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2、口裂け女

「こんにちはー」

 ピンポンと古いドアベルを鳴らしたロアは、ちらと電気メーターを見た。なめらかに動いている。中にいるな、よし。

「……はいはい」

 ガタガタとものをどかす音がして、ようやく出てきたのはマスクをつけた若い女だった。髪を適当に留めていることから、寝起きだったことが伺える。テレビでも見ながらゴロゴロしてたんだろう。

「都市伝説妖怪管理人のロアです。口裂け女さん、久しぶり」

「あ、けっこうです。間に合ってます」

 ドアを閉めようとする間にロアは足を滑り込ませた。重い登山靴をはいてきてよかった。勢いよく閉められたドアにも十分、耐えられた。口裂け女はドアノブを握って追い返そうとする。

「なにするんですか! 家賃は待ってくださいよ」

「今日は家賃の話じゃねえ! 定期巡回だよ!」

 ここは都市伝説管理寮、別名妖怪アパートだ。この地域の都市伝説妖怪を一ヶ所に集めて管理するための場所である。住人はこの口裂け女のほか、小さいおじさん、靴下片っぽ隠しとイヤホン片っぽ隠し、首なしライダーなど。比較的害のないと思われる妖怪で、場所に縛られないものが多い。

「そうですか」

 ほっとして女はマスクを外した。大きく裂けた口のほかは普通の女性に見える。ロアはメガネを外して女を見つめた。少し揺らぐだけで、おおよそはっきりした人間のような形をとっている。

「存在は安定してるね」

「はい! 最近はあちこち遊びに行ってますよ! こないだ京都行ってきたんです」

「ふーん……まあ、みんなまだマスクしてるし、動きやすいか」

 階上で走り回る足音がする。妖怪空いているはずの部屋からする足音だろう。妖怪はこんなのばかりだ。いちいち気にしては仕事にならない。管理人になってからロアは図太くなった気がする。

「でも、マスクだと息苦しくない?」

「そうなんですよ! やっぱワタシのトレードマークじゃないですか、この口。口を見せてこその口裂け女ですよね。さすがに追いかけて襲いはしませんけど、驚いてもらえないと存在感がないんですよ」

「うんうん」

 ピピッと電子レンジが鳴って、扉が内側から開く。中からホカホカになった猫が伸びながら出てきた。

「みんなマスクだから出歩きやすいですけどね、こう、マスクを外して『ワタシを見てー!』って叫びたくなるというか。きゃー! っていうかわいい悲鳴が聞きたいんです」

「露出狂と同じ思考だね」

「でも、それやったら捕まるじゃないですか。あなたに。処分されちゃう」

 猫を撫でながら口裂け女が言った。

「だから、ヨーチューブデビューしたんです。『口裂けちゃんのドキドキひとり旅』っていって、旅先でこっそりマスク外して気づかれないように歩くってチャンネルで、スリルと気づかれたときの反応がけっこう評判で収益も出るようになって、スペシャルとして京都まで遠征しちゃって……」

 そこまでを楽しげに説明してから、はたと気づいた。これは管理人に言ってもいいことだったろうか。そのロアはやれやれとため息をついて、スマホを見た。そこにはヨーチューブの口裂け女の動画が並んでいた。

「やっぱりこれ、あんただったか。オススメに出てきやがって」

「あ、ロアもヨーチューブ見るんだ……」

 最近では再生数も評価もついて、コメントでもなかなかいい反応がもらえていた。口裂け女のひょうきんなキャラも合わさってホラーっぽいコメディになっている。気づいて驚いた相手にはちゃんと説明して謝罪し握手して終わるので、ドッキリのあとのフォローがあって気楽に笑って見られるとのことだ。

「別にいいよ。禁止されてるわけじゃないし。あんまりハメ外して迷惑系になるなら対処するけど」

「……よかったあ」

「このご時世でよく存在感が増したなーと思ったら、ヨーチューブねえ」

 妖怪管理人の仕事は妖怪の処分だけではなく保護もある。広く管理、人間との関係の調整役といえる。ヨーチューブで人目を引けるなら、人を襲わなくてもいいのかもしれない。ともかく、人間も妖怪も、新しい時代になったと言える。

「で、収益出たんだよね? 家賃は?」

「あ、それは、機材とか買っちゃって……」

 冷や汗だらだらの口裂け女に、ロアは厳しい視線を向けた。

「死体洗いのアルバイトくんが短期バイト探してたけど」

「マグロとブリ、サワラにヒラメ、お魚洗うのは手が冷たくてもう嫌よお!」

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