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異世界転生した俺の人生謳歌録  作者: 駕骨月常
日本大学生としての一生
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第一話 新しい世界

 綾斗が目を覚ますと、風も熱も匂いも音も感じず新雪の様な白に囲まれていて、目の前に鎮座する一つの椅子以外に何も無い空間が広がっていた。


(…ッ⁉︎ここは…どこだ?俺、殺された…よな。いや、でも生きて、る?何でだ?)


 思い出そうとすれば背中を刺された痛みも、未練も鮮明なのに、今は痛みもなく穏やかな気持ちで居るという不可思議な状態に頭が混乱していた綾斗の、前方から落ち着いた若い男の耳に馴染む声が掛かる。


「ようこそ、転生の間へ。如月綾斗さん」


 先程まで綾斗と王座を思わせる豪華な椅子以外、何も無かった筈の空間に人を一人覆える程の黒い霧が突如発生し、着地した音が後から聞こえる。

 霧が晴れると、紺色のスーツと眼鏡を身に付けている仕事の出来そうな印象を受ける黒髪の青年が、背筋を伸ばし椅子の斜め後ろに立っていた。

 綾斗はその青年から放たれるオーラに、思わず息を飲んでしまうくらいの存在感を感じていた。


「私はファムエルと申す者です。今後会う事は無いでしょうから、覚えていただかなくても構いません。この度は貴方が亡くなられた事、お悔やみ申し上げます」


 ファムエルが頭を少し下げると、綾斗は自身がやはり死んでいるという認識が間違っていない事に複雑な感情を抱く。

 なら何故、自分はここに居るのかという新たな疑問が当然の様に浮上してくる。


「それと同時に、貴方の類稀なる幸運に称賛を」


 表情を変える事もなく続けて言うファムエルだが、綾斗には言葉の通り心から称賛しているのだ、と不思議と感じられた。

 椅子の上に、淡い黄色に光る淵をした円が空中に現れるとその円から、白く幼い女の子が現れる。

 その白い女の子は、フワリと浮いて王座に座る。

 綾斗は愕然とした。

 それは女の子が作り物じみた端正な顔立ちと、この転生の間とファムエルが呼んだ空間と同じ様なあまりの白さ故に。

 そのロングの髪やワンピース、肌さえも。

 だがしかし、その瞳だけは金色に妖しく輝いていた。

 その女の子が浮かべている幼い身体とは釣り合わない程の包容力を感じさせる笑顔と、その小さな身体から溢れるファムエルのそれが霞むくらいの圧倒的な存在感に、無神論者だった綾斗に神は実在していると訴えかける。


(女神なのか?こんな小さい子が…?)


 そんな事を考えていると、先程の笑顔とは打って変わって女の子は少し頬を膨らませ、不満げな表情で口を開く。


「女神ですぅー!!あと私は小さくありませんー!」


「エナリス様。今、身体が幼いのは事実ですので受け入れるしかないかと…」


 見た目相応の態度を見せるエナリスに、ファムエルが慎重に言葉を選んでいるかの様に告げると、エナリスはより一層頬を膨らませプイッと顔を背ける。


(あれ?俺って声に出したっけ?………ってあれ?声が出ねぇ⁉︎)


 今になって気付いた綾斗は、喉を触ろうと腕を上げ首元に手を持っていく。

 しかし、視界の端に自身の腕が半透明である事を捉え、理解不能の事態に驚きのあまり思考停止してしまいそうになる。

 そんな綾斗の様子に気付いたエナリスが、先程まで拗ねていたのが嘘のように、その表情を変え綾斗に説明を始める。


「綾斗くんの今の状態は精神体…って言ってもよく分からないかな…えーっと、綾斗くんの世界で言うところの魂だけの状態になっているの」


 綾斗がラノベを知ってから、憧れていた状況になっても戸惑っていたのは、空想だと考えてきたものが突然目の前に現れたという非現実的な事態に陥ったからであった。

 ファムエルが、エナリスの言葉を引き継ぐように真剣な顔で口を開く。


「今、貴方には二つの選択肢があります」


 ファムエルが、丁寧な所作で指を一本ずつ挙げた両手を肩の高さまで持ってくると、左手の人差し指の方へ目を向け口を開く。


「一つ目は、このまま魂の集積所。貴方方が天国、または地獄と呼ぶ所へと向かい、魂を漂白して新しい人へ生まれ変わる…こちらを選ぶと貴方としての人生は、ここで終わる事になります」


(…もう一つは?)


