( ´ ▽ ` )ノ( ´ ▽ ` )ノ( ´ ▽ ` )ノのお話
今年も東の庭に美しい薔薇が咲いている。-酷い夫に苦しめられた公爵夫人が幸せになるまで-
「今日も公爵様はお帰りにならないのね。」
アイリーナ・レクティウス公爵夫人は花壇に植えてある花を手折りながら、呟く。
答えてくれる者は誰もいない。
この屋敷で、アイリーナは孤独だった。
アイリーナがエリック・レクティウス公爵に嫁いで来たのは一月前。
アイリーナ16歳。まだ少女と言っていい程の、小柄な金髪のアイリーナ。
背の高く美男の部類に入るエリック25歳。
二人並べると一幅の絵のような似合いの夫婦だと、教会で派手に結婚式を挙げた時に人々は噂したものだ。
アイリーナは元ルテイン伯爵令嬢である。エリックが自分の派閥の貴族達に、おとなしくていいなりになるような、年頃の令嬢はいないかと打診した所、ルテイン伯爵が娘を差し出したと言う訳だ。
エリックは女遊びが激しくて、あっちこっちの貴族の令嬢から、既婚の女性、果ては未亡人まで遊び歩いていた。
そして、結婚後も女遊びを辞めるつもりはないと…宣言していたのだ。
夜の生活はたまにあるが、まるで義務とばかりに相手をし、別の部屋で寝てしまうエリック。
本当に寂しかった。
屋敷の使用人達もどこかよそよそしくて…
実家に戻りたい。何度そう思った事か。
しかし、父に嫁いだからには戻って来るなと釘を刺されてしまった。
涙が流れる。
何度泣いたことか…
どうして?どうしてこんな寂しい生活を私は送らなければならないのだろう。
これから一生?ひとりぼっち?
エリックとたまに食事を一緒に取る事がある。
エリックの口癖は、
「お前はまだ若いのだから、何も知らない。そんな馬鹿なお前を妻に貰ってやったのだ。私に感謝するのだな。」
「はい。旦那様。」
「本来なら、私は王女様や公爵家の令嬢を妻に貰う事の出来る高貴な身分だ。私程、優れた男はいない。人々は私の事を褒め称え、女達はいかに私と褥を共にするか、争っている。そんな私の妻になれたお前は幸せ者だな。」
「はい。旦那様。」
「昨夜のミンネ・フェデリクス伯爵未亡人はよかったぞ。お前なんぞと比べて余程、楽しめる大人の女性だ。お前は褥でも本当につまらん女だ。」
「申し訳ございません。」
「それに何だ?そのドレスは。公爵夫人ならふさわしいドレスを着るがいい。」
「それは旦那様が…お金を…」
「煩い。そうだな。屋敷にいるお前に我が公爵家の金を自由にさせたくはないから。金は私が管理していたんだった。ドレスを一枚新調する金を与えよう。感謝するがいい。」
「有難うございます。」
唯一の話相手のエリックは万事この調子で。
話をしていて疲れしか感じない。
それでも、誰も話す人がいないアイリーナにとって、疲れしか感じない時間でも寂しさが紛れるだけマシだと思った。
孤独は嫌…寂しい…寂しいの…
とある日、泣きながら花壇に咲いている花を手折っていた。
- どうしたんだ?何か悲しい事でもあったのか?-
ふと、見上げてみれば、木の枝に尾の長い金色の鳥が止まっていた。
今まで見た事のない綺麗な鳥にアイリーナは見とれてしまう。
「鳥さん?とても綺麗ね。」
- 有難う。何で泣いていたんだ? -
「私ね。この屋敷で孤独なの。寂しくて寂しくて泣いていたの。」
- そうなのか。寂しくないように努力はしてきたのか?-
「努力?」
- そうだ。努力だ。周りに人がいるだろう?その人と仲良くなるように努力したのか?-
「いえ。してないわ。どういう風に接していいか解らなくて。」
- お前から心を開けば、寂しい悩みは解決するかもしれないぞ。-
「有難う。鳥さん。私から心を開くのね?」
- そうだ。それに、考え方を変えてみるがいい。今ある幸せ。美味しい食事が出来る幸せ。暖かいベッドで眠れる幸せ。それを有難く幸福に思う事だな。私はお前の事、応援しているぞ。-
金の鳥はふわりと、空へ舞いあがってしまった。
