お弁当とみっちり書かれた「好きです」の手紙
翌朝、駅のホームで始発電車を待っていると、例の通り魔? 美少女が階段を下りてきた。
今日も全身真っ黒なゴスロリファッションで、昨日とは微妙に違う、けれど似たようなワンピースを着ている。手には同じく真っ黒な丸いレザーバッグ。
出刃包丁は……持っていないように見えた。
「おはよう」
無言でいるのも気まずいので、取り敢えず挨拶してみる。
「お、おはよう、ございマス。これっ!」
彼女は黒いレザーバッグを俺につきだした。反射的に鞄を持っていない方の手で受け取ると、彼女がクルリと踵を返し階段まで走り去る。いや、去ってない。途中でピタリと止まり振り返る。
「明日も持ってくる」
そう言い捨てて、階段を二段抜かしで駆け昇っていった。
後ろ姿をポカンとしつつ見送ったあと、うっかり受け取ったバッグの中身を、こわごわ確認する。
手紙と黒い巾着に入った弁当箱。黒い手紙にはメタリックパープルの文字で「好きです。好きです……中略……お弁当食べてください」とあった。
──食べないと刺されるのかな。
さらに翌日。
駅の階段を降りるとプラットホームに例のゴスロリ美少女が立っていた。
じっと佇む姿は人形そのもの。相変わらず黒一色のゴスロリワンピースを着ている。手に……凶器らしきものは見当たらない。
「おはよう」
こちらから挨拶すると、精気の無かった頬に僅かな赤みがさした。人形が人間に変わる瞬間。なぜか、優越感を覚える。
「おはよう、ござい、ます」
語尾がだんだんと小さくなるのが、少し愉快だ。持っていた空の弁当箱入りレザーバッグを目の前に差しだした。
「ありがとう。美味しかったよ」
怖かったので同僚に毒味させて、自分は半分しか食べてない。なんてことはもちろん言わない。
「これ手紙の返事」
スーツの内ポケットから、飾り気のない白い長四封筒を出す。彼女は大きな目をさらに真ん丸く開いて一時停止されたように固まった。
遠くから電車の音が聞こえてくる。間もなくホームに始発電車が来るのだろう。動かない彼女の手を取って、バッグと手紙を握らせる。
「明日も来るの?」
聞くとハッと息を吹き替えした彼女が「きて、いいの?」と自信無さげにつぶやく。
ホームに始発電車が到着した。騒音にかき消されないよう、少し大きな声で「会いたい。手紙、読んで」と伝えると、彼女の両目からなんの前触れもなくボロボロと涙がこぼれる。
──凄いな。化粧、崩れない。
いつかテレビで見た濃い化粧の女優が、黒い涙を流していたのを思い出す。
返事は無いが手紙を読めば分かるだろうと、踵を返し電車に乗りこんだ。座らず出入口の前で彼女を見る。
ピーッと音が鳴って、自動扉が閉まった瞬間、彼女がなにか言った。自分の耳を指差して聞こえないとジェスチャーしたが返事は無い。すぐ電車が大きく揺れて発車する。
まあ、明日聞けばいいか。