 ファムエルが、承知したと言わんばかりに小さく頷き、片方の腕を下ろす。

 それからファムエルが腕を広げ、綾斗にとっての希望を提示する。


「そして二つ目は、産まれなおす…しかし、一度死んだ世界に産まれなおす事は、出来ません。これはどうしようも無いのでご了承下さい」


 ファムエルは、言いたい事を言い切ったと言わんばかりに綺麗な直立へと姿勢を戻す。あとは、綾斗の判断に委ねる気のようだ。


「二度目の人生という選択をあげるんだから、文句言わないよね?」


 可愛らしく首を傾げ問いかける。

 その時、ファムエルが微かに震えていたがライトノベルで何度も読み、夢見た状況に心が弾んでいる綾斗は気付かなかった。


(もちろん‼︎ラノベみたいな展開になってきたな…‼︎特典とかあるのか⁉︎)


 エナリスは綾斗の解答に満足したのか、笑顔で頷いたが綾斗の質問には応えなかった。

 ファムエルが、どこから取り出したのかを綾斗に認識させる事なく、青い液体の入ったフラスコを手に持っていた。

 ファムエルが、綾斗にゆったりとした歩速で近づきながら「これを飲んで、記憶を」その続きを言う所で一瞬エナリスの瞳がより紅く輝くと、ファムエルの言葉を静止する。


「ファムエル、残しといた方が面白そうだから…仕舞っといて」


 エナリスの言葉を聞いて、少し驚いたように目を見開いたが、すぐに了承の意を込めて軽く頭を下げるとエナリスの斜め後ろへと戻った。

 綾斗は異世界での生活を妄想していたが、ふと生前の家族の事が気になった。


(ところで日向と母さんはどうなったんだ?)


「じゃあ、そろそろ転生しよっか」


 エナリスが綾斗の言葉を遮る様に告げる。

 綾斗がもう一度言おうとしたが、ファムエルが指揮者のように腕を一度振るうと、それだけで地面に十メートル程もある青く光るファンタジーの代名詞とも言える魔法陣が、ファムエルを中心として円状に広がる。

 魔法陣は、見た事もない文字とも記号とも言えるものが、一瞬として同じものを表すこと無く絶えず変化していた。

 魔法陣の美しい光に驚き見惚れ、家族の事を聞き出すタイミングを逃してしまう。


「これが、この世界の魔法だよ。綾斗くん」


 エナリスの言葉に我に返り綾斗は(いや、魔法はすごいけど母さんと日向)と何とか言おうとしたのだが、ファムエルが「では、ゲートを開きますので…」という声に遮られ、またもや聞き出す事が出来なかった。

 魔法陣が現れてから数秒経った頃、エナリスが現れた時に出現した穴の様に、地面に直径三メートル程の穴が綾斗の前に開くと魔法陣は霧散した。

 穴からは、物凄く下の方に森や草原、城などが見える。


「そこから落ちれば、転生出来ますので」


 ファムエルが「どうぞ」と誘導する様に言う。


(はっ!?バンジージャンプの何倍だよ!?パラシュートの無いスカイダイビングとか自殺でしかねぇだろ⁉︎死んでんのにこんな仕打ちってそりゃねぇだろ!!)


 ファムエルの言葉を聞いた瞬間、綾斗が口調が乱れるほどの拒絶を示すとエナリスは、聞き分けの悪い子供を見た時の様な素振りを見せる。

 衝撃で母親と日向への心配も、吹き飛んでしまっていた。


「もう死んでるから。落ちたって地面に激突しても、グシャって肉塊になる訳じゃ無いよ?」


 綾斗の想像していた事を、より鮮明に表現したエナリスの言葉に綾斗はここから動かないぞ、という態度をとる。


「はぁ、ファンタジー世界に転生する###くん。じゃあね」


 エナリスはそう言うと、指をスワイプする様に動かす。

 すると、先程まで前方にあった穴が綾斗の足下に移動する。


(えっ?…うわああああぁぁぁぁぁぁぁ‼︎)