「鳥さん。また、来てくれるっ?」
鳥に向かって叫ぶ。
鳥は戻って来て、アイリーナの周りをふわりと一回り回って、再び空を飛んで行ってしまった。
― 又、会いに来よう ―
そう言い残して。
ぼんやりと金の鳥の去って行った空を見つめていると、春の鳥のさえずりが聞こえる。
あああ…あまりにも落ち込んでいたから気づかなかったけれども、季節は春まっさかりなのね。
私は一人ではない。一人ではないのだわ。有難う鳥さん。
そうね。今ある幸せを感謝しないと。
アイリーナはいままでにない位に、幸せな気持ちになった。
さぁ。お花で部屋を飾りましょう。
三つの花瓶に花壇の色とりどりの花を活けて、自分の部屋に飾ってみた。
とても華やかな感じになる。
メイド長が昼食の時間ですと知らせに来た。
仕事は出来るが冷たい感じで、アイリーナは話をする事も出来なかった。
しかし、今日はメイド長に向かって、部屋の花を自慢した。
「見て頂戴。綺麗でしょう。」
「お部屋の花の事でございますか?」
「そうよ。季節は春なのね。」
「そうですね。早く致しませんと。食事が冷めてしまいます。」
「解ったわ。」
相変わらずそっけないメイド長。
でも、アイリーナの心は浮き浮きしたままだ。
出された食事はいつもの如く、柔らかいパンと、味の良いソースがかかった肉、色々な野菜を使ったサラダ。香り高い珈琲。
今まで、何を食べても美味しくなかった、
でも、なんて美味しいんだろう。
こうして食事が出来るだけで幸せ。
一人の時間だけはあるのだ。
この屋敷には本だけは沢山ある。本を読もう。知識を増やそう。
お庭の手入れもやってみたら面白いかもしれない。お料理も覚えよう。
公爵夫人のやる事ではないが、どうせ、お前みたいな女と馬鹿にされているのだ。
前へ前へ…突き進もう。
エリックが帰って来た。
夕食を共にした。
「今日は城でカイド第二王子殿下に褒められた。私が進言した政策が採用になったからだ。馬鹿なお前には解らないだろうがな。」
いつもなら、
「そうですか。旦那様。」
と、そっけなく答えるだろう。
しかし、今日は違った。
「どのような政策を?さすがですわ。旦那様。」
「ふん。お前なんぞに話しても理解できないだろう。その点、エリザベート・ハリティス伯爵令嬢は博識だ。話をしていてもお前と違って飽きない。」
「確かに、私では解りませんね。でも、旦那様が素晴らしい方だという事は解ります。だって第二王子殿下に褒められたのでしょう?」
「ま、まぁそうだが…」
「とても嬉しいです。お祝いをした方がいいのかもしれませんね。」
「そこまでする必要はない。」
アイリーナは立ち上がり、エリックに向かって、ドレスを見せるようにし。
「旦那様。新しいドレスを作る事を許可頂いたので、薄緑色のドレスにしてみました。如何です?」
「趣味が悪い。もっと華やかな色合いが私は好みだ。」
「そうなんですか?どのような色がお好きなのですか?旦那様がお好みの色のドレスを私、着たいです。」
「そうやって公爵家の金を使う気だろう?」
アイリーナは首を振って。
「このドレスが擦り切れてきたら、新しいドレスを作ってよろしいですか?その時に色を相談しますわ。」
「あああ。それならばその時に私の好きな色を許可しよう。」
「嬉しい。その時、旦那様の好きな色を教えて下さいね。」
エリックは眉を寄せて聞いて来た。
「今日のお前はどうした?いつもと違うのではないのか?」
「私、思ったのです。どうせなら楽しく過ごそうと。」
「ふん。楽しく過ごすのは構わんが、愚かな事だけはしてくれるな。お前はまだ若い。愚かな女だからな。」
「解っております。旦那様。レクティウス公爵家に役立つ人間になるよう努力致しますわ。」
アイリーナは積極的に使用人達に話しかけるようにした。
この家の執事ジェイド。メイド長メアリと夫婦である。
二人ともとっつきにくいが、話をしていくうちに仲良くなって、良く孫自慢を聞かせてくれるようになった。
