闇討ち
ムーサ・ドゥーニの要塞を囲うようにして農民たちの死体が並べてあった。初夏の強い日差しに照らされ、強烈なにおいを放っている。禿鷹が青空を舞い、死肉をついばもうと狙っていた。
「死体を回収してやれ」
ジョン・トルナドーレが歩廊に出てきて言う。
陰鬱な朝だった。皇帝と参謀たちは部屋にこもって話し合っているようで、なかなか命令はくだされない。兵士たちにも皇帝の葛藤がわかるのだ。
「今エズラの挑発にのって、砦の外に出たら負けるだろう。数の上では我々は劣っている」
ジョンが悩ましげな顔つきで言った。
「だが、民は死んでいる」
アレックスが言う。
「敵軍の挑発を無視するのです。援軍を待ちましょう」
テリー公が発言した。
「援軍はいつ来るかわかりません。来るかどうかも不確かです」
アーサー・ロンド卿が言う。
「援軍を当てにする気はない。砦の外に斥候を送り込もう。野営地を探して、夜襲をかける」
アレックスは険しい顔をして言い放った。
二日後、ムーサ・ドゥーニの砦から夜闇にまぎれて皇帝軍が外に出てゆく。
エイダ軍の陣営はシマスの平原にしかれていた。見張りが数人立っている以外はみな眠っている。アレックスは音も立てず、野営地を兵士で包囲した。見張りが異変に気づく前に喉をかっきる。
鬨の声が上がった。皇帝が剣をかかげ、イリヤの兵士たちは天幕を引き裂き、寝床にいるエイダ人たちを刺し殺してゆく。慌てて起き上がって走っても逃げ場はなかった。すでに陣地は取り囲まれていたのだ。逃げようとする兵士は矢に射抜かれ、倒れてゆく。
「皆殺しだ!」
皇帝が叫んだ。
「敵軍の半数は焼き討ちに出ていて無事だったとか」
ジョンがアレックスに耳打ちする。
「エズラも我々から逃れた」
アレックスが野営地の天幕の中、頭を抱えて言う。
「だが、兵力が半分になったなら、捕らえて滅ぼすまでだ」
皇妃はアレックスの手前、口にこそ出さなかったが、夫について戦場にやってきたことを後悔していた。戦争は残酷な上、不潔だ。おつきの侍女たちも苦労した。アビゲイルの機嫌は悪く、なんでもないことでお叱りの言葉をちょうだいしてしまう。
イネスは女主人の引き攣った笑い顔から逃れようと、近くの森林に行って倒木に腰かけていた。
頬杖をつき、古い歌を口ずさむ。
「……女が村にうまれた
男が戦場で死んだ
村娘が子どもをはらんだ
その子どもも明日には戦場だとさ……」
「不思議な歌だね」
男のやわらかい声がして、振り向いた。皇帝だ。隣にやってきて倒木の上に座る。
「みんな知ってる歌よ。私の村ではね……」
イネスは無愛想に答えた。
アレックスはしみじみとイネスを見つめている。幸薄そうな顔の少女だ。それにしても後ろから見ると、昔のメアリーにそっくりである。懐かしく、優しい気持ちになった。
「アビゲイルが君を探しているよ」
アレックスが言う。
「皇妃さまが?」
イネスはいぶかしげな顔をした。
「ああ。また旅に出るんだ。エイダ側を追いかけないといけないから」
「追いかけたら、焼けた村がもとに戻るの?私のお父さんが戻ってくるの?」
イネスがたずねる。
「いや、悲しいけど戻ってこない。だが、同じようなことが起きるのは防げる」
皇帝夫妻は何日かぶりに天幕で二人きりになった。アレックスは上着を脱いで、ほっとしながら寝床に入ろうとする。
「話があるの」
皇妃が言った。腕を組んでこちらを見据えている。
「疲れている。明日にできないか?」
アレックスが言った。
「イネスのことよ。あの子を別のところにやってほしいの。見ているのが耐えられないのよ」
「アビゲイル、それは無理だ。イネスを今外に放り出したら危険だ。エイダの脱走兵に殺されるかもしれない」
「あなたはわかっていないわ!」
アビゲイルがヒステリックな声を出す。
「あの子の後ろ姿は昔のメアリーにそっくりなの。受け答えの仕方もね。あなたはね、あの子の金髪が昔のメアリーにそっくりだからって、ここに連れてきたのよ。今だって私じゃなくてメアリーがいれば良いと思っている」
「なんで君はそんなにメアリーに不寛容なんだ?お腹を痛めて産んだ娘を憎むあまり、火あぶりにまでしようとしている。どうしてだ、アビゲイル?昔はそんな人じゃなかった……」
アレックスが怒って言う。
「私は昔からあの子が怖かったわ。野心家で横柄で魔術にふれるのだって、いとわなかった。あの子は魔女なのよ。私を廃して皇妃になろうとしている。タイロンが死んだのを見たでしょ?あの子が殺したのよ。あの子があなたの子どもを殺したのよ」
「君は気が狂ってる」
アレックスは嫌悪をこめて言った。
わななくアビゲイルを天幕に残し、外の闇へと消える。
もしかしたら狂っているのは自分の方かもしれない。メアリーを魔女として捕えずに、彼女の幻影を追っている。妻の言葉をきちんと聞いておくべきだった。メアリーを形だけでも遠ざけるべきだったのだ。




