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最後の慈悲

 エイダの宮殿はレイドゥーニア軍に包囲されていた。王の妹フランシスは、なんとエズラから王権を簒奪し、エイダ軍の指揮をとっている。彼女がエイダの軍隊を機能させていること自体が驚きだった。


 レネー・ウィゼカは思わぬ障害に復讐を阻まれて苛立っていた。まさかエズラの妹がいるとは!


 フランシスの名前など聞いたこともなかった。もちろん兄のギーと結婚していたことは知っていたが、エズラの存在は周囲の者をかすませてしまう。


 レネーは山の中腹の天幕の中で妻への手紙を書いた。


 リリィへ

 エイダは美しい土地だ。山は壮麗で厳しい。ひさしぶりに宮殿のある山の上にきて、僕らの祖先がいかに賢明で、頑丈だったのかが身にしみてわかった。油断させない限り、敵はあの宮殿を陥落させることはできない。


 道すがら、煮えたがる憎しみだけを胸に抱いて行軍していた。本当を言うと、君がレイドゥーニアの王城に現れた日から、エズラへの憎しみが片時も頭を離れなくなっているんだ。ほとんど情熱に近い思いなんだ。


 着いてすぐに父の宮殿を包囲できた。大した犠牲も出さずにだ。大勢の死者を出してもかまわない、奴らを皆殺しにしてやるんだ、とも考えていたんだが。


 あの宮殿では奇妙なことが起こっている。それで復讐もできずに、足止めをくっているんだ。


 エズラは姿を現さなかった。かわりに妹のフランシス・フィルスがいる。リシャール、僕たちの愛する子どもの姿も見当たらない。


 フランシスの狙いがわからない。兄にかわってエイダの君主になるつもりか。武装をゆるめる気配もない。また流血が起こるかもしれない。だがいいんだ。結局のところ、僕はエズラの首だけでなく、王冠ののった頭ごと、ほしいんだから。

 

 新たな戦いが始まりそうだ。僕の勝利とリシャールの無事を祈っててくれ。君を愛している。

                レネー



 手紙を読んだリリィは中庭へ駆けていった。メアリーがジュリア=テディアと話している。社交辞令のためだけの台詞で会話しているみたいだ。


 リリィは挨拶もおざなりにメアリーを崩れかけの天文台に連れていった。


「どうしたのよ?それにここ危ないわ」

 メアリーが顔をしかめて言う。


 が、リリィの顔にはただ事では済まされない何かが浮かんでいた。


「手紙を読んで。でもアレックスには言っちゃだめだから」


 メアリーが美しい眉をひそめて、手紙をふんだくった。


「エズラの妹が?一体狙いはなんなのよ?それにレネーだって何を考えてるかわからないわ」


 メアリーはフランシスとは一度も会ったことがなかったし、レネーを信用ならない男だと思っているのだ。


「私が行けば、無駄な流血は避けられるわ。フラニーとは友達なの。二人には仲介役が必要よ」

 リリィが言う。


「本当にそう思うの?レネーもフランシスも強情者同士、お似合いかもしれないのよ」

 メアリーは厳しい顔をして言った。この親友が呑気さにつけ込まれて、痛い目に遭うのを何度も見てきたのだ。


「本当よ。昔からフラニーを知っているの。彼女だってエズラや奴隷制を憎んでいた。レネーとも意見を一致させられるわ」


 そこまで言われては、リリィを止める理由もなくなってしまった。アレックスには内緒にしてエイダへと送り出すだけだ。



 

 頭痛がして、足はふわふわと浮いて、身体中の感覚がないような気がしていた。背中に汗がういて、寒い。


 夜の寝室を歩き回っていた。昼間の服装のまま、着替えもせずに。朝が永遠にこないような気がする。それにひとりぼっちだ。行き止まりだ。


 レネー・ウィゼカは宮殿を包囲して、いかつめらしい顔をした使者をよこしてきた。今すぐ宮殿を明け渡し、エイダ軍の全権を放棄すること、エイダにある領地を手放すこと、エズラの身柄を引き渡すこと。


 昼間、屋上に出るとレネーが見えた。律儀に馬上でフラニーの返事を待っている。苛立って見えた。


 彼は知らないのだろうか?自分たちが同じことを望んでいるのを。たった今、宮殿を占拠して、彼の行動を阻んでいる女が自分の兄の妻だったことを、忘れてしまったのだろうか。


 フラニーは顔を洗って、ベッドの上に横たわった。


 侍女がやってきて信じられないことを耳打ちした。奇跡のようなことを。リリィが内密に宮殿の中に入ってきたのだ。


 何を話せばいいのかわからなかった。打ち解けて話すには、この宮殿は威圧的すぎたし、事態が深刻すぎた。


 リリィはフラニーを抱きしめた。優しく、温かい抱擁。孤独だった心がじんわりととけてゆく。フラニーは涙ぐんでリリィを見つめた。


「どうするつもりなの、こんなところに閉じこもって」

 リリィがきく。


「途方にくれているの。本当はやるべきことを、わかっているのよ。でも今はできない。娘と領地を守らないといけないから。レネーにエイダの王冠はいらないと伝えて」


「伝えるわ。あなたに悪いようにはしない。レネーは話のわかる人なの。だからフラニー、最後にエズラに会わせて。これは最後の慈悲なの」


 フラニーはうるんだ目でリリィを見上げた。

「兄は慈悲に値しない人だったわ。無害だったギーを見せしめのためだけに殺し、あなたを監禁して獣のような扱いをした。それに……私を辱めたわ、実の妹をよ!」


 苦痛と激しい憎悪に満ちた叫びだった。

 それがエズラという男なのだ。


「最後の慈悲よ。おねがい、フラニー」



 エズラは独房で鎖につながれていた。青白い肌の、彫刻のような男。わずかに曲がった鼻。


 彼はせせら笑いを浮かべて、言葉たくみにリリィを操ろうとした。虐待した女の情を当てにすること、それだけが彼にできることだったのだ。


「あなたの命は救えないわ。ここから出してやることもできない。あなたともう一度やり直すことも」

 リリィが優しく言う。


 まるで穏やかな死刑の宣告だった。


「お前は冷たい女だ。だが、俺が死んでも、俺を忘れることはない。今だって目を閉じれば俺の存在を感じるはずだ。リシャールを見てもな」

 エズラが言う。


「エズラ、負けたのはあなたよ。あなたは死に、私はレネーと結婚して彼の子どもを産む。私は生き続けるわ。あなたの最愛の女もじきに死ぬ。それか街角に立つ娼婦に戻るかもしれない。どうでもいいことよ。

 あなたは一度だって私を征服できたことはなかった。リシャールはあなたの子じゃない。レネーの子よ。皮肉よね、レアの産んだ子どもたちよりもリシャールを愛していたんだから」


「嘘だ!この卑しい冷血女めが」

 エズラが怒鳴る。


「いいえ、私は最後の慈悲をかけにきたのよ」

 リリィはそう言うと独房を去った。

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