料理を習いたいと言ったら、厨房でメアリが直接、料理を教えてくれるようになった。
「メアリ。ケーキ、上手く膨らむかしら。心配だわ。」
「奥様。大丈夫ですよ。さぁ、クリームを作りましょう。」
伯爵家で母を早く失くしているアイリーナにとって、メアリは母の香りがして…
幸せだった。
執事のジェイドはお勧めの本を教えてくれた。
「この本は面白いですぞ。今、流行りの恋愛小説で。」
「え?恋愛小説?いいの?そんな本、旦那様が許さないでしょう。」
「必要な本の経費で落としてありますから。こっそり読んで下さいよ。」
庭師長のチャールズは、まだ若い大男だ。
ただし、新妻がいる。新婚さんだ。
庭を弄りたいと言ったら、道具から何から貸してくれて、肥料から植え方まで色々と教えてくれた。
「球根って言うのは秋に植えておくと、春に花が咲くんですよ。知っていましたか?」
「知らなかったわ。半年も寝かせておくものなのね?」
「そうなんです。冬の間に根を張って、春が来ると一斉に大きくなって花を咲かせるんですよ。」
球根に愛しさを感じた。
冬の間にじっと耐えて、春に花を咲かせるなんて…なんて頑張り屋なんでしょう。
今度の秋に球根を植えようと、アイリーナは思った。
エリックが球根を買ってよいと言ってくれればであるが…
そしてエリックが戻って来た時に過ごしやすいように、心を砕いた。
メアリと相談して、より屋敷の中を綺麗に保つように、努力した。
前へ前へ…
とある日、エリックが女性を連れて戻って来た。
妖艶な雰囲気のその女性は自己紹介をする。
「ミンネ・フェデリクスですわ。」
以前、話が出たフェデリクス伯爵未亡人らしい。
エリックはミンネの腰を抱き寄せて、
「今宵はミンネと寝室で楽しむつもりだ。」
「まぁ、ミンネ様。ごゆっくりしていって下さいませね。」
傷ついてはいけない。ここに置いて貰えるだけで幸せなのだ。
それにしてもなんてミンネと言う女性は美しいのであろう。
だから、旦那様も夢中になっているのだわ。
明るく明るく、前向きに前向きに。
夕食時は三人で食事をした。
ミンネはにこやかに、アイリーナに向かって、
「それはもう、エリック様ったら、褥では激しくて。朝まで離して下さらないのですのよ。アイリーナ様は如何です?」
「そっけないですっ。私なんてまだまだ、さすがですわ。ミンネ様。尊敬してしまいます。」
「え???」
ミンネはエリックに、
「何?奥様、頭がおかしいんじゃないかしら…」
そう言った後に、ミンネはちらりとアイリーナを見つめながら、
「いずれはわたくし、この屋敷に妻として入ろうと思いますの。貴方は追い出されるのですわ。」
「え?そうなんですか?」
それこそ、ショックだった…ショックだったが、でも…
「旦那様、私、行くところがないですわ。実家からは戻って来るなと…ですから、私、離縁されるなら、お金が欲しいです。しばらく生きて行くだけのお金を。そうしたら出て行って差し上げますわ。」
「お前に金をか?そんな金はもったいない。ミンネを後釜に添える事にしよう。黙って言う事を聞く妻には飽きた。一週間猶予をやる。どこへなりとも荷物を纏めて消えるがいい。」
「解りましたわ。」
自分は頑張った。
もう、美味しい食事も出来ないし、暖かいベッドで眠る事も出来ない。
実家には帰って来るなと言われているのだ。
ああ…どうしたらいいのかしら…どうしたら…
考えた末に修道院へ行くことにした。
ともかく、少ない荷物でもまとめておかないと…
4日程過ぎたとある夜の事である。執事のジェイドとメイド長メアリと庭師長チャールズの3人が、珍しくアイリーナの元へ訪ねて来た。
「3人揃って何用かしら?」
ジェイドがアイリーナに手紙を渡す。
「旦那様は隣国へ旅に出ると書置きを残して行かれました。あの方は幼い頃から冒険者に憧れていましたから。それで戻って来るまでこの屋敷を取り仕切って欲しいと奥様に。」
メアリも頷いて、
