王と皇帝
皇帝はドゥーサ・マーニの砦の近く、シマスの平原まで進軍した。そこでエズラと直接顔を合わし、最後の交渉を行うのだ。ジョン・トルナドーレはもう交渉など必要ない、と進言する。
行軍の間、おぞましい光景を目にしてきていた。さらし台には村の男たちが磔にされ、殺してくれるようたのんでくる。女子どもは奴隷にされて連れ去られてしまった。先祖代々の土地は焼き払われ、荒廃してゆくばかりだ。兵隊たちは怒っていた。エイダ人たちの血で刃を浸すのを、これ以上待っていられない。
「陛下、いま一度平和の価値についてお考えください。我々は苦労して平和を守り、帝国を繁栄させてきたのです。戦争が起これば民は飢え、疫病は赤子の命を奪って、母親たちの乳房をしぼませる。どうかもう一度エイダの王と話し合ってください。考えは違えども、エズラと共存する道はあります」
テリー公は戦争を思いとどまるよう、アレックスに弁舌をふるう。
「わかっている。あなたに言われたからこうして、虐殺王に会おうとしている。戦争の代価だって心得ている。私は皇帝だ」
皇帝の言葉に、テリー公は頭を低く垂れて下がった。
「テリー公はまるで何も変化を望んでいないようだ。虐殺王との戦争も国内の逃亡奴隷の保護に関する法案も、しつこく止めようとしてくる。彼も引退するべき年齢なのでは?」
ジョン・トルナドーレがアレックスの隣まで馬を進めて助言する。
「テリー公は父の代から仕えてきた忠臣だ。どのように引退を伝えるべきか悩んでいる」
「戦争が始まる前に政治から退かせたほうがいい。剣も馬も老人の心臓に悪いからな」
草原の向こう側から馬に乗った男たちがやってくるのが見えた。エズラとその臣下だ。
王は黒馬にまたがった大男である。彫刻のようにハンサムな顔は、邪心でゆがんでいた。隣には若き参謀、ペレアスがひかえている。優美なかんじの青年だ。瞳は美しい青。体の線は細く、中性的な顔をしている。
この青年はエズラの寵臣で王の行く先々についていっていた。エズラがここまで人を信頼するのも珍しい。
「エイダ王殿」
アレックスが厳しい表情で口を開く。風が吹いて、金髪がなびいた。
「皇帝殿」
エズラの顔に小馬鹿にするような、へつらうような、なんとも不愉快な表情が浮かぶ。自信に満ちていた。
イリヤ側が用意した天幕に二カ国の統治者と忠臣たちが入っていった。
交渉は思っていた通りの結果である。まず、イリヤ側が提案した。
第一に帝国領での民の虐殺および民家への放火、村や都市への放火をやめること。第二に帝国領でのイリヤ人の誘拐および奴隷商人への売り渡しを禁ずる。第三に帝国領へのエイダ軍の兵士、奴隷商人、傭兵の侵入を直ちに取りやめ、撤退すること。第四にエイダ王国との国境には関所をもうける。何人もイリヤの役人の許しなしには出入国することはできない。第五にエイダの兵士による暴行、器物損壊および略奪を禁じ、これに対する賠償を行うこと。
アレックスには妥協する気などなかった。エズラとて同じである。彼はこの見目麗しい皇帝を侮辱するためにこの場に来たのだ。エズラが要求したのは王妃、つまりリリィ・トワニーの「返還」と健康な奴隷千人、イリヤ西部の領地だった。
「義妹があなたのもとに戻ることはない」
アレックスがエズラの嘲るような言い草をさえぎって言い放つ。
「いや、リリィは戻る。あいつは自分のために誰かが犠牲になるのが耐えられないんだ。俺はあんたと違ってリリィのことを知り尽くしている。散々かわいがってやったんだ。あいつがどんな風に泣くか知ってるか?あいつがどんなふうに抱かれるか?あいつの裸は完璧だった……」
ジョンが派手な音を立てて席から立った。アレックスが平静をたもってジョンを見やる。
「失礼だが、国王殿、あなたの提案を受け入れることはできない」
アレックスが言った。
戦争が始まった。
皇帝軍はドゥーサ・マーニの砦で戦いに備える。エズラたちは野営地へと帰っていった。
夜も明け方も明るい昼日中も見張りを欠かすことはない。皇帝軍の見立てでは砦はエイダ軍によって包囲され、攻防を繰り広げるはずだった。皇帝がムーサ・ドゥーニに到着するまでは包囲されていたためである。
だが、来る日も来る日もエイダ軍はやってこなかった。
日が沈み、夜がやってくる。衛兵たちは眠らない。
遠くに火のあかりが見えた。松明でも焚き火でもない。炎が空高くそそり立った。
「焼き払っている!焼き討ちだ……」
衛兵が仲間をゆすって言う。
「どこだ?火は見えないぞ」
仲間が砦の周囲をみわして言った。
「違う!俺たちじゃない。村人たちが殺されているんだ!」




