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憎い女

 夜明け前に寝台から出て着替えた。侍女は呼ばずに、ひとりっきりで。寝つけなかったのだ。


 夫亡き後、フランシス・トワニーは事実上の女領主となっていた。娘のヴァランティーヌは健康そのものだ。領地に侵入者もいなごもなく、生活は安定している。


 寝室の扉を叩く音がした。この暗いのに、非常事態だろうか。


 扉を開けると家令かれいのフィメルが立っていた。


「どうしたの、フィメル?」

 フラニーが扉を抑えたまま、きく。


「武装した軍団が領地に入ってきています。威嚇いかくしないべきかと……」


「案内しなさい。領地の兵士を集めて様子を見ます」

 フラニーが家令の言葉をさえぎって言う。


 城の外に出ると、なるほど確かに松明たいまつをもった兵士たちが遠くから行軍してくるのが見えた。フラニーの後ろには兵士の一団が控えている。


「エズラだわ。少なくとも、敵ではない」

 フラニーがフィメルを振り返って言った。


「ご婦人もいらっしゃいます」

 フィメルが箱馬車を見て言う。


 緊張がゆるんだ。無礼なことには変わらないが、あちらに敵意はないらしい。


「メアリーだわ」

 フラニーは兄とその妻のことを呪わしく思った。こんなふうに、いきなり押しかけてくるなんて。しかも明け方にだ。流血沙汰になっていてもおかしくない。



「挙兵した、愛する王妃のために」


 フラニーと召使いだけの大広間で、エズラが言う。ワインをのんでいた。


「王妃への愛のために?」

 フラニーがおうむ返しに言う。


「そうだ、リリィがいなくなった。すぐ連れ戻せると思ったが、戦争まで始めなければならないとはな。お前の兵士たちも戦争に参加させるんだ」


「リリィ一人のために戦争を始めるの?」

 フラニーは内心驚いて言う。


「妻を戻し、民に栄誉えいよを与えてやるためだ。エイダだけでは土地が足りない」


「民衆のための戦争」

 心の中ではうんざりしながら言った。


「最近、奴隷の逃亡が頻繁ひんぱんに起こっている。お前がかくまっているんじゃないだろうな」

 エズラが笑いながら訊く。


「奴隷はきらいよ。だから領地に置いていないのに。夫は耳の聴こえない奴隷を使いたがったけれど」

 フラニーが何気ないふうを装って言った。

「行軍なのにメアリー=ジェインがついてきてるわ。ここでは退屈するでしょうね」


「メアリーとはここで別れる。お前に頼みがあって来た。戦争の間、子どもたちを見ていてほしい。リシャールと他の三人の子どももだ」


 エズラはリシャールを第二王妃から守るために、ヴァランティーヌ・フィルスの領地をエイダの中の自治領とした。エズラが王座を開けてる時も、メアリー=ジェインに従わなくてよいのだ。


 王はすぐに領地を出てった。だが、メアリー=ジェインはいつ宮殿に帰るかわからない。


「田舎って、空気が淀んでる。人だって愚鈍ぐどん。そう思わない、フラニー?」

 メアリーがご馳走ちそうをいかにも胡散臭うさんくさそうな顔をしてついばむ。


「そうかもしれませんね、王妃様。ここでは退屈なさるでしょう?」


 昔からメアリー=ジェインとは、そりが合わなかった。それなのにメアリーときたら権力を手にして、ますます横暴になってゆくのだ。


「ええ、退屈してるわ。でもいいこと思いついたの。秘密を教えてあげるわ」

 メアリーがクスクス笑いをする。


「秘密?」

 フラニーが怪訝けげんそうな顔をした。


「ええ、秘密よ。あなただって知りたいでしょ。ギーのことですもの」

 メアリーが猫撫で声を出す。


 フラニーはほとんど恐ろしくなって言葉を失った。まさかギーが生きているのだろうか。


「レネー・ウィゼカがエイダの王に歯向かってきた時も、ギーは死ぬ必要なんてなかった。ギーはレネーの兄というだけで王を裏切ったなんて証拠はなかったし、エズラも殺すつもりはなかったしね。私がエズラに殺すように言ったのよ」


 メアリーは明らかにこの状況を楽しんでいた。目は爛々《らんらん》と輝き、唇から低い笑い声がもれる。


「なんでそんなことを……?」

 フラニーが目に涙を浮かべ、かすれた声で言った。ギーを愛していたのだ。


「だってギーはあなたの夫で、大切な人だったから。あなたを傷つけたかったのよ。あなたの打ちひしがれた顔、とっても楽しいんですもの」



 フラニーはリシャールやレアの子どもたちと手を繋いで歩きながら、あることを固く決心した。


「フラニー、いつ母上に会えるの?」

 リシャールが執務室の赤い絨毯の上で、本を広げてきく。


「そうね。戦争が終わったらきっと会えるわ」

 フラニーはそう言ってリシャールの髪にキスした。

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