継ぎ師
二一〇〇年。大通りから少し外れ、雰囲気などではなく誰が見ても寂れた店。長蛇の列を作るのは客じゃなく、彼らの残した依頼品たちである。一つ一つを丁寧に直すと言えば聞こえは良いが、仕事が遅いと思われたって仕方ない。だから、大きな道を外れたのだ。
「すみません。母の形見が壊れて、直せますかね? ウルツァイト製なのですが」
イマドキ珍しい押戸の入り口。手動扉を開いた彼女は、鳴らした音とは反対に大人しい雰囲気のお嬢さん。元世界一硬い物質を手にしているのも似つかわしくない。
鈍い光を放つ丸い器。着色技術も確立した現代では取り残された、寂れた逸品。
かつては贈り物として流行ったらしいな。元世界一。心踊る響きなのは確か。
「本来ならお待ちいただくんですがね、職人魂ってヤツが優先順位を変えろって煩くて。休憩時間ということにして、今やりますよ」
扉を背に申し訳なさそうにしていた彼女。私の返答に、ようやく視線を合わせた。
火山地帯で採れる物質を加工した品。高温で安定するから普段のやり方ではいけない。欠けた箇所を丁寧に水圧で整える。歪な状態では補うのにも骨が折れるからだ。決して、世界一の物質を切り裂いてやろう。などとは思ってなどいない。いや、自分に嘘を吐くのは良くないな。胸踊る瞬間さ。
「母は頑固で、自分が正しいと思い込むタチでした。使えもしない器を大切にして」
ウルツァイトみたいな方ですね。なんて言おうとして止めた。空気感をブチ壊すのは、物を直すものとして相応しくないはず。
「でも、貴女も大切にしてるんでしょう?」
捻り出した言葉は、思いがけず重みを持ち彼女に届いた様子。動作にはしていないが、私は胸を撫で下ろした。では、作業に戻るとしよう。現代の技術対元世界一。
「ですけど、壊してしまったので。ぽっかりと空いた穴を見て、何してるんだろうって」
言われてみればおかしな話。ロケットにも使われていた素材。一点しかない穴。作為的な力を加えねば、有り得ないだろう。なら、なぜ修復の依頼なんて?
「私の手元にあるってことが、貴女の気持ちそのものなんじゃないですかね」
なんだか意味ありげな台詞になった。本当は手元の攻防に集中していて放っただけ。
「そっか。そう、なんですよね!」
今日イチ元気な声。穴が広がり掛けた。私が繊細な作業をしていると分かっているのか甚だ疑問である。とはいえ、胸が高鳴ってるのは、失敗しそうだったからだけではない。
元から、お客に喜んでもらえたらと思って始めた商売。彼女の反応は素直に嬉しい。
「あ。すみません。危ないですよね」
遅れて顔に出たのだろうか。彼女は温もりを持った表情で席に着いた。
形を整えた穴に、同じ素材をあてる。僅かに隙間があるので、固定してから放す。あとは接着させれば完成。世界一コレクションが役に立った。なんて浮かれるのは後。
接着剤でくっ付けたら終わり。などと簡単にはいかない。今からが肝心なのだ。音波で補填した箇所を伸ばす。隙間がなくなれば、器の内側で起こる振動が止む。
音の波が跳ね返ってきた。水漏れもなし。新しい技術の勝利。私のカチ。
「ありがとうございました。直してくださるだけじゃなく、何か、色々と、その」
入店時と変わらない、恥ずかしそうな声。けれど視線は私と重なっている。真っ直ぐな瞳は、彼女の心と未来を示しているのか。
「お代は」
寂れた通りを照らすオレンジの中。慌ただしくバッグを漁る彼女。
「いりません。今は休憩時間なんですから。良ければ使った感想でも聞かせてください」
顔を上げて驚いた様子が見えた。遠慮する言葉を、首を左右に振って誤魔化す。
「今回は欲しいモノをいただいてますので」
人のいない世界。夕焼けの中を何度も振り返って帰る彼女。手にした器は二つの光を浴びて、店で見たときより輝いていた。
人類が消えた地球。二度目の二一〇〇年。お金の必要なくなった世界で、私は錆びた体に疼く自分自身の欲を満たすために営む。
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