほど時間がかかったのか。どのような体位でしたのか。「女としての悦び」を感じたのか。冷酷なほど嫉妬しっとしたのだ。


 フラニーにはこの足のえた陰気いんきな夫が重荷でしかない。彼と一緒にいる者は幸福になることを許されていないのだ。幸せそうにしている者を見たら、ダニエル・フィルスは気を悪くして癇癪かんしゃくを起こすだろう。


「フラニー、もう君と一緒にいられない。領地から出ていくんだ。君と兄のためによくないから」

 マルクはひどく言いづらそうに言った。この女を愛していたのだ。


「いやよ」フラニーが必死になって言う。「あなたがいないと生きていけないわ。私をこんなところで独りぼっちにしないで。ダンを見てよ、死にかけてるのよ」


「兄の先が長くないからこそだ。ダンのことを悪く言いたくない。彼は不幸で、人につらく当たるしかなかったんだ。

でも君はダンが死んだら陰気な夫から解放されて子どもと領地で平和に暮らしていける。俺はもうこの領地に必要ない」

 マルクがフラニーの肩をおさえて言った。


「いいえ、あなたは私にも子どもにも必要よ。この子はあなたの子どもなのよ」

 フラニーがお腹にふれて言う。


「その子は兄の子どもで、この領地の後継ぎだ。フラニー、俺は兄を愛してる。君を欲して愛した上に、兄の後をついで領主になることはできない。君とは結婚もできない」



 丘の向こうから、リリィがやってくるのが見えた。二人は慌てて身を離す。


 フラニーはリリィにマルクを紹介した。マルクにはリリィのことを、主人のもとから逃げてきた奴隷で、かつての知り合いだったのだと説明する。


 リリィは淡い緑の瞳の美しい女性だった。こんなにも痩せ細っていなければ、もっと美しかっただろうが。


 マルクはリリィが精神を病んでいるのではないかと思った。病的な目をして、頰がこけていたのだ。


「彼の子どもなのよ」

 別れを告げて遠ざかってゆく背中を見つめながらフラニーが言う。リリィの肩に頭をのせた。熱い涙がでてくる。



 マルクが領地を去ったちょうどその晩、ダニエル・フィルスは死んだ。安らかな死である。彼は遺言ゆいごんで妻にお腹の子どもが成人するまでマルクと共に養育し、領地をおさめるよう指示した。



 その翌日のこと。初産だったが、出産はすんなりと終わってしまって二時間もかからなかった。もちろん、陣痛はすさまじいもので、何度か気を失いそうになったが。


 産婆さんばが赤ん坊をとりあげ、産声うぶごえが部屋にひびく。


「かわいい女の子ですよ」

 産婆が言った。


 フラニーが微笑み、おくるみに包まれた赤子を腕に抱く。かわいかった。目はまだ開かず、右も左もわからずに、ただ泣くばかり。なんて小さいんだろう。なんて愛らしいんだろう!



「名前は決めたの?」

 お見舞いにやってきたリリィが聞く。


「ええ、ヴァランティーヌ。女領主の誕生よ」

 フラニーがそう言って赤ちゃんの小さなおでこにキスする。



 遺言でダニエルは男児が生まれることを少しも疑っていなかった。皮肉なことだ。もし生まれてくる子が娘だと知っていたら、領地や城を相続させただろうか。そう考えると、リリィは複雑な気持ちになるのだ。



 ヴァランティーヌの泣き声を聴きながら、リシャールのことを思い出した。息子はもう6歳になる。彼も生まれたときにはあんな風に可愛らしい声で泣いたものだ。

 でも引き離されて一緒にいてやることができなかった。今は山上の宮殿に、エズラのもとにいる。リシャールに申し訳なかった。



「奥様、侵入者です」

 衛兵が寝室にやってきて言う。気遣わしげな声音だ。


 フラニーは喪服に着替えて大広間に降りていった。出産のあとにしては、ずいぶんとしっかりした歩調だ。



 リリィが遅れて広間に行くと、赤いスカーフが見えた。メトシェラとアイダがいたのだ。


 メトシェラがにっこりと笑ってリリィを見る。無事再会できたのだ!


 フラニーは三人の旅に護衛をつけてくれた。

 リリィは晴れやかな気持ちで要塞ムーサ・ドゥーニを目指す。故郷へ、メアリーのもとへ帰るのだ!

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