「5年経って戻って来なければ、全ての財産をアイリーナ様へ譲るとも。こちらは正式な書類ですわ。」
チャールズはこの広大な公爵家の庭を管理している責任者だ。
「それでですね。東側の花壇の横、薔薇を沢山植えようと思っているのですが…奥様の許可を頂きたく。」
え?どういう事?薔薇を沢山植えるのと、エリック様が隣国へいきなり行ってしまったのと何か関係あるのかしら。
ともかく、美味しい食事と暖かいベッドを失わないですんだわ。
アイリーナは3人に向かって、
「解りましたわ。薔薇を沢山植えましょう。お庭を華やかに致しましょう。」
「有難うございます。」
ジェイドとメアリに、
「旦那様がいない間はこの屋敷は私が守ります。皆さん、よろしくお願い致しますね。」
二日後、来客があった。
一人目はミンネである。
彼女は門の前で叫んでいた。
「ちょっと、どういう事よ。エリックをどこへやったのっ???」
仕方が無いので、門の前まで行って説明する。
「冒険者になりたいって隣国へ行かれましたわ。」
「だったら、この屋敷を貴方、出て行って頂戴。私が妻になるのよ。」
「エリック様は私に留守を任せると、手紙を残されております。」
「偽手紙よっーーーーーーーー。」
「偽と言う証拠はありますの?王家にも提出して、認められている手紙ですわ。」
その時、ミンネの背後に豪華な馬車が止まって、一人の男性が降りて来た。
金の髪の背の高い凄く美しい男性で、彼は自分の名を名乗った。
「私がエリックの上司であったカイドだ。エリックからの手紙は正式な書式で作成されている。我が王家も認めている。だから、このレクティウス公爵家の留守を守るのはアイリーナだ。もし、それに異を唱えるのなら、レクティウス公爵家乗っ取りをたくらんだとして、投獄しなければならないが。」
アイリーナは思った。
あれ?この声、どこかで聞いた事が。
ミンネは悔しそうに、
「エリック様を探すわ。そして私がこの公爵夫人になるのよ。」
背を向けて行ってしまった。
「とんだ女だな。」
カイド第二王子はミンネを見やってから、アイリーナを見てにこやかに微笑んで、
「アイリーナ…金の鳥は私だ。この度は大変だったな。エリックが隣国へ行ってしまうとは…彼は常々、冒険者になりたいと私に言っていた。仕事も中途半端にして…余程、自分の夢を叶えたかったのだな。」
アイリーナは金の鳥がこんな美しいカイド第二王子だなんて…自分を励ましてくれてたなんて嬉しかった。そして不思議に思った。
本当なのかしら…エリック様。冒険者になりたかったなんて…
そんな話、私、知らないわ。
ああ、でも、私に全てを話していたわけではないわね。
だって愚かな女って馬鹿にしていたんですもの。
カイド第二王子は、庭師達が東の庭へ薔薇の苗を運び入れているのを見て、
「薔薇の花を植えているのか?」
「はい。東の庭が寂しかったので。沢山薔薇の花を植えようかと。」
「それは良い事だ。」
そして、アイリーナの方を見て、
「エリックがいなくなって寂しかろうに。今度、夜会に招待しよう。私がエスコートしてあげるから…アイリーナ。」
「え?私でいいんですか?カイド様のお相手…」
「勿論。よろしく頼むよ。」
それから5年の月日が過ぎて、アイリーナはカイド第二王子と結婚し。カイドは婿に入りカイド・レクティウス公爵となった。
5年経ったら財産をアイリーナにと言う書類に従ったに過ぎない。
この国の法律では5年行方不明の場合、死んだものとみなされるのだ。
アイリーナは幸せだった。
美味しい食事、暖かいベッド。
そして仲良くなった家族のような使用人達。
何よりも傍には愛する人がいる。
東側の庭には色とりどりの美しい薔薇が今年も咲いた。
カイドと共に窓から美しい薔薇を眺める。
「あの場所に薔薇を植えてよかったですわ。眺めがとても良くて。」
「そうだな…さぁ、そろそろお茶にしようか。」
アイリーナはカイドとの間に、可愛い子にも恵まれ幸せに暮らした。
今年も公爵家の庭には美しい薔薇が咲き誇っている。