往く者、とどまる者
ヤング・ジョンは可愛い子どもだ。栗色の巻き毛にはちみつ色の瞳。信じ切ったような目でこちらを見つめてくる。
気が重たくなった。この子は母のレイチェルにそっくりなのだ。
「ジョン、ちょうどよかったわ」
ジョン・トルナドーレが〈処刑広場〉に火薬の入った樽と大きな石を積み上げている。彼はすぐに振り向いて、ユーモアたっぷりに笑いかけた。
「メアリー、甥っ子を連れてきたのか?」
ジョンが問いかける。
ヤング・ジョンは、メアリーと手をつないで伯父を見上げていた。
「ええ、あなたはこの子の肉親ですもの。内々に相談したいことがあるの……」
アレックスには戦争の間はヤング・ジョンの面倒を見るよう言われたが、レイチェルとのいざこざを考えると、この少年は他の誰かに任せた方がいい。何よりもメアリーが耐えがたかった。
「メアリー、無茶だよ。俺はアレックスについて戦場に行くんだ。子どもの面倒なんて見てられない」
ジョンが困惑しながら言う。
「でもジョン、あなたは事情を知ってるでしょ。レイチェルの子どもに私が関わり合うなんて許されないわ。あなたの領地に連れていけば、ウージェニーが世話してくれるでしょう?いとこだっているわ」
「ああ、ウージェニーは喜んで世話するだろうさ。でも今は戦時なんだ。子どもを長旅に出すわけにはいかない。エル城にいた方が安全だ。それに君は子どもの扱いがうまいだろう?」
ジョンが積み上げた石の裏にメアリーを連れていって言う。
「レイチェルに直接近づかないよう言われたのよ。ねえ、私だって過去にレイチェルにしたことは悪いと思ってるわ。でも聖人になろうとは思っていない。レイチェルやヤング・ジョンにとっても良い迷惑よ」
これから戦場に行こうとするジョン・トルナドーレに子どもを預けるなど、土台むりな話だった。さらに悪いのはジョンもアレックスも、メアリーとレイチェルの過去を大して気にしていないことだ。リリィがいれば味方になってくれただろうに。
〈処刑広場〉でぼんやりしていると、皇妃の長持ちと共に広場を横切ってゆくイネスを見かけた。
「イネスも戦場に行くの?」
メアリーがジョンに聞く。
「ああ、皇妃についていくんだ。皇妃にも侍女が必要だろ?」
ジョンが肩をすくめて言った。
「そうだけど、他の侍女でもいいのに。イネスは暮らしていた村が焼き討ちにあって、父親もエイダ人の兵士に殺されたのよ」
メアリーは憤慨してしまう。イネスのか弱い肩の感じが頭を離れない。
「メアリー、皇妃には会うなよ。今度こそ火あぶりにされかねない」
ジョンが呆れた様子で言った。
アレックスは書記と共に文書の整理をしている。書斎はいつもより整然としていた。
「母がイネスを戦場に連れていこうとしているわ。イネスは虐殺を目の当たりにしたばかりなのに。気の毒よ」
皇帝は顔を上げて憤慨するメアリーを見た。
「イネスを連れていくように言ったのは僕だ。戦場に連れていくと言っても、何も武器をとって戦うわけじゃない。野営地にいて皇妃の世話をするだけだ。ちゃんと安全には配慮する」
「だめよ。他の侍女を連れていって」
メアリーがあごをツンと上げて言う。
皇帝はちょっと考えると、含みのある笑みを浮かべた。
「皇帝の僕に命令するのか?メアリー、悪いがなんでもかんでも君の言う通りにするつもりはない。イネスは戦場に連れていく。それも護衛をつけて」
「わかったわ。たしかに私はなんでも思い通りにしようとする。でもどうしてなの?どうしてイネスを連れていくの?」
背後で扉のしまる、重たい音がした。不気味な静寂。衣ずれの音。振り向くと皇妃が恐ろしい顔をして立っていた。
「何してるの?アレックス、どうしてこの魔女を追い出さないの?どうして火あぶりにしないの?私たちの子どもを殺したのよ!あんた、皇帝に媚薬を飲ませたのね!」
メアリーの抗議が実を結ぶことはなく、イネスは戦場行きを免れなかった。
「仕方ないさ」
歩廊の上で、行軍する兵士たちを見ながらビリーは言う。
「アレックスって冷たい人だわ。自分勝手ね。あんなか弱い女の子を殺戮の場に連れていくなんて」
「本気か?」
ビリーはメアリーの肩をポンと叩いた。
「さあ。私たちも旅に出ないと」
メアリーは空っぽになった城内を見下ろして言った。




