第二章【出会い】P.2
「別れて欲しいの。」
「えっ?」
突然の出来事に対応出来なかった僕は思わず彼女に聞き返した。ある日、久しぶりに会った彼女と昼食を取るために入ったファミリーレストランで彼女はそう告げた。
心臓が苦しくなるほど早く鼓動を打った。胸の中に何かどす黒い気持ちが沸々と沸き起こる。僕は吐き気がして、口に運ぼうとしていたナポリタンの手を止めた。
「別れて欲しいの。あなたとはもう……これ以上やっていけない。」
「どうして?」
俯く彼女を真っ直ぐ見つめて僕はそう尋ねた。
理由が全く分からなかった僕は、すぐにでも彼女の理由が知りたかった。もし、僕に悪いとこがあるのなら、僕は彼女に認めてもらえるように直すつもりでいた。
彼女と別れるなんてこと、考えられなかったのだ。
「好きな人が出来たの。」
残酷な響きが僕をさらに混乱させた。好きな人?何を言ってるんだ。好きな人はこの僕のはずだ。お互い気持ちが通じ合っている。だから僕らはこうして二人でいる。なのに……好きな人が出来たとは一体どういうことだろう。
「……この間、高校の同窓会で久しぶりに会った人よ。」
「……同窓会?」
初耳だった。彼女がいつ、どこで同窓会があったなんて知らなかった。彼女は僕がそう聞き返すと、怪訝な顔をして僕を睨みつけるようにして見た。
「そうよ。同窓会。知らなかったでしょ?それはそうよね。だって私たちが最後に会ったのは二カ月前。その間、お互い連絡を取り合おうとも思わなかった。これがどういうことか、分かるでしょ?」
僕は黙ることしか出来なかった。僕自身、彼女と連絡を取ることに何かしら抵抗があったわけではない。いや、むしろそれより酷い。
僕はここ二カ月、彼女に対して無関心だった。連絡をしない自分にも、連絡を送ってこない彼女に対しても僕は無関心だったのだ。
別に彼女に嫌気が差したわけでもない。ただ、大学で過ごす多忙な日々に疲れを感じていた。全てが折り重なって、僕を疲労困憊にさせていた。
そんな中、彼女とコミュニケーションを取るの忘れていた。僕が悪いというのは明らかだった。そのため、僕は彼女に何も言い返せなかったのだ。
「……何も言い返してくれないのね。」
彼女の寂しげな一言が僕の胸に突き刺さった。額から嫌な汗が落ちるのを感じた。
後悔したのは彼女が席を立ち、店から出て行った後だった。僕は彼女のいない空席をただぼんやりと見つめていた。そこには彼女がついさっきまでいたということを証明する、彼女が頼んだハンバーグのランチセットがほとんど残った状態であった。
さよならも何もない突然の別れだった……自分の全てを否定されたような気がして、僕はそれ以上パスタに手をつけることもなく、ただそこにぼんやりと座っていた――
「進くん?」
「ん?」
彼女が僕の顔を覗き込むようにして僕を見てきた。少し心配そうな面向きで僕を見つめている。
「どうかしたの?ぼんやりとしちゃって……」
「あ……いや、何でもないよ。」
「……あたしといるの……やっぱり楽しくない?」
彼女は寂しそうな表情を浮かべて僕にそう言った。僕はそんな彼女の不安を払い除けるために、彼女の頭をゆっくりと撫でた。
「そんなことないって。むしろすげー楽しい。久しぶりだからさ。花梨といるのが一番落ち着くんだ。」
「……本当に?」
「本当だよ。ただ、これからどこ行こうか考えてただけ。」
彼女はようやく笑顔になって、注文したアイスコーヒーを少しだけ飲んだ。
僕も安心して同じようにアイスコーヒーを飲み込む。目を合わせて笑って、僕らはしばらく会ってなかった空白を埋めるようにお互いの近況について話し合った。
彼女は現在通っているパン作りの専門学校で、初めて講師に自分の作った作品が誉められたことを話し、僕は少し堅い話になったかもしれないが、この間足を運んだ各企業が集る合同説明会の話をし、注文した料理が運ばれるのをそうして待っていた。
以前付き合っていた彼女とよく来た店がここだった。二年間という時間が、この町のあちこちに散らばっていて、ここもその一つだった。以前付き合っていた彼女は、茶色がかかっている髪が長く、毛先にはカールを巻いていて、近くにいると甘い香りがしていた。
今付き合っている彼女はそれとは対照的で、肩にかかるくらいの長さの黒髪で、けれど甘い香りは彼女と変わらなかった。半年前、僕らは出逢い、惹かれ合って、こうして今を共に過ごしている。
彼女のことは本当に好きで、ずっといっしょにいたいと心の底から思っている。だがその反面、そうやって彼女にはまっていく自分が怖かった。
過ぎ去ったはずの過去が僕を取り巻いていた。彼女にはまり、そしてまたいつ失うんだろうと考えてしまう自分がいた。
また同じ事を繰り返すのが怖かったのだ。
しかも、僕は今目の前の彼女がいるのにもかかわらず、以前付き合っていた彼女のことを色々な場所で思い出してしまうのだ。
二年という月日が僕の心の中に、具現化された思い出を深く刻み込んでいた。
目の前の彼女とこうしていっしょにいるのは本当に楽しい。たわいもない話で自然と笑っている自分がいる。
「お待たせいたしました。パスタランチに、ハンバーグランチセットでございます。」
料理を運んできたウエイトレスが僕の前にあさり貝のパスタとサラダを置いた。
そして彼女の方には、“ハンバーグランチ”が置かれた。
僕はぼんやりと、それを見つめていた。