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異世界転生した俺の人生謳歌録  作者: 駕骨月常
日本大学生としての一生
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第零話 ある大学生の最後の一日

 青年は夢を見ていた。

 その夢に青年自身は登場しない。

 ただの傍観者として、空中から繰り広げられる光景を眺める事しか出来なかった。

 夢では青々とした草が茂る広大な野原に、二つの影が相対していた。

 一方は黒いコートを羽織り、黒髪を揺らして赤い眼光で敵を睨み牙が鋭く発達している。その容姿は御伽噺に出てくる様な吸血鬼と一致している青年。

 もう一方は、吸血鬼の二回りも大きい狼の頭と灰色の毛に全身を包まれた筋骨隆々な人の肉体を惜しげもなく晒している狼男が、距離を空け睨み合っている。

 狼男が口を開き喋った様だが、夢だからなのか青年に音を聞き取る事は出来なかった。

 しかし、狼男の言葉を聞いた吸血鬼は薄く笑みを浮かべる。

 狼男と吸血鬼が、互いに己の武器を構え忽然と姿を消す。

 姿を現したかと思えば、狼男の長く鋭い鉤爪と吸血鬼の血のように赤い直剣を打ち合わせていた。

 戦闘の様子を見ている限りでは、吸血鬼が体格差により力負けしておりしかも狼男への攻撃は、その柔らかそうな見た目から想像も出来ない程の硬さを持った毛に阻まれていて、吸血鬼は防戦一方となっていた。

 しかも、少しずつ吸血鬼だけに切り傷が増えていき吸血鬼は苦しげな表情を浮かべていた。

 それから苛烈な戦いを繰り広げた後、狼男の腕が吸血鬼の腹部を貫き吸血鬼が痛みにより苦悶の表情を、狼男が勝利により愉悦の表情を浮かべた。

 吸血鬼は口の中に溜まった血を、狼男の目元に向け吐き出す。

 狼男は血を拭う為、腕を引き抜き吸血鬼を放り投げると、忌々しげに睨み吸血鬼に背を向けて歩き出す。

 しかし、驚く事に吸血鬼は腹部に穴が空いているのにも関わらず、起き上がり狼男の背後から不意打ちを仕掛けた。

 吸血鬼の傷は、狼男に飛び掛かる直前から時が戻ったかの様に再生された為何事もなかったと錯覚を起こしそうになるが、吸血鬼の着ていたコートには先程の傷と同じ穴が空いている。

 吸血鬼が踏み込むのを狼特有の聴力で聞きつけ、死んだと思っていた吸血鬼からの攻撃に驚いていた。

 吸血鬼へ瞬時に振り向いた狼男は、不意打ちを紙一重で回避する事に成功した。

 不意打ちを避けられた吸血鬼は顔を顰めた所で、今まで見ていた光景がグニャリと歪み急激に水面へと浮上する様な感覚の中、青年自身も理解した。

 先程までの光景が全て夢だったという事を。


          ♤♤♤♤♤♤


 そして青年は目を覚ます。

 今日は八月十五日。

 この日が自身にとって大きな運命の分かれ道になる事を青年、如月綾斗は知らない。

 綾斗は曖昧になった夢の内容を思い返して苦笑する。


「はぁ…最近ずっとあんな夢だな…ラノベの読みすぎか?」


 一人暮らしの部屋には、その疑問に応えてくれる者が居るはずもなくベッドから起き上がり、浴室へと向かった。

 綾斗は眠気覚ましにシャワーを浴び、部屋着に着替える。


(俺は如月綾斗。今年で二十三歳になる外国語なんてカッコいい単語を残してそれ以外は無くなればいいと思っててちょっと趣味がオタクでリビングの壁は全て本棚な大学二年生だ。と、いきなり自己紹介をしてみたものの。特にこの後ラブコメ的展開も、転生系イベントもある訳じゃない…はぁ、そういうの俺にもないかなぁ。別にいじめられててとか、周りとは違う頭脳を持ってて周囲を見下しているとかでも全くない小中高、そして大学に少なくとも親友と呼べるやつらも、何人かは居る。自分なりに全力で頑張ってきたつもりだ)


 綾斗はそんな事を考え「えーと、今日バイトは…」と言いながら、ベッドの横に置いてあったスマホのスケジュールアプリを開き、シフトが入っているかを確認する。

 綾斗の大学は夏季休暇に入っており、二つ程掛け持ちしているバイトも今日は運良く、休みが重なっていると分かった。


(今日は、最近あんまり出来てなかった洗濯やら、部屋の隅の掃除やらを片付けるか…その後、撮り溜めした今季アニメとか新作漫画も、今日中に出来るだけ消化しとくか)