 綾斗の絶叫が、聴こえなくなった所でファムエルがエナリスに質問する。


「エナリス様。あの方に、ご家族の事をお教えにならなくて、宜しかったのでしょうか?」


 ファムエルがそう問うと、エナリスは先程までの無邪気な子供の様な表情から、無邪鬼な子供の表情に変わる。


「死んじゃったなんて言ったら、転生を断るかも知れないじゃん。それに……おっ、噂をするとってやつだね」


 エナリスは前方の徐々に大きくなる光に気付いて、表情を綾斗にも見せた神秘的なものに戻す。

 ファムエルがそんなエナリスを見て、自身の気持ちを小さく洩らす。


「やはり、貴方様はとても恐ろしい…」


 エナリスはファムエルの言葉を気に留める事なく、光が収まりそこに茫然と座る一人の少女に話しかける。


「ようこそ、如月日向ちゃん」


♢♢♢♢♢


 現在、魂の状態であるにも関わらずパラシュートなしのスカイダイビングをしている綾斗は、自身の絶叫の中その世界を目の当たりにする。

 空飛ぶ島や、ドラゴンなどのファンタジー作品によく登場する存在を視認し、高高度からの落下が飛んでいる様な感覚に変わった事で異世界への期待が落下の恐怖を少し上回る。


(すげぇ、本当に異世界なんだな…)


 エナリスが言った言葉を改めて実感していた。

 綾斗は、異世界での生活へ期待に胸を膨らませ瞼を閉じ妄想に浸って、ふと目を開けて地面を確認してみると下には小さな村があった。


(やべぇっ!ぶつかるッ‼︎)


 想像を絶する痛みが来ると思い、再び目を瞑るが痛みはいつまでも来なかった。

 不思議に思い、目を開けようとして気付く。視覚や聴覚などの機能が、低下している事に。

 そして、自身が暗く狭く温かい水の中にいるのにも関わらず、ものすごく安心できる場所だと確信めいたものを持っている。

 手足を伸ばすと、袋の様な感触が返って来る。急に眠気に襲われたが、何の疑問も抱く事なく抵抗もせず眠りにつく。

 暖かい水の中で目覚めて、眠くなるとすぐに寝るという生活を長い間続けていた。そんな曖昧な感覚の中、眠っていると突如今まで居た場所から引き摺り出される。

 いきなり安心していた場所から、断崖絶壁の上で片手だけでぶら下がる事と同等の根源的な恐怖に襲われ元大学生が、大声で泣き出してしまう。


「ジェーン、よく頑張ったな…この子が俺たちの子だ…‼︎」


 綾斗の聴覚がうまく効かず、言葉も理解できなかったが、微かにそんな声が聞こえると、綾斗は産湯に浸かった。

 眩い光に視界はぼやけていた。

 先程の声を発していたのは、嬉し泣きをしている三十代くらいの顔の整った男である事と、老齢の女が綾斗を抱えている事が分かった。


「クラリーさん、顔を見せて…」


 息を整えている二十代程のジェーンと呼ばれた女の声が掛かると、クラリーが「えぇ、元気な男の子ですよ」と言い綾斗を柔らかい布の上に優しく寝かせられる。

 ジェーンは、優しく綾斗の頬を撫でる。その撫でる手には、溢れんばかりの愛情が籠っていた。


「カインさん、この子の名前はもう決めているの?」


 微笑み掛けながら、カインへ問う。

 ジェーンの質問にカインは力強く頷き、綾斗の新しい名前を告げる。


「この子は、アールストレッド・ベルグリンドだ…!」


「アールストレッド…良い名前ね」


 カインとジェーンの会話を温かい目で見守っていた助産師が、赤ん坊を育てる際の注意点をいくつか告げてから木造の部屋から退出する。

 綾斗…いや、アールストレッド・ベルグリンドとしての新しい人生が始まる。

不定期で投稿していきます。

分かりにくい部分や誤字脱字、熟語の誤用などありましたらコメントで言って頂けるとできるだけ修正・説明しますので宜しくお願いします。

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