第二章【出会い】P.1
「進くん。」
駅前で散らばっている雑音の中から僕の名前を呼ぶ、一つの声。僕はその声に反応して、声のした方を振り向いた。
薄いピンク色のコートを羽織った彼女が僕の方に向かって駆け寄ってくるのが見えた。僕は彼女の姿を確認し、自然と表情を緩めた。
彼女は少し息を切らしていた。一つ一つの呼吸と一緒に白い息を吐いている。
「ごめんね。待った?」
申し訳なさそうにそう言う彼女を安心させるように、僕は小さく笑って見せた。
「大丈夫。俺も今来たところだから。」
僕がそう言うと、彼女も小さく笑って僕の手を握った。彼女の手は暖かく、そして僕の手は冷たかった。屈託のない可愛らしい笑顔を僕に向けていた。
「それじゃ行こっか。」
「うん。」
そして僕らは手を握り合いながら、颯爽としている街中を歩き始めた。クリスマスが近いため、街はイルミネーションが施されていた。しかしそのイルミネーションが効力を発揮するのは夜。
今はまだ朝の九時だ。イルミネーションなんか余所に、街中の人々は皆マフラーやコートに顔を埋めながら忙しそうに歩いている。もちろん僕もその内の一人。
「何だかデートするの久しぶりだよね。」
彼女がそう言うと、僕は少し首を傾げて答えた。
「そう?二週間前にしたばかりじゃん。」
「二週間よ?その間、進くん電話もメールも繋がらないんだもん。忙しいのは知ってるけど……寂しかったんだから。」
彼女はふてくされたようにそう言った。確かに今の僕は少し忙しい。バイトと就職活動の日々に追われていて、正直の話、彼女のことを気にかける余裕がなかったのだ。
でも彼女からのメールや電話は、例えどんなに遅れても必ず返すようにはしていた。夜中になって、携帯電話を開いてみると五、六時間前の彼女からのメールや電話が来ていることに初めて気づき、慌てて返事をしたりした。
そして今日、こうして時間をとって彼女と一緒にいる。僕は本当に忙しかったんだから仕方がないじゃないか、という思いが起こったが、それ以上に彼女が僕を欲してくれていたのは嬉しかった。
僕はちょっとふてくされてる彼女の頭をゆっくりと撫でた。
「ごめんな。お詫びに今日は花梨とずっと一緒にいるよ。どこにでも好きなところに行こう。」
柔らかい声で彼女にそう言うと、彼女は疑うような目で僕を見た。
「……本当に~?」
「本当。神様でも何にでも誓う。」
彼女はちょっと僕を見つめて、そして疑うような目つきを嬉しそうな笑顔へと変えた。僕の腕に抱きつき、精一杯の力を込めた。
「じゃあ許すっ!」
単純な彼女を見て、僕は可笑しくなってクスクスと笑った。彼女のこういう無邪気なところが好きだった。
彼女が本当に好きだ。それは誰にでも言えるし……真実でもある。
彼女に会うまで僕は幸せを知らなかったのかと思うくらい。彼女が好きで……
彼女の全てを知りたい……そして僕のことも知って欲しい。
全てを分かり合いたいとおもうような女性だった。
僕は抱きつく彼女を宥めながら、ただ人混みを避けるように街中を歩いて行った。