都を捨てろ
昼夜をとわず、闘いは続いた。城壁の中にきらきらとした粉がふってくる。と思うや否や松明が投げ入れられて爆発が起こる。体ごと吹っ飛ばされた。周りにいた者も、吹き飛ばされた本人も、ずっと目や喉が痛い。やがてそれは激痛へと転じるのだ。夜眠れず、叫ばずにいられないほどの痛みに。
兵士たちの間ではその粉は「爆発粉」と呼ばれていた。夜など遠めから見ると七色に輝いて美しい。腕や脚を吹き飛ばしたり、命を奪ったりするので、恐ろしいものなのだが……。
「あの粉は一体なんだ。あれに吹き飛ばされた者は軽い傷を負うだけで生死をさまようになる。まるで毒薬だ」
レネーがジョンの隣にいきなりやってきて言った。
日差しの強い真っ昼間、二人は物見の塔の屋上に立っている。
爆発が起こって城壁が倒壊するのが見えた。
「あれの正体を突き止めなければ。ここで足止めされてるわけにはいかない」
レネーが真剣な面持ちで言う。
「エズラがどこに行ったのか、知っている。エル城だ」
ジョンが言った。
沈黙。レネーがゆっくりと隣を見る。
ジョンが手紙をもたしてエル城へと送り出した少年はまだ帰ってこない。あの少年は捕まり、敵軍にリリィがいる場所が知れたのだ。
「リリィは投降する……」
レネーは蒼ざめ、顔に怒りのようなものが浮かんだ。
「クソッ。ここにはいられない。だが、ここを出ることもできない。あの忌々《いまいま》しい男たちを蹴散らさないことには……」
ジョンは呆然と立っている。城壁が破壊され、イリヤの男たちが殺されてゆくのが見えた。空気がきらきらと輝き、爆発する。男たちの体や城壁をつくっていた石が舞い上がる。
「都を捨てるのか?」
ジョンがレネーの形相を見てあわてて言った。
「トルナドーレ卿、イリヤ城なら連中にくれてやろう。ここにいても、あの気味の悪い粉に殺されるだけだ。守るべきはイリヤ城ではなく、皇帝の義妹と義弟のいるエル城ではないか?」
レネーがジョンに向き合って言う。
帝都を捨てるのはつらい。都は帝国の栄華の象徴であり、ジョンの子ども時代そのものだったのだ。敵の手にわたり、破壊されるままにするとは。
だがこの城にいては、戦局を立て直すには無理がある。エル城にはまだ希望があった。
問題はどうやってイリヤ城から脱出するかである。あまりに無謀なことに思えた。
戦えない都市の住民たちの抜け道は用意してある。〈競技場〉のわきの秘密の出口へと通じる地下の通路があるのだ。
レネーは不発の爆発粉を回収して騎士たちに携帯させた。
夜、城壁から少年が忍び出てくる。身軽な影だ。少年は猫のように静かな足取りで、野営地に粉を撒き散らしてまわる。
夜の大地にレイドゥーニアの角笛の音が響き渡った。城門が開き、馬に乗った騎士たちが飛び出してくる。同時に城壁内から火矢が放たれた。敵地で次々と爆発が起こり、断末魔がきこえてくる。騎士たちはレネーとジョン・トルナドーレに続いて、止まることなく、走り続けた。
母が死んだ。和解することもなく、心の安らぎを得ることもなく。
メアリーは寝台の前にひざまずいて、祈るふりをしてみた。だが、心の内に静寂は訪れない。
幼い頃から真面目に祈ったことはなかった。自分は善人というよりも悪人なのだ。神にすがって助けを求めるなど白々しい。虫がよすぎるではないか。
でも今は、何かすがるものが欲しかった。自己嫌悪にのまれていたのだ。誰かがメアリーを責めないのであれば、自分で自分を傷つけてしまいたかった。
「エズラの言ったことなんて信じるな。アレックスは逃げ隠れしないし、アビゲイルはちゃんと生きている」
ビリーが扉の外から言う。
メアリーは立ち上がってビリーを部屋の中に入れた。声もなく泣いている。
「いいえ、彼が言ったことは本当よ。だって私が母を殺したし、私がアレックスを間違った道に進ませたんですもの」
彼女はそう言った。暗い暗い目で。力なく、出口のない迷宮をさまよっているかのような声で。
「メアリー、そんかことない。君は孤独なんだ。気負いすぎてるんだ……」
ビリーが言う。
メアリーの黒くぬれたまつ毛を眺めていた。
「ビリー、私を赦して。私を赦して」
何度もそう言う。彼に寄りかかりながら。
「君はもう赦されてるんだ」
ビリーは言った。唇をメアリーの首に押しあてながら。
だが、何かが彼を思いとどまらせた。キスも触れるのもやめ、後退りする。メアリーが濡れた目でビリーを見ていた。彼女がビリーの方に手をのばす。
「君は孤独なんだ」
ビリーはとてつもなく優しい声でそう言うと、部屋を出ていった。




