バレンタイン小話
ハッピーバレンタイン
2月の14日
毎年訪れるその日は私に一つの記憶を呼び起こさせる。
それはいつも14日の朝、毎日の習慣として飲むコーヒーの味と共にやってくるのである。
私が学生をしていた頃、好意を寄せている異性がいた。
雲の上の存在なんかじゃ無く、昔からの馴染みの人だった。
仲は良い方だった気がする。
良く外へ遊びにも行ったし互いの部屋に誘い誘われをしていた関係だった。
恋心を理解したのは当時よりもっと幼い頃だった、淡い感情を自覚しながらも私は関係性の変化を恐れて何もすることが出来なかった。
今にして思えば随分と奥手な性格だったものだと思う。
自覚してからは手を繋ぐことも目を合わせることすら出来なくなっていた。
そんな私にもあの人は変わらず接し続けてくれた、それがなんとなく嬉しかったのを覚えている。
それから暫くしてからであるが、ふと思ったのだ。
「この人が自分だけのものであれば良いのに」と。
一度芽生えてしまった感情に蓋をすることは出来なかった、いや、しなかったが正しいだろう。
しかし、そんな独占欲を表出させるにはあまりに遅すぎた。
あの人の隣には別の誰かが既にいたのだ。
そんなことも知らなかった私は今世紀最大の間抜けだろう。
誰よりも一番そばで見ているつもりだったのに。
随分と思い上がったものである。
結果的に私の恋は、始まる前から終わっていたのだろう。
それからも私とあの人の関係性はずっと変わらぬ友人のまま、現在まで至る。
最近、式の招待状が届いた、友人代表として出席をお願いしたいと。
思い出しながらコーヒーを飲む。
深い苦味が口の中に広がる。
私は昔から苦いものが好きだ。
だから大丈夫なのだ。
「私」の性別はどちらか決めていません。
納得できる方でお考えください。