死なない男
アイダは旅のあいだ、ほとんどしゃべらなかった。美人で寡黙な女だ。メアリーはなぜアイダが赤いスカーフを巻いてるのか気になって仕方ない。あまりに目立つ服装だ。
メアリーが山の中、川の近くに行くとアイダが水浴びをしていた。
「あなたは小島の魔女の弟子なのね」
こっそりと立ち去ろうとするメアリーにアイダが言う。
「ええ、彼女から多くを学んだわ」
メアリーが答えた。
アイダが岸辺にあがる。褐色の乳房、見事なくびれ、細長いかたちをしたへそ。成熟した豊満な女の体だ。
「あなたもそろそろ一人前の魔女ね」
アイダが言う。
「そうは思えないの。まだ学びたいことがあるもの。彼女は旅に出たければ出ればいいって言うけれど」
アイダは小島の魔女以外ではじめて出会った魔女だ。メアリーはなにか助言がほしかった。
「魔女はいくつになっても学び続けるものよ。あの人は、もうあなたに教えられることを教えてしまったんじゃないかしら」
「エル城に戻って姫君に会ったら、私は旅に出るわ。イリヤにいたくないの」
メアリーが言う。
エル城に着くと、ハーバートとウィリーが喜んでメアリーを迎えてくれた。
「やっぱり僕を船に乗せてってくれるんだね!ビリー、剣の腕だって上達したんだよ」
ウィリアムが夢中になっておしゃべりする。
「どれ拝見させてもらおうか。姿勢は忘れてないな?」
ビリーはそう言うとウィリーを開けた場所につれていった。
「ウィリーを連れていくためじゃない。リリィさまに会いにきたの。ねえハーブ、無理を言ってるってわかってるけれど、私が旅に出た後も姫君をここで匿ってほしいの。皇帝は衝突をさけるためにエズラに義妹を差し出すかもしれないわ。でもそんなことはできない。エズラもその「愛人」のメアリー=ジェインも残忍な人よ。農村のイリヤ人を連れ去っては奴隷にしてこきつかってる。本当か嘘かはわからないけれど、『人魚狩り』を始めたっていう噂もある……」
メアリーがはとこに向き直って言った。
「王の愛人ってエイダの王妃のことか?」
ハーバートが口をつっこむ。
「ええ、エズラの第二王妃よ。あの人たちの手にかかったら、リリィも恐ろしい目に遭うわ」
リリィはエズラに結婚を迫られる前は、エイダ国王フランク・ウィゼカの三男にして英雄、レネー・ウィゼカと夫婦だった。その結婚生活もエズラのウィゼカ一族虐殺により、一ヶ月で終わりを告げたのだが。
エズラはリリィの嘘でレネーが死んだものと思っていた。リリィとレネーの間の婚姻はまだ有効なのだ。
魔女たちの情報ではレネー・ウィゼカはイリヤの南方、山脈の南側にレイドゥーニアという国を建設したのだという。メアリーはレネーを探し出してリリィを妻として保護してほしいと頼むつもりだった。アレックスはエイダとの戦争に及び腰なのだ。彼をたよってリリィを任せるわけにはいかない。
ビリーはウィリーと乗馬をしにエル城近くの山間地に出ると、一人の貴婦人を見つけた。漆黒の髪を腰まで伸ばしている。どことなく妖精じみた、ごく美しく、うら若い女性だ。淡い緑の瞳は優しく、美しい。だが、少し生彩に欠けると思った。メアリーの黒い瞳は生き生きとして、あんなふうに視線が一箇所に据わることはない。
「姉さん何やってるの?」
ウィリーが素早く子馬からおりてたずねた。
弟を見て、リリィが微笑む。
「ビリー、この人が僕の姉さんのリリィだよ。エイダの王妃だったんだ。最強の王の奥さんだったんでしょ?」
ウィリーが紹介してくれた。
リリィがそうよ、と言って切なそうな笑みを浮かべる。
「噂は聞いております、姫君」
ビリーが軽く会釈して言った。
「ウィリーが話してくれたわ。メアリーの友人で弟の剣の師。あなたがアレックスの軍にいてくれたらいいのに」
ビリーは何度か馬上槍試合で優勝したことがあった。皇帝の近衛軍から誘いもあったが、断ったのだという。軍隊に入ることで得られる地位は嬉しいが、アレックスにはつかえたくなかった。
三人は並んで歩いた。ウィリーは木の枝をもって地面をつついている。ビリーはメアリー・トマスのことを話した。どうやらリリィとメアリーは相当仲がよかったらしい。
不意にリリィが上を見上げて立ち止まった。ビリーが真っ青になったリリィを見て木の上を見上げる。木の幹を血が伝っていた。頭上から人の声がする。何かうたっていた。古い子守唄だ。
頭上の枝に腹を引き裂かれた人間の体が引っかかっている。腹の中でははらわたが引きちぎられ、つぶされて形がなくなっている。
ビリーは不気味な思いをした。なぜあの人間はあんな重傷を負って生き延び、その上、歌まで歌っているのだろうか。
「あなた、一体何があったの?今すぐおろしてあげるわ。もう大丈夫よ!」
リリィがウィリアムを馬に乗せて城に戻らせてから、声をかけた。声は震え、まともに喋れない。
「あれは、あれは一体なんなんだ?」
ハーバートが広間を歩き回りながら言う。
木に引っかかっていた男は何も意味がある言葉を喋らなかった。こちらを理解している様子もなく、かといって特別傷を痛がってるわけでもなかった。はらわたを引きずりながら踊り出す始末である。
「殺してやろう。あれは生きてると言えない」
ビリーが顔をしかめて言った。
「アイダなら何か知っていたでしょうに。あれはもっと邪悪なものよ。生かしてはおけない」
メアリーがビリーに手を添えて言う。
結局、自らのはらわたとダンスする男の謎は解けなかった。
リリィはメアリーやビリーの反対をよそにイリヤ城に帰りたがっていた。エル城にもエイダ軍による襲撃の情報が入ってきている。皇帝と会わねばならなかった。




