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追っ手がきた!

 リリィは何度も振り返った。白亜はくあの〈タチアナ・ヤール霊廟れいびょう〉とトンプソンの頑丈がんじょうそうな背中、眼帯がんたいのついた顔。山の中腹をけずってつくった霊廟からは薄ぼんやりと、水色の光がもれている。


 あまりに長い時間、絶望の中を生きていた。陽の光さえ忘れてしまいそうなほど。

 

 ヘンリー・トンプソンは山上の宮殿へと戻ってゆく。エズラをあざむいて彼の部下となっていたのだ。彼とまた、生きて会えるだろうか……?



 山のふもとにはくずれかけの粗末な小屋があった。近くを小川が流れ、黒い山羊やぎが水を飲んでいる。山羊の黄色い目がこちらを見ていた。リリィが首をかしげ、山羊を見つめ返す。やがて山羊は顔をそむけると小屋の中に入っていった。


 褐色かっしょくの肌をした女が出てきた。真っ赤なスカーフを首まわりに巻き、風になびかせている。アーモンド形の目がこちらを見ていた。


「あなたに会うのをずっと待っていたのよ、リリィ」

 女が言う。

 鳥肌がたった。まるで何もかも見透かされたような気分だ。



 アイダと姪のメトシェラは小屋の中に招じいれて食事をさせてくれた。

 山羊のミルクと小麦でつくったおかゆは独特な味がする。食卓に桃がのっているのが嬉しかった。甘く、みずみずしい匂いがする。ひとくち口にするだけで、体全体のかわきが癒されるような気がした。


 メトシェラはほんの15歳くらいの女の子だ。かなりの美少女だった。叔母と同じ褐色の肌をしている。アーモンド形の目はきつい印象を与えがちだが、長い、愛らしいまつ毛がそれをやわらげている。

 内気なのか、ちらちらとリリィを見るだけで話しかけてはこなかった。叔母を尊敬しているのだろうか。同じ真っ赤なスカーフを肩にかけている。


「旅はこの三人で行くわ」アイダが切り出した。「護衛はつけない。私とメトシェラはドレントから来た行商人ぎょうしょうにんよ。あなたには変装してもらう。男の子になってもらうの。ムーサ・ドゥーニの要塞まで来たらドゥーサ河をわたってイリヤの領土に入るわ。最後はエル城に向かう。メアリー・トマスならあなたをエイダに追い返さない」


「男の子に変装するんですって?」

 リリィがクスクス笑いながら聞く。


 滑稽こっけいなことに思えた。リリィは背の高い方なのだ。


「ええ、あなた、痩せ細っているわ」

 アイダが歯に衣着きぬきせぬ物言いをする。


「きっと十五歳の男の子って感じになるわ。上手くいくわよ」

 メトシェラが初めて口を開いた。耳に心地よい、りんとした声だ。15歳の頃にはリリィもこういう娘らしい、きれいな声をしていたものだ。


 三人は日中は目立たない場所に身を隠して、日没にちぼつのあとに移動することにした。体力の回復していないリリィにはつらい旅だ。だが、アイダとメトシェラは感じのよい人たちでリリィの体調にはいつも気をつかってくれた。リリィはすぐに二人が好きになった。


「アイダは美人だけど、一度も結婚していないの」

 昼間の谷底たにぞこ、アイダが水をくみに行ってる間、メトシェラが言った。秘密の打ち明け話をするような、たのしげな感じだ。


「そうね、アイダってびっくりするくらいの美人だわ!どうして美人なのに結婚していないのかしら」

 リリィがたずねる。


「アイダが魔女だからよ」

 メトシェラがクスクス笑いながら答えた。


「魔女だから?じゃあ魔女はみんな独身なの?」

 リリィがにっこりと笑う。

 メトシェラは無邪気むじゃきで本当に愛らしい娘だ。


「いいえ、結婚してる魔女だっている。魔女はね、結婚して誰かの妻にならなくても生きていけるのよ」



 アイダが形相ぎょうそうを変えて戻ってきた。メトシェラが笑顔をひっこめて立ち上がり、弓矢に手を伸ばす。


「追っ手がきたわ。男が6人いる!リリィ、馬に乗って。先に逃げるの!」

 アイダが慌てて言う。


「あなた達を置いていけないわ」

 リリィが二人を見て言った。


「いいえ、行くのよ。あなたのために来たんだから。ヘンリー・トンプソンを裏切るつもりじゃないでしょう?あなたは王女なんだから……」


 アイダに気圧けおされて馬に乗る。すぐに黒馬に乗った追っ手がやってきた。馬も疾走しっそうする。後からアイダとメトシェラが馬に乗って追ってきた。メトシェラの放った矢が追っ手の一人に命中する。アイダは剣を抜くと、刃に炎をつけて戦った。


 男の一人がリリィの手綱たづなをとろうと手を伸ばしてくる。短剣で素早く男の手の甲をひっかいた。



 しまいには追っ手を振り切ったものの、二人とはぐれてしまう。道は暗く、馬も疲れ切って玉の汗をかいていた。どうやらここはエイダの領地らしい。遠くに牛を家に連れて帰ろうとする農夫が見えた。リリィは馬の背からおり、干し草のわきに座った。ここなら身を隠せるだろうか。そんなことを考えていた矢先、兵士が二人、馬に乗ってまっすぐこちらに向かってくるのに気づいた……

 もう逃げる体力も、戦う元気も残っていない。

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