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水車と戦火

「本気で帝都ていとまで付き添うつもりか?見知らぬ人に石を投げられて死にかけたのに」

 ビリーが馬上できいた。


「本気よ」

 メアリーがくっきりとした笑顔をつけ加えて言う。


 赤土、一面にひろがる草原の中を一行は進んでいた。


「ウィリーの面倒はハーバートが引き受けてくれた。リリィさまを帝都に送ったら船に乗って世界に出られる」


 ビリーは早くメアリーをイリヤから連れ出したかったのだ。早くメアリーの迫害されない、安全な場所へ。


 顔を上げると、遠くの方に煙があがっているのが見えた。御者ぎょしゃがリリィの馬車を止める。


「山火事かしら」

 いやな予感がした。山火事なんかじゃない。もっとひどいもの、もっと邪悪なもの。


「俺が見てくる」

 ビリーが手綱を握って言う。


「私も行くわ」

 メアリーが慌てて後ろから言った。


 二人で草原を駆けた。風が強く、煙に近づけば近づくほど匂いがきつくなる。


 黒い風が吹いてきた。川の中で水車がまわっている。村が燃えていた。メアリーは唖然としていた。隣でビリーが剣を抜く音が聴こえる。赤ん坊と女の悲鳴がした。


 川の前に、少女が打ちひしがれて立っていた。十二、三歳の少女だ。見事な金髪。緑の瞳。細くとがったあご。


 水車はまわる、ゆっくりと。恐ろしいほどゆっくりと。

 水面から赤い手と袖口が見え、男が上がってきた。水車に縛り付けられていたのだ。白いチュニックに血が広がっている。意識はなかった。


 ビリーは水車にくいをはさんで動きを止めた。メアリーと二人がかりで男の縄をほどき、地面に横たえる。


 閉じた目は開かない。もう死んでいたのだ。


「死んでいる。エイダ人どもだ」

 ビリーが地面につきささった矢を見て言う。


 家屋には火が放たれ、通りには死体が満ちていた。


「なんてことを。帝都に急いで行かないと」

 メアリーが言う。


「リリィ様をエル城に連れ返そう。テリー公は彼女を取り引きに使おうとするはずだ」

 ビリーが言った。


「リリィに言い聞かせても納得しないわ。それに、皇帝は今度こそリリィを手放さない。エズラに妥協だきょうなんてしないわ」

 メアリーがきっぱりと言う。


 水車の前に立ち尽くす少女に声をかけた。すっかり青ざめて、唇から嘆きの声がもれる。


 ビリーはイネスという名のその少女を自分の馬に乗せてイリヤ城を目指した。



 帝都はいつもより衛兵が多い。人々の顔にもどこか重苦しいところがあった。


 アレックスはみやこに押し寄せてくる避難民と陳情ちんじょうに、玉座の上で頭を抱えている。謁見えっけんのたびにテリー公が現れて、皇帝に助言するのだ。


 広間の入り口によく見知った女の顔が見えた。あやしげに光る黒い瞳に、うっすらとそばかすの浮いた肌。小さな上向きの鼻に肉感的な曲線美。


「トマス嬢、戻ってきたのか!」

 アレックスが女に向かって言った。途端に眉間みけんのしわが消え、表情が明るくなる。


 メアリーは玉座の前まで進み出た。

「ええ、陛下。内密に話したいことがございます」


 アレックスはメアリーを小部屋に連れて行った。広間の裏側にある、暗い、皇帝の剣の置いてある部屋だ。


「なぜ戻ってきた?」

 

「リリィよ。彼女があなたと会いたがってるの」

 メアリーが端的に言う。


 アレックスは言葉を失った。

「エズラから逃げられたのか?だから村が焼き払われてるんだな」


「あなたに会いに来てるの。レネーよりも先にね。リリィをエイダに送り返さない?」

 メアリーがアレックスの手にふれてきく。


「送り返さない。誓うよ。何があってもエズラの手には渡さない」


「皇女の私室にいるわ。リリィが昔住んでいた部屋に」

 メアリーはアレックスの言葉を信じた。


「民を城内に避難させ、武器という武器を新調している。エイダとの戦争は避けられないな。君は戦争を避けて海に出るのか?」


 家を焼き払われ、虐殺される民を見捨てられなかった。帝都に近づく前にエズラを止めなければならない。だが、斥候せっこうのもたらす情報はどれも不気味なものばかりだ。兵士の数や武器ではイリヤの方がまさっている。エイダはなにやら恐ろしい怪物を飼い慣らしているらしい。ドゥーサ河には人魚の胴体が毎日のように打ち上げられた。


「いいえ。リリィと残るわ。彼女には助けが必要なの。本当ならリリィはレネーのところへ行くべきだった。レネーはリリィのためにレイドゥーニアの王になったのよ。なんとしてでも妻を守るわ。でも義兄あににつかえると決めた以上、敵に追い回されることになる。前、リリィが安全を求めてエズラから逃げてきたとき、テリー公はリリィと赤ん坊のリシャールを敵に差し出したのよ」

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