 今日の予定を立てながら、テレビを点け朝食の支度をする。

 たまたま放送していたニュース番組で、気になる事が話題になっていた。


『八月十五日。今日は、ファルルークさんの最新作となる、ある日のアトリエの発売日ですね』


『彗星の如く現れ、老若男女に人気を誇るリアリティのあるファンタジー小説という不思議な作品を、この世に次々と出版するあのファルルークさんの最新作がー』


 アナウンサーが言うのを聞き終えないまま、綾斗は考えていた予定を変更する。


(あぁ…ファルルークさんの作品か…洗濯したら買いに行くか。今日も日向は来るだろうしな…ついでに雑誌も買って来るか)


 日向とは綾斗の妹の事である。

 日向は自身の学校が終わると、自転車で三十分程掛けて綾斗の家に遊びに来る。その為、綾斗は一人暮らしに寂しさを感じた事は今のところ無い。


(俺に彼女が出来たら、日向には兄離れして貰わないと困るんだが…)


 綾斗に恋人の居た過去はない。

 別段、ブサイクでもなければイケメンという訳でもない。綾斗自身は自分のルックスをよくて中の下だと考えているが日向からすると上の上だと言う。

 背は少し高く百七九センチで日向より二十センチ以上も高い。

 しかし、日向はそんな兄に似ず自他共に認められる程可愛らしい。

 文武両道に加え、それを鼻にかける様子もなく人当たりも表情豊かで先輩から後輩まで敬慕を集めており、モテるらしいが誰とも付き合う気はない様で今でも綾斗と結婚すると、公言している事から先程綾斗が考えていた兄離れというのは難しいだろう。

 優秀な妹を持った綾斗は、自身との差に思いが無いわけではなかった。

 しかし、その妹が自身に甘えてくるという事実で、劣等感に苛まれる事はなかった。

 朝食を食べている最中に、最近世間を騒がせている不穏なニュースが流れてきたので綾斗は耳を傾ける。


『昨日未明、豊塚市で男性の遺体が発見されました。男性は包丁の様な物で刺され、死亡したと見られ最近多発している殺人事件と同じ者の犯行だと考えられています。犯人は未だ逃走中の為、豊塚市近郊にお住まいの方は外に出る際は十分に注意して下さい』


「おいおい…豊塚って隣じゃねーか⁉︎それに事件が起こる場所、徐々に近付いてきてるよな?…日向には再来週まで来ない様に連絡するか…」


 綾斗は、スマホを取り出しチャットアプリを起動し日向へ『再来週ぐらいまで家に来るな。ニュースで知ってるだろうけど、殺人犯が近くに居るかもしれないから学校終わりの夕方、暗くなる時間帯に来ると危ない』と送ると直ぐに返信が来る。


『え、ヤダ。綾兄の家行けないなら、綾兄の家に泊まる。危ないって言うなら綾兄が守ってよ』


『何言ってんだ。俺の家からだとお前の学校遠いし、その分早起きしないとダメだろ。起きれるのか?』


『だったら学校休む…でも、綾兄が起こしてくれるなら起きれるよ!これ名案じゃない⁉︎』


 このやりとりなどから分かる通り、日向は重度のブラコンである。

 先程の兄と結婚するという発言も日向は本気で言っていて、兄の一人暮らしも当然嫌がり綾斗が毎日、家に来てもいいと言った事で渋々了承したくらいだ。

 父親は綾斗が十三歳、日向が五歳の頃に死亡し兄妹を養う為に本気で愛されているとは夢にも思っていないのが、綾斗の鈍感さを物語っている。

 そんな日向の愛の告白を、綾斗は家族としての愛だと勘違いしている事が、最近の日向には悩みの種へとなっている。


『ほんとに何言ってんだよ。お前が寝てても俺は起こさないぞ?自分で起きるのも大事な事だからな』


 そう綾斗が送ると、狐耳を生やし可愛くデフォルメされたキャラクターが膝と手を付き、項垂れ尻尾も垂らして吹き出しにそんな…という文字が描かているスタンプが返ってくる。


『はぁ…学校に行くなら、迎えに行ってやるから校門で待っとけ』


『うん♪綾兄大好き!じゃあ、学校頑張るね!』


 また結局は、だだを捏ねられる事をめんどくさがり日向を甘やかしてしまうという、いつものやりとりを終えると綾斗は洗濯物を干す作業も終えた。

 綾斗は予定通り、本屋へ向かう為に白のTシャツとジーパンに着替え、準備を整えて玄関先で肩掛けバッグに財布を入れる。

 そして、鍵を閉めてから駐輪場まで歩き、自転車に跨って目的地へ向け漕ぎ出した。

 家から一番近い商店街に入る。書店の前で止まり、自転車を停めると店内へ入り目的の物や他の気になる物を見て回っていると、そこそこの時間が過ぎ書店に居る客は綾斗一人だった。

 綾斗が昼食の献立を考えながら理容師を目指す日向の為に、ヘアスタイルを特集した雑誌も一緒にセルフレジへ持って行き、精算を済ませると肩掛けバッグに入れる。

 綾斗は店に入ってきた時と比べて、周りの人気が極端に少なくなっている事を疑問に思うも自転車のハンドルに手を掛け、周囲の様子を見渡す。綾斗の目に映ったのは、血塗れで倒れ伏す背が小さく恰幅の良い男とフードを被った細身で中背の男が、包丁を持っている光景だった。

 いかにも、今朝ニュースで報道されていた殺人現場の様な光景が、書店から数十メートル離れた場所で繰り広げられている。

 事件は綾斗が書店で商品を物色している間に起こっていた。

 賑やかな商店街で、支店を視察しに来た老齢の社長である男を目指し雑踏を避けて歩く、黒いパーカーのフードを目深に被った猫背で細身の怪しい男が居た。

 社長が視察を終え、商店街の外にある車へ向かう途中でフードの男が、社長の横まで歩いてくると無言で包丁を取り出し、横から社長の腹に包丁を突き立てる。

 その現場を見ていた人達は、悲鳴を上げる者や警察に通報する者、被害者の身を案じ救急車を呼ぶ者など反応は人それぞれだった。

 賑やかな商店街が突如、殺人現場に変わり商店街を行き交う人々は通報などをすると、殺人現場から我先にと逃げ出し、今ではフードの男の周りには綾斗だけになっていた。


「はは…おぉ、まだ人が居たのか。俺をクビにしやがったクソ野郎共はもう殺したし、警察も呼ばれたしなぁ…」


 男が綾斗を眺めながら独り言を言っており、その声は中年くらいの者が発する声よりも音程が少し低く暗い印象を受ける。


「どうせ、死刑になるんだ…あと一人くらい殺っても一緒なんだよなぁ。お前もついでで殺しておくか」


 綾斗は男のその言葉で、この男が最近殺人を繰り返している犯人だという事を理解する。

 綾斗は恐怖で、及び腰になってしまい、ハンドルを手放してしまう。それによって、自転車の倒れる音が商店街に響くと同時に、フードの男が綾斗へ向けて走り出す。

 フードの男から、逃げようとして駆け出した綾斗だったが、倒れた自転車に足を引っ掛け盛大に転ぶ。

 自転車の上に倒れた為、足と下腹部から鈍痛が伝わってくるが殺されるよりはマシと考え立ち上がって、フードの男との距離を見ようと振り向いた所で、背中に鋭い痛みが走る。

 綾斗は自身の背中を見ると、背中にはフードの男の持っていた包丁が深々と刺さっている。

 包丁は皮膚と肉を裂き、綾斗に熱した鉄を捩じ込まれたかの様な激痛を刻みつけ、血が白いTシャツに滲む。


「グッ…ガッ…アアァァァアアアア」


「うるせぇな。近所迷惑だぁ、ろ‼︎」


 そう言ってフードの男は、綾斗の背中に刺さった包丁を捻る。

「ァガ…クソガァ…‼︎」と増す痛みに歯をくいしばり、一矢報いる思いで、フードの男の横面を殴る。


「…チッ…クソが、クソがぁあ‼︎抵抗すんなよなぁ‼︎」


 フードの男は、殴られた事に怒り綾斗の背中に刺さっていた包丁を無理矢理、引き抜くと複数回刺す。

 狂った様に何度も何度も何度も…

 綾斗は地面に倒れ伏し、自身の大切なモノが自身の体から抜け落ちていく様な感覚と、自身から滲み出た血溜まりの温かさの中、パトカーと救急車のサイレン音が近付いてくるのを聞いた。


(あぁ…俺、助からないんだろうな…母さん…日向…ごめんな…)


 走馬灯の様に、母親と妹の悲しむ顔を思い浮かべ意識が途切れる直前、九年前に亡くなった父親の快活な笑顔を思い出す。


(…死にたくねぇよ…父さん…)


 綾斗は自身の人生が幕を下ろす事に、未練を残して意識を失う。

誤字脱字、熟語の誤用などありましたらコメントで言って頂けるとできるだけ修正しますので宜しくお願いします

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